『バイス』が最高に面白い政治ドラマとなった「3つ」の理由!原題が持つ二重の意味とは?



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本年度アカデミー賞8部門にノミネートされ、見事にメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いた話題作『バイス』が、4月5日から日本でも劇場公開された。

実在の第46代アメリカ副大統領チェイニーを、今回も見事な体型コントロールで演じたクリスチャン・ベールの変貌ぶりも見どころだが、9.11テロ以降のアメリカをイラク戦争へと導いた当人の実話を基に、当時のアメリカ政治の裏側が描かれる本作。

アメリカ史上最も権力を持った副大統領であり、世界情勢を裏側から意のままに動かしたチェイニーとは、一体どんな人物だったのか? 個人的にも非常に興味があっただけに、かなりの期待を持って鑑賞に臨んだ本作。

果たしてその内容と出来はどんなものだったのか?

ストーリー


1960年代半ばのアメリカ。酒癖の悪い青年チェイニー(クリスチャン・ベール)が、後に彼の妻となる恋人リン(エイミー・アダムス)に尻を叩かれ、ついに政界への道を志す。
型破りな下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーヴ・カレル)のもとで、政治の表と裏を学んだチェイニーは、大統領主席補佐官、国防長官を経て、ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領に就任。いよいよ彼は、入念な準備のもとに“陰の大統領”として振る舞い始めるのだった。2001年9月11日の同時多発テロ事件では大統領を差し置いて危機対応にあたり、あの悪名高いイラク戦争へとアメリカを導いていく。
法を捻じ曲げたり、国民への情報操作も全て彼の意のままに、幽霊の様に自らの存在感を消したまま、チェイニー副大統領はアメリカと世界の歴史を大きく塗り替えていくのだが…。


予告編


1:実は過激なブラック・コメディだった!



仮にも実在の副大統領が大統領以上の権力を握り、自分の意のままに当時のアメリカの政治を操っていた!?

そんな驚愕の内容を実話に基づいて描く作品だけに、きっと難しい政治用語が飛び交ったり、かなり重い内容の映画なのでは?そんな印象を受けて、劇場での鑑賞をスルーしようと考えている方も多いのではないだろうか。

でも大丈夫、本作に関してそんな心配は一切無用!

そう、実はこの『バイス』こそ、悪徳政治家や彼らのやりたい放題の権力ゲームを笑い飛ばす、過激なブラック・コメディなのだ!



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例えば映画の中盤で登場する、観客全員が思わず「えっ、何それ?」と思わずにはいられない“ある仕掛け”など、映画の常識やお約束事までも笑いのネタにする、そのサービス精神は見事としか言いようがない。

実際「事実は小説より奇なり」を証明する、まるでウソの様なエピソードの数々には、観ているこちらも怒りや驚きを通り越して思わず笑ってしまうほどなのだが、その鋭い笑いの矛先は単に政治家たちだけに向けられたものではなく、実は彼らを選んで政界に送り出した、我々観客に対する鋭い批判も含まれているのだ。

それがよく表れているのが、一見本編とは全く関係の無さそうな、エンドクレジット後に登場するメタ構造的な映像!

まるで、「劇場にいるお前ら観客たちの意識の低さが、このチェイニーというモンスターの誕生に手を貸したのだ」と、面と向かって注意されている様な気分にさせるこの映像こそ、笑いながら映画を楽しんでいた観客たちを、一瞬にして真顔に引き戻す強烈なメッセージに他ならない。



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本作の様な政治の裏側を描く作品よりも、今流行のアクション映画の方が気になる。そんな観客たちにも問題意識を持ってもらうために、わざとこの様なコメディ映画として描いたのでは?

このエンディングを観た後では、個人的にはそう思えて仕方が無かった本作。


ただ、ラストで観客に向かって延々と持論を喋り続けるチェイニーの姿を見てしまうと、確かにこれぐらい強烈なコメディとして描かなければ、このチェイニー副大統領という強烈な個性には勝てない! そう思ってしまうのも事実。

自身の健康上の問題から遂に生命の危機に晒されても、観客が唖然とする驚愕の展開で生き延びるその悪運の強さも含め、正にモンスターと化した主人公の姿は必見です!

2:悪徳政治家だが、複雑な内面を持つ主人公が魅力的!



若い頃は飲酒運転や暴力沙汰など、警察の世話になることも多かったチェイニー。だが、後に妻となるリンの最後通告が彼を立ち直らせ、遂には政治の世界への転身を決意させることになる。



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こうして、有能だが女性ということで政治の表舞台に出られなかった妻の代わりに、政治の世界に足を踏み入れて行くチェイニー。

残念ながら外見もスマートではなく、口下手なため聴衆の前で演説をしても注目を集められなかった彼は、その後も長年にわたって関わることになるラムズフェルドとの出会いによって、次第に政治の世界で重要なポストを任されるようになっていく。

そして遂に、あのジョージ・W・ブッシュ大統領政権で、副大統領として権力を手にするのだが…。


どこかブッシュ大統領と似た境遇・過去を持つチェイニーが、強大な権力を得て次第に横暴な独裁者へと変貌していく様子は、あのブッシュ大統領がまるで無邪気な子供に見えてしまうほど!

実際、アメリカ合衆国憲法の条文を、自分たちに都合の良い意味に捻じ曲げて解釈するエピソードなど、国民のことなど考えずひたすら陰の権力者への道を突き進むチェイニーの姿は、もはや一周して悪のヒーローとしての魅力に満ちているのだ。



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こうして人生の晩年にして、遂に自身の晴れ舞台を迎えたチェイニーだが、その太り過ぎの体型や激務のせいもあって、度々心臓発作に襲われることになる。

心臓に致命的な“爆弾”を抱えながら、アメリカをその手中に収めようとするチェイニーの人生が、果たしてどの様な結末を迎えることになるのか?

本編のナレーターとして度々登場する謎の人物の正体を含め、最後の最後まで観客の意表を突く本作の結末は、是非劇場で!


3:原題『VICE』に込められた二つの意味が深い!



本作の原題『VICE』とは“VICE PRESIDENT”の略語であり、副大統領のことを指す。ところが同時に、邪悪、悪徳、欠陥、弱点、それに堕落した行為など、非常に悪い意味で用いられることが多い言葉でもあるのだ。

実は“VICE”という言葉が持つ、この全く異なる二重の意味を踏まえて映画を観ると、主人公であるチェイニー副大統領の若い頃の無軌道な生活と、副大統領として陰から政治を想いのままに動かした悪役としての側面が見事に表現されたタイトルであることが分かってくる。

“VICE”という言葉の裏の意味が現す通り、若い頃に社会からドロップアウトしかけたチェイニー副大統領が、実は有能な妻に対するコンプレックスや、権力への憧れ・執着を内に秘めた存在であり、その欲望を解放するかの様に次第にモンスター化していく過程が描かれていく本作。



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例えばその横暴な権力者ぶりは、ブッシュ政権に対して批判的なコラムを書いた外交官に対して、その妻がCIAのエージェントであることをわざと世間に公表するという、映画『フェア・ゲーム』でも描かれたエピソードの登場にも、よく現れている。

実はこのエピソードの部分、映画『フェア・ゲーム』を観た人には興味深い仕掛けが施されているのだが、その仕掛けは是非劇場でご確認頂ければと思う。


着実に政界の出世コースを進んでいたチェイニーだったが、次女のメアリーの同性愛がマスコミに知られることとなり、大統領への道を断念。愛する家族のために政界から引退して、穏やかな生活を送ることに。だが運命は彼に休息を与えず、あのジョージ・W・ブッシュ大統領から副大統領候補としての出馬要請を受けることになる。



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長年共に政治の世界を目指してきた妻の強い反対に逆らってまで、チェイニーがブッシュ陣営に参加した真意とは、果たして何だったのか?

権力に対する飽くなき欲求に捕らわれた男が、遂に絶大な権力を得て横暴な独裁者と化す映画か、それとも妻の期待と理想の夫像に近づこうとした結果、自分を見失ってしまった悲しい男の映画と観るか?

観客の受け取り方や解釈によって、その内容が様々に変化することになる本作。果たしてあなたは、どの様な感想を持たれるだろうか。

最後に



どうしても大統領というアメリカ国家の象徴に注目が集まり、今まであまり取り上げられることが無かった副大統領という存在。だが、昨年公開された『LBJ ケネディの意志を継いだ男』で描かれたリンドン・ジョンソンの様に、副大統領から大統領に就任した例もあるなど、実は非常に興味深い人生を送った人物が多いのも事実。

未だに我々の記憶に強烈に残っている、あの9.11テロの大惨事をきっかけに、そこからイラク戦争にまで発展した当時のアメリカの社会状況を、実話を基に強烈なギャグを交えたブラック・コメディとして映像化してみせた本作。



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今回自身の体型や外見、喋り方までも完全にチェイニーに寄せて撮影に臨んだクリスチャン・ベールの役者根性と、実話ならではのウソの様なトンでも展開に、観客側も最後までこの悪徳政治家の存在感と魅力に引き寄せられてしまうのは見事!

実際、単なる悪徳政治家で片付けるには、あまりに複雑で魅力的なチェイニーのキャラクターは、正に悪のヒーロー? とでも呼びたいほどの存在感で観客に迫ってくる。


若い頃の飲酒運転や自堕落な生活など、実はブッシュ大統領と非常に似た点が多いチェイニーが、その人生の晩年で副大統領ヘの出馬要請を引き受けたのは何故か?

自分よりも若く無能そうなブッシュなら、後から陰で権力を握れると考えたからか? それとも妻に対して自身の能力と存在価値を証明したかったからか?

観客によって様々な解釈が出来るエンタメ作品なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

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