熊って本来は怖い生き物じゃないの?ガチで怖い「クマ映画」5選はこれだ!



Photo credit: Princess-Lodges on VisualHunt / CC BY-NC-ND


1月19日から映画『パディントン2』の公開が始まっている。前作同様にもふもふ感と愛嬌ある性格で魅力いっぱいのパディントンが活躍する姿が描かれ、ヒュー・グラントをキャストに迎えたストーリー展開も評価が高い。パディントンと言えば「人の言葉を話す紳士なクマ」というキャラクターだが、むかしからクマを模したキャラは多く存在しており、例えば“くまのプーさん”や変態グマの“テッド”、映画でなくても「リラックマ」や「Duffy」といった人気キャラクターが多い。



──ちょっと待ってほしい。

熊とは、本来人から恐れられている動物ではなかっただろうか。

熊本来の姿で現実的な恐怖を描いた映画は一ジャンルとして存在し、熊の習性をしっかりと見せることでホラー映画だったり動物パニックとして描かれることが多い。と、いうことで。今回は可愛らしいクマのキャラクター映画ではなく、身の毛もよだつような“リアルな熊”を描いた作品を紹介していきたい。

『レヴェナント:蘇りし者』






レオナルド・ディカプリオが悲願のオスカー像を手にしたことでも有名な本作。監督のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥと撮影のエマニュエル・ルベツキが前年の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』に続いて、2年連続で揃ってアカデミー賞監督賞・撮影賞を獲得したことや、音楽を坂本龍一が務めたことでも知られている。イニャリトゥの演出による過酷なロケや眼を見張るルベツキの映像美、そしてディカプリオの泥まみれ・血まみれの熱演が記憶に新しい人も多いはずだ。

ディカプリオのほかにも、トム・ハーディーやドーナル・グリーソンといった人気俳優が出演している本作は正確には“熊映画”ではないが、ディカプリオ演じる主人公ヒュー・グラスが死線を彷徨うことになったきっかけ──つまり物語を動かすきっかけを作ったのがグリズリーだ。1

9世紀の西部開拓時代に、グラスが深い森の中で仔熊に遭遇したことで彼の運命は大きく変わってしまったと言っても過言ではない。仔熊のすぐ側には母熊がいるというのいは常識的なこと。実は映画でも母熊がその気配を表すよりも前に、グラスはその存在に思い至っていたようだが時既に遅し。茂みから姿を現した母熊はグラスに突進し、我が子を襲う敵と見做したグラスを徹底排除にかかる。

グラスに乗しかかり、或いは噛みつき鋭い爪で引き裂こうとするその獰猛な姿は観客の度肝を抜く映像に仕上がっていたはずだ。憤怒に満ちた母熊の圧倒的なパワーもさることながら、ブンブンと振り回され叩きつけられるディカプリオの痛々しい演技もある意味オスカーを手にする要因になったのかもしれない。

過酷な撮影=当時の過酷な状況でもあり、決して映画的に脚色されたわけではないベア・アタックはグラスの運命を決定づけると同時に、これからこの作品が向かう先の絶望的な未来を暗示させている重要なシーンにもなった。この襲撃をきっかけにグラスはハーディ演じるフィッツジェラルドによる裏切りに遭い、あまりにも大きな喪失と途方も無い死線の旅路を彷徨うことにもなる。

ルベツキの極めて繊細で荘厳な映像美と、坂本による実験的な音楽によって彩られた本編は、極寒の大地とはまた違う熱量も帯びていた。ちなみに、ディカプリオを襲ったグリズリーはあまりにもリアルな動きと毛並みに本物かと思えるほどだが、実際にはスタントマンによるブルースーツ・アクト。そこに視覚効果工房のILMがVFXを加えるという方法であの圧倒的な映像が完成している。

『グリズリー』





これぞまさに“熊映画”の先駆けとも言える作品なのが、タイトルもそのものズバリな『グリズリー』。国立公園に突如出没した巨大グリズリーによる恐怖を描いた作品で、1976年製のアメリカ映画になる。実はこの映画、製作年からピンときたらなかなかのアニマルパニック映画好きだと思うが、スティーヴン・スピルバーグ監督の名を一躍世に広めた傑作パニック『ジョーズ』の翌年に公開された作品。

つまり、聞こえは悪いがいわゆる“便乗作品”なのだ。『ジョーズ』の公開&成功以降、人喰いアニマルパニックがジャンルとして市民権を得て、例えば『アリゲーター』や『ピラニア』などさまざまな類似品が世に登場(出来不出来は別として)している。その中でも『グリズリー』は今でこそそのタイトルを聞くとB級映画のような印象を受けてしまうが、実は日本では7月公開作品として“夏休み映画”枠という破格の待遇をもって迎えられている。その甲斐あってか興行収入はこの手の作品では珍しく5億円を超える予想外の成績を残している。

肝心の内容だが、やはり『ジョーズ』と同じストーリーラインになっていることは否めない。序盤はグリズリー視点のカメラワークと荒い息遣いでその存在を匂わせる程度の中で、被害者は惨殺死体となって発見されることになる。巨熊の気配を感じ取り山狩りを推す保安官と懐疑的な派閥とのやり取りや、ついにその姿を現した3m超えの巨大グリズリーが、四肢損壊を含めたスプラッタ描写で人々を襲っていくという流れは、“山版ジョーズ”と言われても仕方のないところだとは思う。

それでも、映画に登場するグリズリーは本物だというのだからやはりハリウッドはスケールが違う。もちろんクローズアップ(人が襲われる場面)では着ぐるみでの撮影となったが、全体像を捉えた映像はリアルグリズリーによる見事な名演が光り、思いのほか迫力のある映像に仕上がっている。

『ジョーズ』はアニマトロニクス技術、「レヴェナント」はCG技術がそれぞれ光っていたが、まさに本作では本物にしか出すことができない迫力を堪能することが出来るというわけだ。そういった点でも鑑賞する価値があるし、何より唖然というか呆然というか、ラストで主人公が繰り出す力技の解決策は何度観ても驚かされるばかりなのである。

『スイス・アーミーマン』






下手をすれば「あれ? 熊出てきたっけ」と言われてしまいそうなほど、本作は不思議な映画だと言い切ってしまえる。ハリー・ポッターことダニエル・ラドクリフが死体役で出演というだけでもなかなかのパワーワードだと思うのだが、それがさらにオナラで海を渡りサバイバルのための“道具”と化すなど、とにかく映画そのものが観客を食ってしまったような作品なのだ。

実際、ポスタービジュアルにもラドクリフのオナラ(正確には腐乱によるガスの排出だが)でポール・ラッド扮する青年が海を渡るシーンが切り取られ、予告編にも同シーンが登場していることから衝撃を受けた映画ファンも多いだろう。

無人島で目を覚ました青年が浜に打ち上げられた死体と出会い、自分の人生を見つめ返しながら生きようとする姿は、“死体の有効利用”という変化球を除けば、立派なサバイバル映画として機能している。そこに死体が加わることで、もはや実験的なチャレンジ精神に満ちたストーリーが大自然を相手に展開していく。その中で、おそらくグリズリーと思われる巨熊が登場するというのもエッジが効いており、文字通り自然が「牙を剥いてきた」形になる。

それは、飢えや孤独といった受身的なものでなく、有物として迫ってくる脅威であり、苦痛を伴った“死”でもあるのだ。本作におけるサバイバル描写としては最も現実的に青年を襲う死への恐怖が、観客にも伝わっていく瞬間は本作における一つのピークであり、暗闇のなか巨熊に足を咥えられて地面を引きずられていく青年の姿は逃れられない絶望感をしっかりと描いたカットになっている。

そんな状況の青年がどうなるかはもちろんネタバレになってしまうので詳細は伏せるが、ここでもやはりタイトルに込められた暗示が「上手い」と首肯せざるを得ないのも、本作の魅力かもしれない。

『リメインズ 美しき勇者たち』





事件発生から100年を迎え、近年たびたびテレビなどで特集される機会が多くなった熊害史上最悪とされる「北海道・苫前三毛別羆事件」。文学界では元林務官・木村盛武による克明なドキュメント本『慟哭の谷』や吉村昭の『羆嵐』がその惨状を伝えるものとして有名で、特に後者は三國連太郎主演でテレビドラマ化、倉本聰脚本・高倉健主演という布陣でラジオドラマ化もされている。

実はこの三毛別事件を基にして制作されたのが本作「リメインズ」だが、実際のところ知名度は今ひとつ。ただし、監督を務めたのが千葉真一、主演に真田広之、共演に菅原文太と聞けば驚くほどメジャー級のネームバリューではないだろうか。

映画の舞台は史実と同じく大正時代の山間部。女のみを喰う巨大熊“アカマダラ”と、それを追うマタギの対決が描かれている。1990年製作の映画とあって人喰い熊の襲撃シーンは着ぐるみの感が拭えないが、それでも日本のトップクラス特殊メイクアップアーティスト・江原悦子が描いた残酷描写自体は生々しいものがある。粉砕された頭部や千切れた腕、喰い散らかされた頭髪など、十分に人喰い熊の恐怖を感じさせるものであり、白昼・夜間問わず襲い来る人喰い熊のパニック描写も息を飲む仕上がり。

特に、民家で障子越しに女性の影が揺らめいた後に血飛沫が飛び、障子を突き破った人喰い熊が女性を口に咥えたまま祭りで賑わう群衆の中を駆け抜けていくシーンは中盤の見せ場にもなっている。そういった、アクションにも似たシーンやカメラワークはさすが世界に誇る“サニー千葉”のなせる技といったところで、真田を筆頭にジャパン・アクション・クラブ(JAC)の面々がマタギ役として配されているところも活かされているている。

本作には深作欣二も企画監修で参加しており(当初は千葉から監督を依頼されるも千葉自身に託したそう)、JACと深作によるタッグという、ある意味ではアニマルパニックホラーであると同時に伝説の巨熊に立ち向かうアクション映画を製作する上では、この上ないメンツだったと言えるのではないだろうか。

『ブラックフット』






サメやワニなど、“人喰い”はどういう訳か一定層の人気を獲得していて、メジャー作品やB級からZ級までさまざまなタイトルが乱発されている。もちろん熊もその内の一つになる訳だが、本作はそれらの作品群の中でも極めて真摯に人喰い熊の恐怖を描いた作品だと言える。カナダ製の本作も実際に起きた熊害事件を描いたもので、メインキャストとしては1組のカップル、サブとしても森の中で出会うツアーガイドの男しかいない。これに本作の人喰い熊の正体であるアメリカクロクマを加えたキャラクターだけで物語は展開するのだが、これがもうひたすらに“怖い”のである。

まず本作の特徴としては熊がその姿を現すまでにじっくりと時間をかけていることが挙げられる。アレックスとジェンのカップルがキャンプをしようと訪れた森の中で、姿は見せずとも足跡や腐乱した鹿の死体、テントの近くで枝が折れる音などではっきりとその存在を匂わせる。観客としては「いつこの二人が襲われるのか」と緊張感を強いられる形になり、ようやくその姿が現れた時にはもはや逃げ場のない状況。

じわじわとアレックスとジェン、さらには観客をも追い詰めてからのベア・アタックは文字通り地獄絵図で、荒い鼻息、咆哮、夥しい出血と一級のパニック描写に仕上がっている。パッケージで“ネタバレ”をしているのが勿体ないところだが、餌食となってしまうキャラクターによる断末魔の「Run!!」という絶叫と悲鳴、そしてサブリミナル的に映し出される惨たらしい食害シーンはトラウマものだ。

それだけではなく、むしろここからが本作の恐怖演出が冴えるところで(襲撃シーンも相当な恐怖だが)、熊は一度獲物だと認識したものを絶対に手に入れようとする習性がある。つまり熊が自分の所有物だと認めたならばそれが覆ることはなく、手に入れるまで執拗に追い続けてくる。走っても走っても車並みのスピードで追いかけてくる。火をくべても。木に登っても。

本作は熊との直接対決は描かず、あくまでも事実に則して描かれているので、ひたすらに迫り来る黒い脅威の塊から逃げ続ける描写が展開されていくのだ。異様な緊張感に包まれた物語がどういった結末を迎えるのか、生きた心地はしないと思うが、ぜひ映画という手法を通して樹海で人喰い熊の襲撃を追体験してほしい。

まとめ


ひねくれたように人喰い熊映画を紹介してしまったが、やはり可愛いだけがすべてではない。そのキャラクター本来の姿や習性を知ってみるのも、映画だからこそできる手法なのだ。もしも「面白いホラーはないかしら」と探しているならば、実際に起こりえる熊害の恐怖というものを味わってみてはいかがだろう。

(文:葦見川和哉)

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