映画コラム
『マンハント』の原作『君よ憤怒の河を渉れ』が中国で巻き起こした一大ブームとは?
『マンハント』の原作『君よ憤怒の河を渉れ』が中国で巻き起こした一大ブームとは?
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中国&香港映画界が生んだ世界的巨匠ジョン・ウー監督が日本ロケを敢行して完成させたアクション映画大作『マンハント』が、いよいよ2月9日から公開となります。
チャン・ハンユーと福山雅治、中国と日本を代表する二大スターがダブル主演ということでも話題を集めている本作。実は日本の小説と、それを基にした映画が原作となっています。
特に映画のほうは、中国で何と10億人が見たと伝えられるほどの伝説的作品なのです……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.285》
では、その映画『君よ憤怒(ふんど)の河を渉れ』を今回はご紹介していきましょう!
無実の男の逃避行を描いた
『君よ憤怒の河を渉れ』
映画『君よ憤怒(ふんど)の河を渉れ』は、西村寿行のハードボイルド小説『君よ憤怒(ふんぬ)の河を渉れ』を原作にした1976年度の日本映画です。
本来、タイトルの中の「憤怒」は「フンヌ」と呼ぶのが正しいのですが、製作にあたってプロデューサーの永田雅一が「フンヌでは響きに締まりがないから、フンドにしろ!」と強引に日本語を替えてしまったことでも知られる作品です。
監督は『新幹線大爆破』の佐藤純彌。
主演は高倉健。
そのストーリーは……敏腕検事・杜丘(高倉健)がある日突然見知らぬ女性からレイプされたと街角で指さされ、さらには強盗の容疑で逮捕されてしまいます。
警察の隙をついて杜丘は逃走し、自分に無実の罪を着せた女性のもとを訪ねあてると、既に彼女は殺されており、今度は殺人の濡れ衣まで着せられて追われる身になります。
かくして杜丘は真相を究明して己の無実を証明すべく、日本中をかけめぐっていくのです!
東京から北陸、北海道、そして再び東京と舞台を変えながら、主人公の逃避行と冒険の旅がスケール豊かに、そしてスリリングに描かれていきます。
またひとつひとつの設定は一見荒唐無稽に映えるものが多く、それは西村小説の特徴でもあるのですが、実は意外にそれらはリアリティに裏打ちされていることも把握しておいた方がいいでしょう。
たとえばドラマの中盤、主人公が北海道からセスナ機を操縦して本州へと逃走するくだりがあります。「素人がセスナの操縦なんかできるものか」と揶揄する声は昔も今も多く聞かれますが、実は飛行機の操縦って自動車の運転よりも簡単で、離陸のときだけちょっと注意を払って空に昇れたら、その後は非常にラクチンなのです。
ただし、着陸だけは訓練していない人には絶対できないとのことで、劇中でも杜丘は地上への着陸を避け、海に着水して難を逃れるのです。
また北海道では熊が出現して襲われるシーンもあり(まあ、いかにも着ぐるみっぽいのはご愛敬として)、これまたそれを茶化す向きもあるのですが、実際には熊の実害は深刻なものと化して久しいものがあり、今では決して笑ってすまされるものでもないでしょう。
そして本作の最大の見せ場ともいえるのが、ついに新宿で逮捕直前となった杜丘を助けるべく、数十頭の馬が新宿西口の街を一気に駆け抜けるという、文字通り人海戦術のスペクタクル・シーンです。
実際に新宿西口で馬を走らせる撮影など、今では絶対に許可が下りないでしょう(実際、本作の撮影中に馬が1頭逃げてしまい、撮影許可に尽力した警視庁のお偉方は責任を取らされ左遷させられたとのこと!?)。
こういった、ある意味トンデモ風に扱われかねない冒険を重ねながら、やがて杜丘は真相にたどり着くのですが、その後のことは実際にDVDなどでチェックしていただければと思います。
中国10億の国民が熱狂した『追捕』
=『君よ憤怒の河を渉れ』
さて、そんな『君よ憤怒の河を渉れ』ですが、国内ではやはり荒唐無稽なアクション大作とみなされ、さほどの評価を得ることなく興行を終えました。
しかしその後、1979年にこの映画が『追捕』のタイトルで中国全土で公開されたことから、状況は大きく変わります。
ちょうど中国は文化大革命が終わってまもない時期で、それまで輸入されなかった日本映画の上映も可能となり、その第1号として『追捕』は公開されたのですが、冒頭に記したように、当時10億の中国国民がこの映画を見て熱狂するという一大ブームを巻き起こしたのです。
まず評判となったのが主演・高倉健のかっこよさで、またたくまに彼は中国一の人気スターとなります。
同時に主人公を助ける勝気なヒロイン真由美役の中野良子も大人気となりました。
実はこの真由美という役も日本ではリアリティがないと批判されたのですが、当時まだ自己主張する女性が少なかった時代で、一方中国は真由美のような勝気な女性が多いのか、ごく自然に受け入れられたのです。
やがて中国では真由美(中国語読みはチェンヨウメイ)=真優美(真由美と同音で、真に美しいという意味)ブームが起き、真優美シャンプー会社や真優美美容室など勝手に作られたりしていたそうです。
中野良子自身、中国を訪れた際、空港で楽団付きの歓迎を受け、街を歩くとまたたくまに人々に囲まれて身動きが取れなくなるほどの人気となり、やがてそういったことから日中親善も含む文化大使などの任に着くようになりました。
また本作は主人公を追う刑事役の原田芳雄のファッションも話題となり、80年代初頭の中国の若者たちはみんな劇中の原田芳雄のような身なりをしていたとのこと。
さらには主人公を罠に追い込む小悪党を演じた田中邦衛も、中国のバラエティ番組でしょっちゅうお笑い芸人たちからモノマネされるようになり(このあたりは日本と似てますね)、彼がロケで中国に赴いた際はやはり大歓迎を受けて、一体何が起きたのかわからずに大層驚いたとのこと。
監督の佐藤純彌は、本作の評価に伴い、やがて戦後初の日中合作映画『未完の対局』のメガホンをとり、その後も『空海』『敦煌』など大々的な中国ロケを敢行した超大作を手掛けていき、中国では日本以上に著名な映画監督として厚遇されるようになりました。
(中国ロケ中、地元のおっかない人々にからまれたりしてトラブルになりかけた際も「この映画の監督は『追捕』の人だぞ」と一言いうと、一気に解決してしまうほどだったとか)
当時の中国の若者たちはこの映画を何回も見直したそうで、また交通機関に乏しい地方の人々も片道5時間以上歩いて映画館に通い続けたとのこと。
青山八郎が作曲した本作の ♪ダ~ヤダ~とスキャットされる主題曲も大ブームとなりました。
(少なくとも現在50代以上の中国の国民で、この主題曲を口ずさめない人はいないだろうと言われています)
今も日本の映画人が中国に赴くと、真っ先に『追捕』の話を切り出されるとのことで、逆に日本ではそこまで知られていない作品なので、帰国してあわててDVDを借りたりして見ることになるそうです。
しかし、日本人の多くが首を傾げるのは、荒唐無稽で普通に面白いアクション映画ではあるけれど、それがなぜあそこまで中国人に熱狂的に受け入れられたのかが理解できないということです。
それはやはりこの映画が公開された時期が文革終了直後だったことと無縁ではないとも言われています。
つまり、文革前の中国は言論統制が厳しく、無実の罪で投獄される人々も多数いたとのことで、そういった背景の許、『追捕』の高倉健の反骨の逃走劇にみな他人事ではないシンパシーを感じたのだと……。
ただし、無実の罪に追い込まれた人間の逃走と反撃のドラマはそう珍しいものでもありません(もちろん当時の中国では、それまでこういった類の作品は見られなかったでしょうけど)。
しかし『追捕』には、他の同系統の作品とは確実に異なる、中国人の心を大いに揺さぶる“気”のようなものが満ちあふれているのだとも聞かされたことがあります。
それは製作した日本人にもわからない、理屈を超えた“何か”なのでしょう。
もしかしたら、中国の人々も、自分らの心を激しく揺さぶる“何か”の真相をつきとめたくて、この映画を何度も見続けるのかもしれません。
『追捕』が中国で公開されてから天安門事件までのおよそ10年は、日本と中国がもっとも友好関係を築けていた時期でもありました。
現在でも『追捕』は中国でTV放送やDVDなどで親しまれ続け、若い世代でも(少なくとも映画ファンを自称している人なら)その名を知らない者はいないと言われています。
そして21世紀に入り、日中関係がギクシャクして久しい中、雪解けムードに覆われた時期が幾度かありました。
それは高倉健が中国映画『単騎、千里を走る。』に主演した2005年でした。
この時期の中国の政府高官の多くは『追捕』を若い時に見て感銘を受けていた世代でもあり、高倉健が中国映画に出演したという事実に歓びを感じつつ、対日関係の改善に努めたと聞きます。
そして高倉健が死去した2014年の秋、中国全土が自分たちを勇気づけてくれた偉大なるスターの死を、それこそ日本に負けないほどの哀しみとそれまでの感謝の念をもって追悼したのです。
1本の映画が、そして一人の俳優が国の運命まで大きく揺るがす。
一見ウソみたいなことが本当に起きていた。
それが『追捕』=『君よ憤怒の河を渉れ』なのです。
ジョン・ウー監督が目指した
新しい『追捕』=『マンハント』
さて、こういった中で作られた『マンハント』ですが、その中身は原作小説や映画とかなり違っています。
これには『追捕』が中国で公開されていた時期、ジョン・ウー監督は香港で活動しており、当時の熱狂を実体験していないことなどから、かなり冷静に作品を見据えており、単なるリメイクではない、自分なりの『追捕』を目指したからではないかと思われます。
一方でジョン・ウー監督は若き日から高倉健を敬愛しており、一時は『冬の華』のリメイクを目論んでいたこともあったそうで、そんなリスペクトは『網走番外地』をはじめとするさまざまな健さん映画のオマージュを劇中に散りばめることによって今回見事に具現化されています。
そもそも異国人の主人公が大阪の街で騒動に遭うという設定からして、『ブラック・レイン』を彷彿させるものもあります。
もちろん『追捕』そのものへのオマージュもふんだんで、冒頭で主人公が主題曲の♪ダ~ヤダ~を口ずさんだり(ちなみに主演のチャン・ハンユーは『追捕』を30回見ているそうです)、中盤の牧場の襲撃シーンなどはオリジナルを彷彿させる部分があります。
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ただしオリジナルのキモともいえる、馬の群れが都会の街を疾走するくだりなどは意図的に排されています。熊も出てきませんし、セスナも飛びません(代わりにハトが飛びます!?)。
主人公が検事でなく弁護士に設定が変更されているのは、国家の検閲が必須の中国映画界で検事の冤罪というモチーフは企画が通りづらいからとの説もありますが、真相はいかに?
こういったオリジナルと似たところ似てないところなどをシャッフルさせながら、『マンハント』はジョン・ウー監督ならではの壮絶なバイオレンス・アクション活劇として屹立しています。
昔からのファンならば、彼の荒々しくもバイタリティに満ちていた初期作品群を連想させてくれることでしょう。
現在、中国国内における『マンハント』の評価は「久々にジョン・ウー作品らしい迫力!」「いや、こんなのは『追捕』じゃない!」などと、賛否両論真っ二つに割れています。
実際のところはどうなのか、そのオリジナルたる『君よ憤怒の河を渉れ』を生み出した日本に住む者の目で、ぜひ確かめてみてください。
もちろんその前に『君よ憤怒の河を渉れ』をチェックしてもらえたら幸い。
日本と中国、異なる国同士の意識や嗜好性の違いなどを十分認識した上で、その隔たりを乗り越えようと努めることで、真の国際交流が育まれていくのではないでしょうか。
『君よ憤怒の河を渉れ』は、それを成し遂げることを可能とした希有な作品でもあるのです。
(文:増當竜也)
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