優れた原作&スタッフ&キャストの融合がもたらす秀作『きみの鳥はうたえる』
(C)HAKODATE CINEMA IRIS
佐藤泰志をご存知でしょうか?
1949年北海道函館市に生まれ、高校在学中の60年代半ばより小説を書き始め、芥川賞をはじめさまざまな賞の候補になるも、90年に自らの命を絶つという悲劇的最期を遂げた作家です。
しかし2007年に作品集が発刊されて再評価が進むとともに、10年に『海炭市叙景』が熊切和嘉監督のメガホンで映画化されて話題を呼び、続けて14年には『そこのみにて光り輝く』(第2回三島由紀夫賞候補/呉美保監督)が、16年には『オーバーフェンス』(第93回芥川賞候補/山下敦弘監督)が映画化され、それぞれ多大な評価を得ました。
13年にはドキュメンタリー映画『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』(稲塚秀孝監督)も発表されています。
そして2018年、また新たに佐藤泰志の小説が、若き才人・三宅唱監督によって映画化されました……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街330》
1982年に発表され、第86回芥川賞候補になった同名小説を原作とする『きみの鳥はうたえる』です!
幸福ながらもどこか微妙な
3人の男女の関係性
『きみの鳥はうたえる』の主人公“僕”(柄本佑)は、小さなアパートで失業中の静雄(染谷将太)と共同生活を送りながら、書店で気ままに働いている若者です。
ある夏の日、“僕”は同じ書店で働く佐知子(石橋静河)とふとしたことから関係を持ちました。
書店の店長(萩原聖人)とも噂されている佐知子は、それ以降“僕”の部屋に毎晩のように現れるようになり、必然的に静雄と3人で一緒に夜通し遊びまわるようになっていきます。
やがて静雄は3人でキャンプに行こうと提案しますが、“僕”はなぜかその誘いを断り、静雄と佐知子がふたりで行くことになりました。
夏が終わろうとする頃、幸福ながらもどこか微妙な3人の関係性も徐々に変わろうとしていました……。
主人公の“僕”は、一見何を考えているかわからない無表情を装いつつ、いつキレるかわからない危なさを備えています。
もっとも、それは若者なら大なり小なり誰しも持っている危なさであり、青春期特有の焦燥や理由のない怒り、暴力、破壊の衝動、後悔の念……。
そういった繊細な要素を、透明感あふれるみずみずしいタッチで描出し続けてきた佐藤小説が、ここ10年近く定期的に映画化され続けているのは、やはり時を越えた普遍性ゆえなのでしょう。
ここでは柄本佑が見事なまでに、そんな青春の焦燥を体現しています。
そこにクールビューティなヒロイン佐知子を不可思議な魅力で演じる石橋静河、一見とりとめのない優しいキャラのようでいて何か深いものを隠し持っているかのようでもある静雄役の染谷将太。
本作は、この3人のアンサンブルの妙で巧みに映画的魅力を発散させてくれています。
(夜の酒場でたゆたうように踊る3人を、深いブルー・トーンで捉えた映像の美しさたるや!)
(C)HAKODATE CINEMA IRIS
佐藤泰志文学と映像との
麗しき調和
本作は『海炭市叙景』に続き、佐藤泰志の再評価に尽力した菅原和博が主宰する映画館“函館シネマアイリス”が開館20周年を記念して製作したものです。その伝でも本作は、佐藤文学と映像との麗しき調和をもっとも肌で理解している面々からの贈り物ともいえるでしょう。
函館ならではの、夏なのにどこか涼し気な(というよりも夏の暑さから逃れたいかのような)空気感などが、本作のテイストをさらに透明に、みずみずしく映えさせてくれています。
実際、小説の舞台は東京なのですが、これまでの佐藤小説の映画化作品同様、函館を舞台に移行させることで、むしろ原作のスピリットを増幅することが可能になったといっても過言ではありません。
そして監督の三宅唱ですが、彼はインディペンデントで活動し続け、12年に劇場公開第1作『Playback』で第27回高崎映画祭新進監督グランプリなどを受賞。14年には音楽ドキュメンタリー映画『THE COCKPIT』、17年には時代劇『密使と番人』を発表と、ユニークな映像活動を意欲的に展開している若手ホープです。
また、1984年生まれの三宅監督がそれ以前の1982年に発表された青春小説を原作にメガホンをとるというのもなかなか面白い趣向に思えますが、そんな彼だからこそ平成最後の年に見合った現代の若者たちの息吹を繊細に活写することも可能になったのでしょう。
この作品では、“僕”の歩く姿がちょくちょく現れますが、それは生きる目的を見出せない(見出す気があるのかもどうかもわからない)青春の彷徨そのものを映しているのかもしれません。
なお、本作のタイトル『きみの鳥はうたえる』は、ビートルズの名曲“And Your Bird Can Sing”から採られたもの。映画を見る前、見た後、ちょっと聴いてみるのも一興でしょう。
(文:増當竜也)
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