映画コラム

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2018年03月12日

傑作『しあわせの絵の具』、実は「逃げ恥」!サリー・ホーキンスの名演技に号泣!

傑作『しあわせの絵の具』、実は「逃げ恥」!サリー・ホーキンスの名演技に号泣!



(c)2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./ Parallel Films (Maudie) Ltd.



先日行われた第90回アカデミー賞授賞式で、作品・監督賞を始め多くの賞に輝いた話題作『シェイプ・オブ・ウォーター』。その主演女優であるサリー・ホーキンスが2016年に主演した作品『しあわせの絵の具/愛を描く人モード・ルイス』が、偶然にも『シェイプ・オブ・ウォーター』と全く同時期に公開されたので、早速日曜日の午後の回で鑑賞して来た。

映画『パディントン」』シリーズでの明るいお母さん役とは全く違う本作の役柄は、後の『シェイプ・オブ・ウォーター』にも通じるだけに、劇場は主に女性の観客で満席状態。ポスターの印象からは若干地味な内容を予想した本作だが、果たしてその内容と出来はどうだったのか?

ストーリー


カナダ東部のノバスコシア州。小さな町で叔母と暮らすモード(サリー・ホーキンス)は、ある日、商店に家政婦募集の広告を貼り出した男に興味を持つ。男は町はずれで暮らし、魚の行商を営むエベレット(イーサン・ホーク)。モードは束縛の厳しい叔母から逃れるため、彼が1人で暮らす家のドアをノックし住み込みの家政婦となる。

子供の頃から重いリウマチを患い、家族からも厄介者扱いされてきたモード。孤児院で育ち、学もなく、生きるのに精一杯だったエベレット。そんなはみ出し者同士の同居生活はトラブル続きで、2人を揶揄する噂が広まる。

そんな時、エベレットの顧客でニューヨークから避暑に来ているサンドラは、モードが壁に描いたニワトリの絵を見て一目で才能を見抜き、絵の創作を依頼する。そんな中、徐々に互いを認め合い、距離を縮めていったモードとエベレットは結婚。一方モードの絵は雑誌やテレビで取り上げられ評判となり、二人が住む小さな家には観光客が押し寄せるようになるのだが・・・。


予告編


本作こそ今年のベスト1!
男一人で観ても感動の涙が止まらない!


実は前日に『シェイプ・オブ・ウォーター』を鑑賞し、予告編とはかなり違うその内容に若干モヤモヤした気持ちのまま鑑賞に臨んだ本作。そのポスターやタイトルから、きっと静かで地味な人間ドラマと予想していたのだが、実はこれが前日のモヤモヤを吹き飛ばしてくれる、素晴らしい作品だった!

映画の舞台となるカナダの美しい冬の風景や、主人公モードが置かれた過酷な状況。そして偶然の出会いから彼女の心の拠り所である絵が認められて、成功を手にするまでのドラマなど、その上映時間全てが文字通り観客に至福の時を与えてくれる素晴らしさ!

実際、こうして男が一人で鑑賞しても全編泣けて感動できる程なのだが、中でも本作で一番涙腺を刺激されたのは、この夫婦が最後まで幸福な人生を送っていたという事実と、夫であるエベレットのモードに対する愛情と思いやりが、言葉では無くちょっとした行動でさり気なく表現されている点だった。しかもモードの方もちゃんとその気持ちに気付いているという、この夫婦の繊細な心の動きを見事に描いている点は、やはり女性監督ならではの視点だと言えるだろう。

もちろん、本作は安易なラブストーリーではなく、お互いに必要に迫られての同居から始まる二人の関係が、甘い恋愛関係とはほど遠い戦いの日々だったこともちゃんと描かれている。それだからこそ、お互いを必要な存在と認めてからの二人の幸福な日々が観客の心を打つのだ。実はシーンによっては観客から笑いが起こる描写が登場するなど、一見厳しく貧しい生活の中にも喜びや笑顔が溢れていたことが同時に描かれている点も実に見事な本作!

本当の豊かさや幸せとは何か?電気もガスもテレビも無い、わずか4メートル四方の小さな家での暮らしが、これほど輝いて見えるのは何故か?そう、全てはこの二人の心の豊かさとお互いへの想いにあると教えてくれる本作こそ、間違いなく今年一番の感動作なのだ!

ポスターや邦題から地味な作品だと早合点しないで、貴女も今すぐ劇場へ!



(c)2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./ Parallel Films (Maudie) Ltd.



二人の出逢いと同居から結婚への過程は、正に「逃げ恥」!


複数の仕事を掛け持ちし、自身が育った孤児院の手伝いまでしているエベレット。仕事は多いが決して豊かではない彼の生活は、家の家事まで手が回らないほど忙しい状況だった。そんな中、思い切って家政婦募集の張り紙を街の雑貨屋の掲示板に張り出したところ、唯一応募してきたのが後の奥さんとなるモードだった。

子供の頃からリウマチを発症し歩行に障害を持ちながら、タバコを吸い絵を描き夜はクラブへダンスに出かけるなど、実は非常に行動的で自由な生活を愛する女性であるモード。兄に預けられた叔母の家で厄介者扱いされていた彼女は、肩身が狭い叔母の家での暮らしから出て自由に生活するために、エベレットの家の住み込み家政婦の道を選択したのだった。

こうしてモードは自由な生活と生活費のため、エベレットは仕事で手が回らない家の家事を代行してもらうために、二人は雇用主と従業員という関係のまま同居することになる。ところが電気もガスもテレビも無く、あまりに狭いその家で、二人は夜は一緒のベッドで寝ることに!

最初はお互いの主張を巡って衝突を繰り返した二人だが、生活を共にする中で次第にその距離を縮めて行き、やがてお互いを認め合い惹かれる様になって行く。と、ここまで観ていて気が付いたのが、「あ、これって「逃げるは恥だが役に立つ」の設定そのままじゃないか!」ということだった。そう、実は本作の基本設定はあの大ヒットドラマその物なのだ!

この様に、実は若い観客層にも楽しめる内容の本作には、実際の恋愛や夫婦関係に大いに役立つ描写が多く含まれている。

その中でも特に注目したいのが、モードが映画の中で見せる見事な男性操縦法だ。いわば雇用主であり、力では勝てないエベレットに対して、相手の言う事に従うように見せて実は自身の要求や主張を絶対に曲げず、徐々に自分の意見を通していくモード。正面からは決してぶつからず、結果的に気が付いたらモードの思い通りになっているというその見事な操縦法は、是非とも劇場でご確認を!



(c)2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./ Parallel Films (Maudie) Ltd.



実はエベレットの成長物語でもある本作。
理想の夫像がここにある!


表面上は無口で乱暴な女性差別主義者の様に見えるエベレット。だが、その内面には深い思いやりと優しさを秘めていることが、次第に観客にも分かってくる。

家政婦の面接に来たモードを帰りに途中まで送るなど、実は出会いの段階からエベレットは意外に繊細な一面を見せる。だが、これはモードが時々道で子供に石を投げられると言ったのを聞いたからであり、愛情というよりも、むしろ同じ様な差別を受けてきた仲間意識の方に近かったのではないか。

子供の頃、自分に愛情を与えてくれる相手がいなかったため、モードに対する愛情や優しさの示し方が良く分からないエベレット。そのためか、映画の序盤で二人は激しい口論や衝突を繰り返すことになる。実際、お互いに愛しているとは決して口にしない二人だが、その内面に隠された彼の優しさをモードがちゃんと見抜いているのが実に泣ける!

映画の中で非常に印象に残るのが、結婚式の夜特別に二人がダンスをするというシーンだ。実はこのダンスシーンにも、足の不自由なモードを気遣うエベレットの思いやりが溢れているのだが、ここでお互いを靴下に例えて表現し合う描写は、ついに二人が愛し合う夫婦になったことを象徴する名シーンとなっている。

そう、本作はモードが成功と幸福をつかむまでの物語であると同時に、実は夫であるエベレットがモードとの出会いによって、人の愛し方や自身の素直な感情表現を学んで行く物語でもあるのだ。

映画のラスト、モードが大事に保管していた二人の出逢いのきっかけの品物を見つけたエベレットが、「ここで絵を売ってます」と書かれた看板を黙って家の中に仕舞う、印象的なシーンがある。エベレットにとってモードが書いた絵こそは彼女の存在その物であり、その絵を一番評価し愛していたのがエベレットだったことを見事に表現するこのシーン、必見です!



(c)2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./ Parallel Films (Maudie) Ltd.



最後に


都内で5館の小規模公開である本作を今回鑑賞したのは、日曜の新宿ピカデリー午後の回。鑑賞後、劇場ロビーのTVモニターで流れていた本作のメイキング映像に目を留めた自分は、暫くその場所から動くことが出来なかった。もちろん、この素晴らしい映画のメイキング自体を見たかったこともあるが、理由はもう一つ、鑑賞後の女性観客が冗談抜きでモニターの前に大勢集まっていたからだ。

何故、これほど多くの女性がモニターの前から動かなかったのか?自分にはその理由が何となく理解出来た気がした。

そう、自分も含めて、皆この場を離れ難かったのだ。それは鑑賞後のこの感動と素晴らしさを、誰かと共有したかったからに違いない。その想いはきっと多くの口コミとなって、本作をヒットに導くことだろう。先週紹介した『ビッグ・シック』もそうだったが、もはや観客の生の声こそが一番有効な映画宣伝の手段という時代に来ているのではないか?そんな想いで劇場を後にした本作。

実は、エンドクレジットで実在の二人のモノクロ映像が流れるのだが、映画の中のエベレットの静かで厳しい表情とは違い、実際の彼はにこやかに笑っていて、実に優しそうな表情をしているのが印象的だった。

他人と違う外見やハンディキャップで、道行く子供に石を投げられることさえあったモードを、人世の伴侶として選び最後まで幸福に過ごしたエベレット。彼の外見や乱暴な態度で判断せず、その内面を評価したモードの存在が、エベレットをより良き人間へと変化させていったことがわかるこの映像こそ、正に観客への最後のサプライズと言えるだろう。

鑑賞後、確実に自分の中に他人への思いやりの気持ちが芽生える本作こそ、まさにもう一つの『シェイプ・オブ・ウォーター』!
日頃ストレスを抱えている貴女にこそ、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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