『天才作家の妻』アカデミー主演女優賞候補、グレン・クローズの演技が凄すぎる!



(c)META FILM LONDON LIMITED 2017



本年度のゴールデングローブ賞、更には、アカデミー賞の主演女優賞候補にノミネートされるなど、本格的な映画賞シーズンを迎えて急激に注目を集めている映画『天才作家の妻 -40年目の真実-』。

今回はこの話題作を、1月26日の初日最終回で鑑賞してきた。

過去に6回のアカデミー賞ノミネート経験を持ちながら、いずれも受賞を逃してきた彼女だけに、今回の受賞が本命視されている本作。果たしてその出来と内容は、どの様なものだったのか?


ストーリー


偉大なる世界的作家の夫ジョゼフ(ジョナサン・プライス)と、彼を慎ましく支えてきた完璧な妻ジョーン(グレン・クローズ)。長年連れ添ってきた夫婦の関係は、ジョゼフがノーベル文学賞を受賞したことで、静かに揺らめき始める。夫が栄光のスポットライトを浴びようとしている影で、ジョーンは彼を愛しながらも、心の奥底に溜め込んだ複雑な感情がわき起こってくるのを、抑えられなくなっていく。誰も想像だにしない夫婦の秘密とは、いったい何なのか。そして世界中の注目が集まる授賞式当日、ジョーンはいかなる決断を下すのか…。




アカデミー賞最有力候補、グレン・クローズの演技が凄い!



先日発表された、本年度アカデミー賞の主演女優賞部門に見事ノミネートされただけあって、本作で妻のジョーンを演じるグレン・クローズの演技は、多くの観客にも一目でその凄さが分かるほどのものとなっている。

例えば、映画冒頭のシーンで見せる、夫のノーベル文学賞受賞の連絡を電話で受けて、その内容を聞いている彼女の表情の変化!

この間セリフは無く、ほとんど彼女は目の部分だけで演技をしているのだが、それだけでジョーンの複雑な胸の内を観客に理解させるのが凄い!

別室で同時に電話を受けていて単純に受賞を喜ぶ夫と、無言で連絡を聞きながら次第に喜びと驚きを露わにするジョーンの表情との対比だけで、この二人の関係性や秘密をも予感させるこの導入部には、「今年のアカデミー主演女優賞は、彼女で決まり!」、そう確信せずにはいられなかった。



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非常に抑えた演技でセリフも少ないが、その微妙な表情の変化や視線だけで観客の注目を集めてしまうグレン・クローズとは正反対に、夫であるジョゼフ役のジョナサン・プライスは、二人が出会った頃と変わらない、陽気で子供っぽさを残した男を見事に演じていて、しかも若き日のエピソードで二人を演じる役者とも、全く違和感がないのが凄い!


幸せそうな微笑をたたえながらも、常にどこか遠くを見ているようなジョーンの視線の先にあるものは、いったい何なのか?

ノーベル賞授賞式という、人生最大の晴れ舞台を迎えた二人に訪れる結末が、グレン・クローズの素晴らしい演技により、更に感慨深いものに変わるその瞬間は、是非劇場で!

世界が注目する、ノーベル賞授賞式の裏側とは?



スウェーデンのストックホルムで、毎年12月10日に行われるノーベル賞授賞式。本作の舞台となるのは、その授賞式までの数日間なのだが、実はこれが想像以上に大変なスケジュールであることが、本作では描かれている。

例えば、二人が現地に到着したとたん、スタッフが出迎えて色々な便宜を図ってくれたり、専門のカメラマンが常に密着して、ホテルの部屋にも受賞祝いのプレゼントが山ほど届けられている様子は、正に映画スターや大物歌手を思わせるほど!

なにしろ、夫婦がベッドで寝ている部屋に、朝からカメラマンと聖歌隊が押しかけて起こされるのだから、旅行気分でゆっくりしてはいられないのだ。

ホテルに到着した途端、無邪気に贈り物に喜んだり、部屋に置いてあるチョコを食べて子供の様にはしゃぐジョゼフに対して、冷静に部屋の調度品や本をチェックするジョーンの姿からは、二人の関係性がよく分かるのだが、実はこの描写も彼らの秘密へのヒントになっていたりするのが見事!



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映画の中では、ノーベル賞授賞式での段取りも、結構詳しく描かれている。一例を挙げると、授賞式で名前を呼ばれた受賞者は、席を立ってスウェーデン国王からメダルを貰い、その後三方向にお辞儀をしなければならないという決まりなど、知らない内にノーベル賞授賞式の裏側も学べてしまう本作。

初対面の人へのちょっとしたトリビアとして、飲み会の会話で役立つかもしれないので、ここも是非お見逃し無く!

女性の社会進出が困難だった時代の、女性の生き方を描く本作!



現在の様に、女流作家が世に出て活躍できる時代ではなかった1950年代に出会い、お互いに恋に落ちたジョゼフとジョーン。

ノーベル賞授賞式に臨む現在の夫婦の姿に、出会った頃の若き日の二人の姿が時折挿入される構成により、ジョーンがなぜジョゼフに惹かれたのか、なぜ40年間秘密を守ってきたのか、次第にその理由が観客にも理解出来るようになってくる本作。

本編中に登場する女流作家のエレーヌ・モゼルが自身の朗読会で語る、自分の本が1000部しか売れないという事実。更に彼女が自嘲気味に語った、「女流作家が本を出しても、結局母校の本棚に収まるだけよ」という言葉が物語る様に、ジョゼフとジョーンが出会った時代には、男性社会における女性への根強い偏見と、女流作家が世に出るための厳しい壁が存在していたのだ。



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才能がありながら、女性に生まれたことで時代がそれを許さないという閉塞的な状況の中で、ジョゼフとジョーンが、実はお互いにとっての最良の道を選択したことが、観客に明らかにされることになる本作。

決してどちらか一方のエゴによる選択ではない、その複雑な事情をどう捉えるか? それによって、この夫婦への印象は大きく変わってくるだろう。

二人が40年間抱えた秘密、その結末とは?



ジョゼフに関する自伝本の執筆を依頼され、ジョーンに接触してくる伝記作家ナサニエルを演じるのは、アラフォー世代には懐かしい俳優、クリスチャン・スレーター!

青春映画からアクション映画を経て、今や演技派の脇役として成長した彼と、グレン・クローズの競演シーンは、見応え充分なものとなっている。



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特に、映画終盤で見せる二人のやりとりは、互いに一歩も退かない演技の名勝負となっていて、実に見事!

ジョゼフとジョーンが40年間隠してきた秘密に対して、核心を付いた質問を投げかけるナサニエル。それに対して少しもひるむこと無く、的確に返答するジョーンの姿は、一見夫の名誉を守るかのように見えるのだが、実はその裏には、二人で長年かけて生み出してきた作品に対する想いや、彼女にとって大切な家族を守ろうとする母親の顔が見え隠れするのが凄い!



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自身の人生のゴールとも言えるノーベル文学賞授賞式を迎えて、果たして彼女は全ての秘密をナサニエルに告白してしまうのか?

彼女が本当に守りたかったものが明らかになるラストの感動は、是非劇場で!


最後に



他の男たちとは違う進歩的な考えを持ち、女性に対して協力的だった優しいジョゼフと、小説家としての優れた才能を持ちながら、男性優位の時代の中で世に出ることが出来ない状況に置かれていたジョーン。


女性の社会進出が絶望的だった時代の中で、お互いへの想いと必要性からとはいえ、その後40年にわたり秘密を共有することになった二人。

40年かかって遂にたどり着いた、最高の栄誉であるノーベル文学賞の受賞。その授賞式後、初めてお互いの今までの想いをぶちまけて、二人は激しい口論を繰り広げることになるのだが…。



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ノーベル文学賞受賞という、自身の思い描いた最大の評価とゴールを迎えて、急にその先が見えなくなってしまったジョーンが、後悔と嫉妬、それに夫への尊敬と愛情が混ざった複雑すぎる感情に襲われて、ついに二人が激しい口論となるこのシーンには、ジョーンが夫に愛想を尽かした、との見方もネットでは散見できた。


確かに、夫を愛するが故に自分のキャリアや名声を捨てて支える側に回った、そう取られがちな本作でのジョーンの行動だが、前述した様に、二人が出会った1950年代という時代性を考えると、事態はそれほど簡単でも、そして綺麗ごとで割り切れないことがお分かり頂けるはずだ。

夫が創作してきた作品が世界的に有名になり、隠されていた妻の秘密が明らかになっていくという設定から、2015年日本公開の映画『ビッグ・アイズ』を連想させる本作。だが、大きく異なるのは、本作での夫婦の関係性の描き方だ。


実は、かなり観客の意表を突く描写から始まる本作。それも、観客がちょっと目のやり場に困るシーンなのだが、実は主演の二人は同い年の71歳! この事実を頭に入れておくと、なるほど、この夫婦が非常に仲の良い関係であることが、このシーンからも理解できるというわけだ。

70歳を超えて、夫の浮気でケンカ出来る夫婦関係もいいが、そこにかかってきた孫の誕生を知らせる電話で、一気に二人が仲直りする! という後半の展開には、この夫婦が40年間連れ添ってきた年月の光と影を感じずにはいられなかった。



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ジョーンが本当に夫を尊敬していたこと、そして自分の目的のために半ば夫を利用していたのではないか、という後ろめたさを抱えて苦悩していたことを、その表情だけで伝えるグレン・クローズの演技力は、この夫婦の特別な関係と深い愛情を観客に伝えてくれていて、実に見事!

映画のラスト、帰路の飛行機の中で、ナサニエルに対して取ったジョーンの行動こそが真実であり、そこには単なる夫への愛情や思いやりだけでなく、長年二人三脚で歩んできた創作上のパートーナーに対する、深い尊敬と感謝の念が含まれていると感じた。

ジョーンが最終的に、40年間の苦悩から解放されたとみるか、それとも大きな存在を失った喪失感の方が大きいと見るか?

一人の女性の究極の選択を描く本作、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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