『犬猿』での窪田正孝のスーツ姿は「アンナチュラル」のメガネ男子ぶりを越える!
(C)2018「犬猿」製作委員会
前作『ヒメアノ〜ル』で、多くの観客に衝撃を与えた吉田恵輔監督。その待望の新作映画『犬猿』が、いよいよ2月10日より全国ロードショー公開された。
出演キャストの意外な顔ぶれだけでも見たくなる本作を、今回は公開2日目昼の回で鑑賞して来た。劇場内は幅広い年齢層の女性観客で、ほぼ満員状態。漫画や小説などの原作物が多い日本映画の中で、今回吉田恵輔監督のオリジナル脚本で製作された本作への期待は大きいのだが、果たしてその出来はどうだったのか?
ストーリー
金山和成(窪田正孝)は地方都市の印刷会社で働く営業マン。真面目で堅実な彼は、父親の借金を返済する地味な生活を送っていた。そんなある日、彼のアパートに、強盗で服役していた兄の卓司(新井浩文)が刑期を終えて転がり込んでくる。
一方で、そんな和成に仄かに恋心を抱いている女性がいた。小さな印刷所を営む幾野由利亜(江上敬子)である。太っていて見た目がよくない彼女にも実は妹の真子(筧美和子)という天敵がいた。
ところが和成と真子がつき合い出したことから、嫉妬に燃えた由利亜がストーカー化。一方の真子は、エロまがいのグラビアを一向に卒業できない焦りから枕営業へと走り、ラブホテルで卓司と鉢合わせしてしまったために事態は急変するのだが……。
予告編
4人の主要キャストが正に適役!特に女性キャストの演技は必見!
何といっても本作の話題は、意外過ぎる4人の組み合わせに尽きる。彼らの顔が並んだポスターだけで、もはや傑作の予感しかさせないのが凄い!
実は『ヒメアノ〜ル』の強烈な印象から、本作でも兄弟同士の争いが最終的に血みどろの殺し合いに発展する、そんな予想で鑑賞に臨んだのだが、予想に反してそこに描かれていたのは、確かな兄弟愛や成長するにつれて変化する上下関係など、多くの観客が共感出来る人間ドラマだった。
もちろん暴力描写もあるのだが、深い人間ドラマと兄弟・姉妹愛がそれを上回り、意外にもラストは感動の方向に向かう!
実際終盤の兄弟・姉妹の絆が試される展開では、4人の主要キャスト陣の素晴らしい演技もあってか、劇場内のあちこちで観客のすすり泣きが聞こえて来る程だった。
(C)2018「犬猿」製作委員会
今回意外だったのは、女性キャスト二人の起用が単なる話題性だけに終わらず、それぞれ見事な演技を見せていてくれたことだ。
特に4人の主要キャスト中、最も異色な存在であるニッチェの江上敬子の演技は、今年の新人賞か主演?女優賞が確実なのでは?と思わせるほど。
(C)2018「犬猿」製作委員会
実は本作で非常に印象的だったのが、登場人物を背中から写したり表情を映さずにセリフだけで観客に想像させるシーン。非常に効果的なこれらのシーンの中でも、江上敬子演じる由利亜の背中を移したショットは、絶対見えないはずの彼女の表情が観客に分かるという奇跡を呼ぶので、ここは是非お見逃し無く!
更には、有能でプライドの高い姉への劣等感に苛まれ、仕事でも家でも姉の影に支配される妹の真子を演じた筧美和子の演技も、予想外の好演!仕事や勉強などの能力ではなく、自分の容姿という生まれ持った部分で姉に勝とうとする真子の計算っぷりは実に生生しく、終盤の救急車内での演技も観客の胸に迫るものとなっていた。
もちろん、男性キャスト陣も負けてはいない。
兄の卓司役の新井浩文は、言葉には出さないが確かな弟への愛情と思いやりを持つこの男を、単に粗暴な悪人ではなくどこか愛される男としてリアルに演じており、鑑賞後に思い返した時に、ああ、あの時ちゃんと弟のことを考えていたのか、そう観客に分かるのが凄い!
(C)2018「犬猿」製作委員会
後半のマッサージチェアの件でも、卓司が短期間で成功を掴もうと焦っているのが、親にいいところを見せて自分の存在を認めさせたい、との想いからだと分かるし、何より、ある秘密を知っていたことが判明する終盤の展開で、卓司の弟への想いが一気に観客に伝わるのは、実に見事だった。
対して、序盤は気弱な草食系男子として登場しながら、兄の出所により徐々に影響を受けて行く弟の和成を演じた窪田正孝の演技も、新井浩文と好対称で兄弟としてのバランスを実に良く保っている。自身の中に眠る卓司と同じ衝動を何とか押さえながら、サラリーマンとして厳しい生活を送っているその姿は、まるで「自分は兄とは違う!」と周囲に主張しているかの様だ。
(C)2018「犬猿」製作委員会
例えば、自分が肩代わりして来た親の借金返済から解放されて、「これからは自分のためにお金を使いなさい」と言われた和成の複雑な表情。窪田正孝はこの場面でも、内心ほっとしながらも兄に先を越された複雑な気持ちを見事に表現している。
現在放送中のドラマ「アンナチュラル」でのメガネ男子ぶりも人気だが、印刷会社の営業マンとして登場する彼のスーツ姿も女性ファン必見と言えるだろう。特に映画前半での気弱なスーツ姿からの後半の爆発っぷりには、昨年の『東京喰種トーキョーグール』を思い出された方も多いのでは?
(C)2018「犬猿」製作委員会
実はストーリーの進行につれて変化する和成の服装も彼の内面の変化を表しているので、これからご覧になる方はその点も是非お楽しみに!
一番近い存在なのに、実は最大の敵でもある兄弟・姉妹の関係性とは?
本作に登場する兄弟・姉妹の関係性。それはお互いが相手を見下しながらも、同時に相手の生き方や性格を羨ましいと思ったり、嫉妬しているという複雑な物だ。
一見正反対の性格と生き方に見えるこの二組の兄弟・姉妹だが、実は深い絆で結ばれていてお互いに良く似た存在であることも、ちゃんと映画の中では描かれている.
例えば、兄や姉の悪口を自分が話す分には全然平気なのだが、他人が自分の兄・姉の悪口を言い始めると一転してその弁護に回る描写や、他人に対しては容赦なく蹴りで攻撃する卓司が、弟の和成に対しては手での攻撃、しかもちゃんと平手打ちに留めている点に気が付いた時、この二組の兄弟・姉妹の対立が単なる嫌悪やいがみ合いでは無いと、観客に分かって来るのが上手い!
そう、妹の真子の容姿や社交性に嫉妬し、あれほど厳しかった姉の由利亜でさえ、実は妹への愛情や優しさを持っていることは、由利亜が妹からの贈り物のTシャツを着ようとする行動に表れているのだ。
数々の衝突の末、ついにお互いの本心を吐き出し乱闘になる二組の兄弟・姉妹。その姿がカットバックで描かれる様子は、まだ彼らが子供だった頃、仲直りのための大事な儀式だった兄弟ゲンカを思い出させる。ただ昔と絶対的に違う点は、お互いに大人となった今では、殴り合いをしても簡単に仲直りは出来ないという事実だ。
今までギリギリのバランスで保たれていた彼らの関係が、ついに完全な決裂を迎えた様に見えるこのシーン。この衝突の後に訪れる衝撃的な事件とそこで試される兄弟・姉妹の絆には、前述した様に場内からもすすり泣きが起こっていた。
本作終盤の見せ場となるのが、卓司と由利亜が遭遇するある緊急事態。この部分で実に興味深かったのが、兄弟と姉妹での関係性の違いが描かれている点だった。
対立の大きな原因が妹の方にもあるこの姉妹の場合、姉の由利亜は周囲を傷付けることなく自分が消えようとするのだが、そこを妹が助けることで両者が歩み寄って関係性が改善される。
ところが、卓司の場合は完全に自業自得なのだ。確かに元々のきっかけが和成にあると言えるのだが、最終的に周囲を巻き込んで弟に尻拭いをさせた様にしか見えない。
実はこの部分、子供の頃の上下関係から抜け出そうとしていた弟が、結局また居心地の良い子供の頃の上下関係に戻ってしまったとも取ることが出来るのだ。
兄弟と姉妹の関係性の違いをこうして細かく描き分ける吉田恵輔監督の演出力の凄さは、是非劇場でご覧頂ければと思う。
更にこの終盤の展開で卓司と由利亜の二人は、自分が守るべき存在だった弟・妹が、もはや自分を助ける存在にまで成長していたことをやっと悟ることになる。そう、もはや目の前の弟・妹は自分の庇護の下で泣いていた幼い日の彼らでは無いのだ。
ここで卓司が救急車内で言うセリフ「おまえ、子供の頃俺のこと好きだったんだよ」は、弟を守る自分の役目はこれで終わったという安堵感と寂しさを見事に表現しており、『ヒメアノ〜ル』でも描かれていた、子供の頃の関係性に縛られて生きることの苦しみと、子供の頃の幸せな記憶が救いとなる展開を思い出させる名シーンとなっている。
果たして、その先に待つこの二組の運命とは?その衝撃の結末は是非劇場で!
(C)2018「犬猿」製作委員会
最後に
自分も含めて、兄弟・姉妹を持つ観客には正にあるあるエピソードが連続する本作。それだけに多くの観客の共感を呼ぶ内容になっている点も、本作の魅力の一つと言えるだろう。
親を除けば、本来は一番近い肉親であるはずの兄弟・姉妹という存在。だが、実は自分に一番似ている存在だからこそ、お互いを疎ましく思い衝突を繰り返すことになる。
映画のラスト、接見室のガラス越しに対峙した和成と卓司の姿は、一見正反対の性格・生き方に見えながら、実は二人とも同じ親から生まれた良く似た存在、お互いを写す鏡のような関係であることを見事に表現している。
そう、実は『犬猿』とは兄弟である限り決して埋まることの無いこの溝を表現した、秀逸過ぎるタイトルなのだ。
衝突の末に、やっとお互い歩み寄って仲良くなるかと思わせて、またちょっとした行き違いで衝突するのも、実はそれこそお互いに気を許している証拠なのだ。
永遠に続くかも知れないこの争いは、もしかしたらお互い無関心であることよりは、遙かに幸せで密な関係ではないだろうか?
今回は吉田恵輔監督のオリジナル脚本となる本作だが、原作物で無くともここまで面白く、しかも人間の内面を掘り下げて共感を呼ぶ作品が誕生したことは、今後の日本映画界にとっても明るい材料だと言えるだろう。
今後も多くの優れた才能によるオリジナル脚本の作品が増え続けることを、映画ファンの一人として心から願っている。
(文:滝口アキラ)
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