“衝撃の結末”が楽しめるミステリー・サスペンス映画5選
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名優ケネス・ブラナーが主演を務めながら監督も兼任し、ジョニー・デップやミシェル・ファイファー、デイジー・リドリーら豪華キャストの共演で話題を呼んでいる『オリエント急行殺人事件』(12月8日公開)。アガサ・クリスティの傑作ミステリーの再映画化とあって、にわかにミステリ界隈が活気を帯びつつある。
そこで今回は、『オリエント急行殺人事件』でミステリ映画の醍醐味を知り「結末であっと驚かされる作品をもっと観たい!」という方のためにヒットメーカーが挑んだ“衝撃の結末”が楽しめるミステリー・サスペンス映画を紹介したい。もちろん、これから『オリエント急行殺人事件』をご覧になる方も予習を兼ねてチェックしてみてほしい。
“面白いミステリー”の定義とは?
まず初めに、ミステリー小説にはいろいろ「作法」というものがあることをご存知だろうか。有名なところでは、「ヴァン・ダインの二十則」や「ノックスの十戒」という“ルールブック”があり、例えば「三人称視点の地の文で読者に嘘の情報を与えてはならない」だとか、「解決編に至るまでに、読者が真犯人に辿り着けるよう情報は全て開示しておく」といったものだ。このあたりのことは検索にかけてみればヒットしやすいものではあるので、そういったルールがある、と頭に軽く入れてから作品に挑むのも楽しいかもしれない。けれど、敢えてそのルールを破った作品も多く、いかにフェアラインを守った上でアクロバティックなトリックを決めるかによって評価が大きく分かれることにもなる。
その上で、“不可解な事件性”、“猟奇的な殺人”、“意外な結末”といった魅力を詰め込んだ「本格ミステリ」は長年ファンを魅了し続けてきたのだが、もちろんそれは映画であっても同じことが言える。これから紹介する映画はどれもがフェアプレイ精神に満ちた作品であり、同時に野心にも溢れた驚愕のラストを用意した作品であることは間違いない。
『プレステージ』
クリストファー・ノーランというと、「ダークナイト」シリーズ以降いまや大作系メジャー監督という印象が強い。しかしデビュー作の『フォローイング』や傑作『メメント』以外にも、時間軸を入れ替えたり世界観を多層的に見せる手法を今なお好んでいることなどからも、筆者としては“ミステリの人”というイメージが強い。何よりノーランが『プレステージ』で見せた、尋常ならざる量で張り巡らされた伏線の果てに辿り着いた真相が、あまりにも見事だったからだ。
物語の軸になるのは、アンジャー(ヒュー・ジャックマン)とボーデン(クリスチャン・ベール)という天才マジシャンだ。ボーデンとアンジャー、それぞれが見せる“瞬間移動”がトリックの核になってくる。ある人から見ればアンジャーのトリックを「荒唐無稽だ」と言うかもしれない。またある人から見ればボーデンのトリックを「古典的だ」と言うかもしれない。しかしノーランはこれらの批判を完膚無きまでに押さえ込むために、実に用意周到な伏線を作品全体に張り巡らしていた。1つだけならまだしも、2つのトリックを成立させるためとなると、それはもはや作品全体にトリックが仕掛けられているといっても過言ではなく、ノーラン自身もそれに懸ける執念は相当だったはずだ。だからこそ、言いたい。本作は2回目からの鑑賞がズバ抜けて面白い。観客に「ハウダニット=How done it?(どのように行ったのか?)」という命題を向けるにあたって、どれだけノーランがフェアラインを死守しつつ観客にもヒントを与え続けていたかが、恐ろしいほどに伝わってくるはずだから。映画というマジックを使って、映像化不可能とされたトリックを可能にしたノーランの才気は、やはり計り知れない。
『ミスティック・リバー』
名匠クリント・イーストウッドが挑んだ、ベストセラー小説の映画化。『L.A.コンフィデンシャル』を手掛けたブライアン・ヘルゲランドを脚本に起用して、デニス・ルイヘンが執筆したミステリーを重厚なタッチで映像に刻み込んだ。本作は愛娘を殺害されたジミー(ショーン・ペン)、殺害事件を担当するショーン(ケヴィン・ベーコン)、少年時代に受けた性被害に苦しむデイヴ(ティム・ロビンス)の3人を主軸に物語が展開。少年時代を仲良く過ごした3人が、被害者の父・担当刑事・容疑者という役割で再び深く絡み合う姿を描く。
本作が観客に提示する謎は、「フーダニット=Who done it?(誰が殺したのか)」だ。事件当夜に血まみれで帰宅したデイヴが犯人なのか、それとも関与を否定するデイヴの言葉が真実なのか。やがて事件は思わぬ方向へと二転三転していく。フーダニット作品とはいえ、映画全体を引き締めているのは名優たちの競演を導き出すほどの人間の業を描いた、ドラマ部分にある。実際、本作でペンはアカデミー主演男優賞を、ロビンスは同助演男優賞を獲得する結果となっている(もちろん、ベーコンの渋い演技も素晴らしかった)。そのため本作ではドラマに置かれており、伏線が張り巡らされているというよりはふとした瞬間によぎる“違和感”をキャッチできる洞察力が試されるかもしれない。現実にせよミステリにせよ、ささいな“ほころび”が事件解決の糸口になるのと同じように、ほんのわずかなピースがカチリとはまった瞬間に全体像が初めて俯瞰できるようになる。
『“アイデンティティー”』
ミステリーには「クローズドサークル」という状況が存在する。吹雪の山荘や嵐に見舞われた孤島など、外界との連絡手段が途絶えて退路を断たれたり科学的な捜査の手を及ばすことができない──といった閉鎖的・密室的な状況だ。言うなれば『オリエント急行殺人事件』も走行する列車内が舞台ということでクローズドサークルにあたるが、大概にして犯人にとって有利な状況がもたらされることがほとんどだ。そして『“アイデンティティー”』は、大雨に見舞われたモーテルが舞台のクローズドサークルになる。
本作を手掛けたのは、『ローガン』や『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』などのベテラン監督ジェームズ・マンゴールド。多種多様なジャンル映画を演出しながらも常に堅実な手腕で作品を引き締め、俳優にオスカーをもたらすなど評価も高い。そんなマンゴールドが放った本作も『プレステージ』と同様に伏線が至るところに散りばめられているのだが、同様に観客を間違った答えへと誘導する“ミスリード”も巧みに配置されているのがいかにもマンゴールドらしい細かい作りだ。
大雨が降り注ぐモーテルに集まった、一見なんの繋がりもない男女。ところが1人また1人と殺害され、さらにその死体まで消えてしまう。映画では同時にある殺人死刑囚の再審理も描かれており、別々の話だと思われた死刑囚の存在とモーテルでの連続殺人とが密接な関わりを持っていく──。
途中までのプロットとしてはミステリー小説でも定番のスタイルなのだが、本作の魅力ははさらにその一段上を行く巧妙な設定にある。なぜモーテルに集った男女が殺されていくのか。そして死体が消失するのか。その意味が明らかになった瞬間に、作品が持つ2層構造の機能が活きてくることになり、“嵐のモーテル”というクローズドサークルにもう1つの意味が重なってくる。それだけでも鳥肌もののトリックだと言えるが、さらにその先に待つ結末に至っては驚愕の一言で、いかに作品が全体を通して周到に計算された上に成り立っているかが分かる。
フーダニットものとして突き詰めたラストには「やられた!」と膝を叩きたくなるだろうし、一度観ただけでは理解しきれない部分も多いので、犯人を分かった上で何度見返してみても新しい発見があるはずだ。
『エスター』
本作を観たことはなくても、「この娘、どこかが変だ。」というキャッチコピーが添えられた少女のポスターは見たことがある、という人は多いのではないだろうか。近年、『ラン・オールナイト』や『ロスト・バケーション』など着実にステップアップを続けているスペイン人監督ジャウム・コレット=セラの3作目の作品であり、プロデューサーには『マトリックス』シリーズのジョエル・シルバーのほかにレオナルド・ディカプリオも名を連ねている。
本作は、3度目の流産で悲観する夫婦、ジョン(ピーター・サースガード)とケイト(ベラ・ファーミガ)が引き取った養子・エスターが引き起こす恐怖を描いたサスペンス・ホラー。常に首と手首にリボンを巻いているエスターはどこにでもいるような可愛らしい少女だが、孤児院から夫婦の家に引き取られると徐々にその醜い本性を現していき、ついには夫婦の実子にまで危険が及ぶ。
ここまで書いてしまえば分かるように本作は“意外な犯人”や“殺人トリック”といったミステリー作品ではなく、あくまでエスターの異常性・狂気性を軸にしているサスペンスになる。ちなみに最初から犯人が分かっている上でストーリーが展開していくミステリーを「コロンボ形式」と呼ぶことがあるが、探偵は不在なれど本作もコロンボ形式の醍醐味を踏襲したものになっている。その核心となるのがやはりエスターの正体で、これが驚愕の結末に直結する。
本作は真相編で丁寧に伏線を回収していくわけではないのだが(むしろ『エスター』に関してはその手法の方が良い)、じっくりと本編を観ていれば自ずと「違和感」を感じるはずだ。その違和感に気づくことができれば、ポスターにあるキャッチコピーの持つ意味がどれだけ本作で重要な意味を持つかが分かる。
そして本作のトリッキーなネタを見事成立させたのは、その幼さ、内に秘めた狂気性、どことなく漂う妖艶な雰囲気……その全てをエスターというキャラクターに注ぎ込んだイザベル・ファーマンの演技力にほかならない。ファーマンは1997年生まれで現在20歳。本来なら『エスター』に仕掛けられたトリックは、いわゆる「映像化不可能」として小説で扱われることが多い。文字だからこそ成立するトリックなのだが、それを見事に可能にしてみせた天才少女と、映画に落とし込んでみせたコレット=セラからの挑戦状を、ぜひ受け取ってほしい。
『サイコ』
もはや説明不要、アルフレッド・ヒッチコック監督の、ミステリー・スリラーの金字塔的な作品。公開から半世紀以上過ぎてなおサスペンスの教科書としてそのストーリーテリングや演出方法が解説されているので、今もその映像を目にする機会が多いはずだ。
ロバート・ブロックの同名小説を原作にヒッチコックが描いた本作は、主人公が中盤でいきなり殺されてしまうというその構成から観客を驚愕させることになる。映画前半こそ、マリオン(ジャネット・リー)が銀行に預けられるはずだった大金を恋人のサム(ジョン・ギャヴィン)のために横領するという展開を作品の中心に据えて、その逃避行をサスペンスフルに描いていた。しかし、郊外に建つ一軒のモーテルに舞台を移した瞬間から、作品にはこれまでとはまた違う不穏な気配が色濃く漂い始める。そして、あの有名な浴室のシーンだ。包丁を手にした逆光のシルエット、ジャネット・リーの絶叫、何度も振り下ろされる包丁、シャワーに混ざりながら渦を巻く血糊……あのわずかなシーンで主人公の明確な死を描き出し、ぐるりと作品の世界観を反転させてしまう手腕は、(ジャネット・リーにとっても観客にとっても)ヒッチコックの飄々とした雰囲気からは想像もできない冷酷さとも言える。
マリオンが殺害されてからは、モーテルの主であるノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)を軸にして、よりミステリーとしてのトーンが強調される形に。マリオンの妹リラ(ヴェラ・マイルズ)、サム、探偵のミルトン(マーティン・バルサム)とキャラクターも出揃い、行方不明となったマリオンの捜索=観客にとっての犯人探しへとシフトしていく。
カメラワークや構図など、第二の殺人に関してみてもヒッチコックの巧みな演出が光り、怒涛の展開で犯人が明かされる流れもまさにミステリーとしてのお手本だろう。関係者が少ない分、探偵役が登場人物を一堂に集め推理を展開するような犯人当ての醍醐味こそないにせよ、そしておそらく大半の観客が犯人の見当がついていたとしても、やはり犯人が明らかになった瞬間の衝撃は大きいはずだ。そして何より本作の恐ろしいところは、犯人を形成するキャラクター造形の深さにある。真相編にあたるエピローグこそ本作の真のクライマックス 相応しいくらい論理的かつ挑戦的な内容になっており、観客は否が応でも犯人の内面に潜む闇を垣間見ることになる。その時になってじわりじわりとタイトルの意味が迫ってくるのも、大きな余韻を残すポイントだと言える。
まとめ
ミステリーやサスペンスと一言で表してもその定義は幅広く、意外な結末やトリックの種明かしなどいろいろな観点から楽しむ面白さがある。それだけ作品の数が広がるということでもあるので、ぜひ自分にとって好みのスタイルを見つけてほしい。犯人をズバリ言い当てる名探偵になるも良し、一観客として驚嘆の声を上げるも良し。ミステリーの世界は限りなく奥深い。
(文:葦見川和哉)
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