ウェス・アンダーソン節炸裂の『犬ヶ島』は“日本愛”だけをピックアップすればいいのか?



(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation



『ファンタスティック Mr.FOX』『グランド・ブダペスト・ホテル』など、独自の世界観で観客を魅了し続けるウェス・アンダーソン監督の最新作『犬ヶ島』が公開を迎えた。本作は『ファンタスティック~』と同じく人形を動かしながらコマ撮りする“ストップモーション・アニメ”で、4年の歳月をかけて製作された、いわばウェス監督入魂の作品だ。

ウェス作品ファンは日本にも多いが、最新作が日本を舞台にした作品かつ日本人キャストも起用と発表された際には大きなニュースとして紹介された。それから月日が経ち、今年開催された「第68回ベルリン国際映画祭」ではオープニング作品として上映され、銀熊賞(監督賞)を見事獲得。まさに、満を持しての日本公開となった。そこで今回は、コーユー・ランキン&ジェフ・ゴールドブラムのインタビューに続き、『犬ヶ島』の魅力を紹介していきたい。



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ウェス・アンダーソン節、健在


ウェス監督が描く世界観は常に作品ごとで性格を変えるが、どことなくその世界だけの独特な時間が流れ、まるで呼吸をするようにテンポよくシーンが積み重ねられていく印象がある。その雰囲気こそウェス監督にしか出すことのできない唯一無二のカラーだが、日本を舞台にした本作でも、もちろんそのウェスカラーが全体を覆いつくしている。本作が黒澤明や小津安二郎ら巨匠監督から強いインスピレーションを受けていることをウェス監督はかねてより公言していたが、鑑賞してみれば日本という国そのものに向けられたウェス監督からの“愛”を感じることができるはずだ。

物語をざっと説明すると、本作は“ドッグ病”という犬の伝染病が流行している、今から20年後の日本・メガ崎市が舞台。ヒトへの蔓延を防ぐため、小林市長は飼い犬から野良犬まですべて「犬ヶ島」に移送することを決定し、市長の養子であるアタリ少年の護衛犬・スポッツが追放第1号に選ばれてしまう。意を決したアタリは1人、小型飛行機で犬ヶ島に向かい、野良犬のチーフやかつて飼い犬だったレックス、キング、ボス、デュークとともにスポッツを探し始める、というストーリー。



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近未来の日本を舞台にしながら古き良き日本情緒もしっかり映し出し、さらにはストップモーション・アニメだからこそ醸し出すことができるカクついたキャラクターたちの動きはノスタルジー感すら漂わせているほど。アニメーション特有のつるっとした感触はなく、1コマ1コマを覆う“ほこりっぽさ”が全体のトーンを引き締め、まるでウェス監督が手掛けた「日本昔ばなし」を観ているような感覚さえあったほどだ。

日本愛だけではない、込められた「ヒトと動物の関係」への
メッセージ



物語を俯瞰してみると、愛する飼い犬が島流しに→救出へ→犬ヶ島での冒険→小林市長に対する反旗…という実にシンプルな流れだということが分かる。言ってみれば「王道のストーリーライン」だが、もちろんそれだけで終わらせないのがウェス監督だ。アメリカ映画ながらペットを易々と虐げる日本の現状をしっかりと反映させた作りになっており、動物をモノとしか扱わず数えきれない命が“処分”されていく悲壮感が各キャラクターに込められているように見える。そこを重々しく説教臭く描いているようなことはないが、しかし各シーンのそこかしこから垣間見える演出は、やはり日本(に限らずだが)に対する警鐘や問題提起になっているのではないか。



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そこでウェス監督が本作で打ち出しているのが、「ヒトと動物の関係性」だ。本作の主人公アタリは危険を顧みることなく、ひたすらスポッツの姿を犬ヶ島の中で求め続ける。これは並大抵の意志でできることではなく、彼の冒険譚はイコール“スポッツへの愛情”にもなっている。さらにその愛情はスポッツに限らず、周囲にも分け隔てなく向けられるところがアタリの持つ人間的な優しさを象徴している。スポッツのために持ってきた餌を冒険の仲間に分け与えたり、ヒトから愛情を受ける方法を知らずついつい反発してしまうチーフに対してもほかの犬たちと変わることなく向き合う姿は、種族を超えた、もっと根源的な“絆”を感じさせる描写だ。特にスポッツの不在を埋めるチーフの存在はアタリにとって大きく、冒険を通した中で徐々に変化していく1人と1頭の関係性は間違いなく本作の主軸を担っている。その絆が犬ヶ島という限定空間の中で静かに広がっていく様子は、アタリという1人の少年が持つ目には見えないパワーとなって、少しずつ世界を変えていくことになる。

豪華すぎるキャスト陣!



本作の魅力を形成しているのはウェス監督の手腕だけではない。ぎっしりと情報が詰め込まれたセットや人形たち、そして人形たちに命を吹き込んだボイスキャストの存在は大きい。犬ヶ島に棲む犬たちにはブライアン・クランストンやエドワード・ノートン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、スカーレット・ヨハンソンら主演級のキャストがずらりと並んでいる。その一方で、ウェス監督は当時8歳だったコーユー・ランキンを主人公アタリ役に抜擢。しかも、オーディション時のレコーディングがそのまま本編に採用されているというのだから驚きだ。ウェス監督に見いだされただけでも特筆すべき有望株なのに、練習もなしに本番に放り込まれながら見事にアタリそのものを演じきったコーユー君の将来が実に楽しみなところ。



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ジェフ・ゴールドブラムが来日時のインタビューで、ウェス監督の作品で声を吹き込むことは「ある意味“純粋な演技”だと思う」と語っていた。確かにその通りで、何物にも影響されない中でキャラクターになりきり、ウェス監督とともに物語を紡いでいく行程は作品の価値に大きく影響を与えることになる。アタリと冒険を繰り広げるうちに心境の変化が訪れるチーフ役のブライアン・クランストンから、本土にて通訳に徹しながらもある時を境に感情を露呈するネルソン役の女優フランシス・マクドーマンドに至るまで、ベテラン勢の安定した“演技”は絵面だけではなくよりパーソナルな感情として胸に響くものがある。

音楽が与える“和”のイメージ



本作のムードを決める上でウェス監督が脚本とともに用意したものに、「数枚の浮世絵」、「日本の犬の像」、そして「ビートを刻む3人の太鼓奏者」があった。本編を鑑賞した人なら分かると思うが、ウェス監督が“太鼓”をモチーフにしたことからも音楽に和太鼓が取り入れられたことは自然な流れだったと思う。本作の音楽を担当したのは、近年のウェス作品を手掛ける中で『グランド・ブダペスト・ホテル』でアカデミー作曲賞を受賞し、今年も『シェイプ・オブ・ウォーター』で同賞を受賞したアレクサンドル・デスプラだ。フランス人作曲家がアメリカ・ドイツ映画で日本の音楽を再現するというのも「いかにもらしい」と思わず笑いたくなるが、とにもかくにも見事「ジャパニーズ・ファンタジー」を音楽で提示してしまうとはさすがオスカー受賞作曲家だ。

デスプラは太鼓について「現代的な美も、古い美しさも持ち合わせている」と解説しており、全編に散りばめつつ自身のカラーもさりげなく絡ませていることが音楽に耳を傾けていると伝わってくる。まさにウェス監督と同じような制作スタイルで、和を意識しながらもしっかりと「海の向こうから見たニッポン」を象徴化している面白さがあって、デスプラもまたこの物語において冒険者であるというイメージが重なってくる。裁量よくピタリと音楽をはめ込んでくるデスプラは職人作曲家であり、ウェス監督との相性が抜群だといえる。



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また、本作ではデスプラだけでなく日本人和太鼓奏者の渡辺薫も楽曲制作に参加し、オープニングからさっそく力強いドラミングを披露。ほかにも、黒澤明作品にインスピレーションを受けたウェス監督は、なんと本編で東宝シンフォニー・オーケストラの演奏による『七人の侍』の楽曲も使用している。さらに暁テル子による「東京シューシャインボーイ」が使用されるなど、音楽に関しても日本へのリスペクトが炸裂した選曲になっている。これほど映画音楽の分野で日本愛が散りばめられた作品も珍しい。

まとめ


それにしても、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』『レディ・プレイヤー1』『犬ヶ島』などと、海外のプロフェッショナルたちからこれほどまでに愛情を注がれるとは、日本にとっても胸を張って誇れるべきことではないか。ウェス・アンダーソンという偉大な才能に惚れこまれ、実際にここまでビジュアルやサウンドを通して愛情を形にして見せてもらえるとは誰が想像できただろう。先人たちが築き上げてきた日本文化への愛情表現であり、いつからかどこかで心の豊かさを見失ってしまいがちな現代に対する問題提起でもあり。ウェス監督の目を通して描かれる“架空の”日本が内包する物語を、ぜひ劇場で目に焼きつけてほしい。

(文:葦見川和哉)

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