『ダンケルク』は“観る”映画ではない。“体感する”究極の映画だ!

ダンケルク

(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.

現代の映画界において、これほど新作が渇望される監督という存在も珍しいのではないか。新作が決まればその報せは世界中に響き渡り、撮影に入っただけでもニュースになる。そんな稀代の映像作家、クリストファー・ノーランの最新作『ダンケルク』がいよいよ公開される。

ノーランが再現する極限のリミット・サスペンス

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これまで架空都市ゴッサムシティのダークヒーローや夢の階層、宇宙空間を題材にしてきたノーランが“実話”を映画化したことでも話題になった本作は、第二次世界大戦真っ只中のフランス・ダンケルクで起きていた極限状況を再現。ヒトラー率いるドイツ軍の侵攻に遭い、港町ダンケルクに追い詰められたイギリス・フランスの連合軍約40万人の撤退作戦を描く。アメリカでは7月に公開されて以降、興行収入は9月1日現在1億7,000万ドルを突破、興収ランキングはTOP10圏内に着けている。目下、アカデミー賞有力候補としての呼び声も高い。

戦争映画と言えば先ごろ公開された『ハクソー・リッジ』や、これまでの作品にも『プライベート・ライアン』、『プラトーン』などがあるが、『ダンケルク』の特徴はある種の映画的なドラマパートを、極力表面には出さなかったところにある。もちろんストーリーの展開性はあるが、1番の目的は本作に登場する兵士たちとともに、観客を死と隣り合わせの状況に放り込むことが念頭に置かれている。そしてノーランはこれまでのスタイル通り、できる限りリアル(実写)にこだわった表現方法でその空間を再現して見せた。

物語はダンケルクからの撤退を陸・海・空の視点から描く。飛び交う銃弾や降り注ぐ爆弾から逃れようとする兵士。海上ではイギリス側から英軍艦だけでなく数多くの民間船も撤退作戦に参加するためダンケルクに向かって航行し、一方上空では空爆を続ける独空軍機を撃墜すべく英軍機スピットファイアが出撃する。この3つの視点を、時間軸を巧みに操りながら配置していくのは実にノーランらしい手法だが、おかげで本作は上映時間106分、内99分の本編シーンで死と隣り合わせの状況下を延々と描き出すため常に緊張感を強いられる。真横で炸裂する爆弾、沈みゆく輸送船、壮絶なエアバトルの衝撃が絶え間なく観客の鼓動を高鳴らせ続ける。

ダンケルク サブ

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圧巻なのはIMAXカメラを搭載した実機を実際に飛ばした空中戦だ。IMAXカメラが捉えるドーバー海峡の空と海の構図は、まるでそのアングルに飲み込まれてしまうような感覚を観客にも与え、思わず足がすくんでしまうほどだ。はるか上空、コックピットの中という逃げ場なしのパイロットとともに体感する空中戦は、戦況を占う中でも本作の中でも重要な意味を持つ。パイロットが見た世界をそのまま体験するためにも、可能であるなら本作はIMAX環境での鑑賞をお勧めしたい。もちろん空中戦以外でも死地に立つようなダンケルクの風景(計算し尽くされた奥行き感)をトレースするためにもIMAXでの鑑賞は必須だと思うが、本作の空中戦はこれまでのIMAXシーンで最もその迫力を体感できる仕上がりになっているはずだ。

繰り返しになるが、本作の主題は「撤退作戦」にあるため極力ほかの要素を入れていない。それは敵側の兵士の姿がほとんど映らないことからもその徹底ぶりが分かる。見えざる敵に執拗に命を狙われる恐怖はスティーヴン・スピルバーグ監督の『激突!』でも証明済みだが、本作ではその攻撃すらもどの方向から向けられたものなのか不明瞭で、常に連合軍側の視点で描かれる。本来ならば“憎むべき敵”=悪役の顔が必要になるが、カメラはそれを捉えない。観客に歴史上の価値観を与えつつも、ただひたすらにダンケルクからの「脱出」に特化させ、物語が説教臭くなることを回避しているのも脚本の妙。常に不条理で混沌とした世界に観客は取り残され、絶望的な状況に光すら見失ってしまうはず。そこにあるのは“答え”などではなく、生き残ることに全てを懸けた生への執着でしかない。もしも答えを見つ出そうと思うなら、それは本編終了後に観客自身の頭の中に委ねられていることを覚悟しなければならない。

ハンス・ジマーが音楽で構築する圧巻のリミットサウンド

ダンケルク サブ4

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本作において爆発音やエンジン音、射撃音など音響も重要な役割を果たしているが、それは始終鳴り響く音楽にも同じことが言える。音楽を担当しているのは、「ダークナイト」シリーズ以降ノーラン監督作品を一手に引き受けているハンス・ジマー。「映画音楽の世界」でもたびたび紹介する名前だが、観客にとって今回の音楽ほど映画を観ていて「嫌になる」ジマーの音楽はないのではないだろうか。

バットマンはもとより『インセプション』や『インターステラー』でも、なにがしかと戦うキャラクターのために、あるいは観客の感情を扇動しようとヒロイックなフレーズが作られてきた。それがジマーの持ち味でもあったが、しかし本作ではその要素はほとんど顔を見せない。むしろ敵側の侵攻、或いは迫りくる死の恐怖を音楽で再現すように、追い詰められていく兵士たちをさらに逃げ場なく取り囲んでいくような音楽がほぼ全編にわたって(曲の切れ目が分からないくらい)流れ続ける。

ヒーロー性を排除することで誰かを特定的に援護する音楽ではなく、兵士全体を俯瞰し、圧倒的な映像に心臓を鷲掴みにされている観客にさらに緊迫感でもって迫っていく。そのために本作の音楽には、音が耳の中で上がり続けていくように錯覚する“無限音階”という技法が採用されており、またノーランの懐中時計の秒針音やエンジン音をサンプリングして音楽に取り込んでいる。その結果、リミットサスペンスに舵を切ったサウンドデザインで観客をダンケルクという戦場に叩き込むことになる。また、エドワード・エルガーの作曲によるクラシック曲「ニムロッド」をアレンジして要所に挿入していることも、イギリス側の視点に立つと一層胸に響いてくるかもしれない。

まとめ

ダンケルク サブ1

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年に数本は「映画館で観なければ意味がない」と思えるような作品が出てくるものだが、『ダンケルク』に関してはその最もたる作品であることは間違いない。圧倒的な映像体験、耳をつんざくような音響。劇場という空間だからこそ、見ず知らずの多くの観客とともに絶体絶命の戦地・ダンケルクに降り立つことになるはずだ。戦争映画というジャンルにすら収まろうとしないクリストファー・ノーラン監督の野心と、当時の空気、兵士が見た地獄をぜひ追体験してほしい。

(文:葦見川和哉)

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