『居眠り磐音』が傑作となった「3つ」の理由!松坂桃李の新しいヒーロー像は必見!
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
松坂桃李の時代劇初主演映画『居眠り磐音』が、5月17日から遂に劇場公開された。
今回は公開二日目夜の回で鑑賞してきたのだが、本格時代劇ということで男性中心だった劇場内に、若い女性の姿を散見できたのが印象的だった本作。
公開直前に起きた事件により、急遽、奥田瑛二を代役に追加撮影・再編集が行われての公開だけに、この日を待っていたファンの方も多かったようだ。
原作小説を未読で鑑賞に臨んだのだが、気になるその内容と出来は果たしてどのようなものだったのか?
ストーリー
坂崎磐音(松坂桃李)は、故郷の豊後関前藩で起きたある悲しい事件により、二人の幼なじみを失ってしまう。
祝言を間近に控えた許嫁の奈緒(芳根京子)を残して脱藩した磐音は、全てを失い、浪人の身となった。
半年後、江戸で長屋暮らしを始めた磐音は、長屋の大家である金兵衛(中村梅雀)の紹介で、昼間はうなぎ屋、夜は両替屋・今津屋の用心棒として働き始める。
誰に対しても礼節を重んじる優しい人柄に加え、剣の腕も立つ磐音は次第に周囲から信用され、金兵衛の娘・おこん(木村文乃)からも好意を寄せられるように。
そんな折、幕府が流通させた新しい貨幣を巡る陰謀に巻き込まれた磐音は、周囲の大切な人々を守るため、再び剣を取って悪に立ち向かうのだが…。
予告編
理由1:実は現代にも通じるストーリーだった!
江戸時代を舞台に人々の生活や人情が描かれる、地味な内容の時代劇なのでは?
『居眠り磐音』のタイトルやポスタービジュアルから、そんな先入観や印象を受けてしまう方も多いのではないだろうか。
でも大丈夫、本作にそんな心配は一切無用!
確かに映画の序盤こそ、衣装や言葉遣いなど本格的な時代劇が展開するのだが、ある悲劇的な事件を境に舞台が江戸に移ってからは、時代劇に馴染みの無い観客や若者にも十分楽しめる内容になっているからだ。
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
脱藩して江戸に出た磐音を待っていたのは、江戸の貨幣流通を操作することで陰から政治の実権を握ろうとする両替商・阿波屋との対決。
実はこの陰謀が、現代の金融戦争や株価の市場操作を連想させて非常に面白い上に、江戸時代の貨幣知識が無くとも十分理解できるような仕掛けが施されているのだ。
確かにストーリーの関係上、どうしても江戸時代の貨幣流通の仕組みや、複雑な通貨の単位・価値換算などが専門用語として登場するのだが、この部分を観客が理解しやすい方法で実に分かりやすく丁寧に伝えようとする、その努力は見事!
例えば序盤から磐音の給金の額や、うなぎの値段を当時の貨幣価値と共に観客に伝えることで、後半の大きな仕掛けへの理解を高めてくれる"親切設計"や、一歩間違うと観客が混乱するような貨幣流通の仕組みを、セリフだけでなくビジュアルを用いて解説してくれので、普段時代劇に馴染みの無い観客にも十分内容が理解できてしまうのだ。
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
巧妙に裏から陰謀を巡らせて、社会的な信用と財産までも根こそぎ奪おうとする悪役に対し、決して自分からは剣を交えることなく、頭を使い人々の協力を得て対抗する磐音。
複雑な過去を持ちながら自然体でいる彼のキャラクターは実に新鮮であり、演じる松坂桃李の好演もあって、文字通り"時代劇のニューヒーロー像"と呼ぶに相応しい存在だと言えるだろう。
よくある時代劇の様に、ラストで主人公が悪役を倒して勧善懲悪で終わる、そんな単純で見慣れた展開にはならない本作。
デビュー作「侍戦隊シンケンジャー」から大きく成長した、松坂桃李の優しく強いヒーロー像は必見です!
理由2:出演キャスト陣の演技が素晴らしい!
前述した松坂桃李の好演に加えて、本作の出演キャスト陣の演技はどれも素晴らしいものばかり。
例えば対照的な性格として登場する二人のヒロインを演じた、芳根京子と木村文乃の好演はもちろん、磐音の幼馴染で彼のその後の人生に大きな影響を与える琴平を演じた柄本佑など、これら若手俳優陣の演技が、時代劇の世界に新たな魅力を与えている点は見逃せない。
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
更に本作で注目したいのは、悪役側の出演キャスト陣の抜群の存在感!
妻への疑惑を慎之輔(杉野遥亮)に吹き込む水澤紳吾の演技は、昨年の『羊の木』での絶妙な酒飲みシーンを思い出させるし、ピエール瀧の代役として関前藩国家老・宍戸文六を演じる奥田瑛二は、表面上は藩の将来を考えているような、この男の狡猾な裏の顔を見事に表現している。
中でも観客に強烈な印象を残すのが、悪の黒幕として登場する阿波屋主人・有楽斎を演じる柄本明の怪演っぷり!
実はよく見ると、この阿波屋有楽斎は映画序盤で磐音と対決する琴平と対をなす存在であり、しかも琴平を息子の柄本佑が演じているという点も、また非常に興味深いものがあるのだ。
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
これら出演キャスト陣の素晴らしい演技が、果たして脚本段階ではどのように書かれていたのか? 今回来場者プレゼントとして配布された脚本と比較できる点も、原作ファンには見逃せないサービスだと言えるだろう。
理由3:優しさと強さ、二つの武器で戦うヒーロー像が新しい!
本作成功の大きな要因は、何といっても松坂桃李演じる主人公・坂崎磐音の魅力的なキャラクター!
その魅力のほどは、まるで縁側で居眠りをしている猫のような剣の構えから、"居眠り磐音"と呼ばれるようになったこの男の周囲に、引き寄せられる様に自然と人々が集まってくる点にもよく表れている。
子供たちに対しても終始礼儀正しい態度を崩さない磐音は、一見すると根っからの好人物に見えるが、実は過去の悲劇が未だに忘れられず、周囲の人々から一歩退いたスタンスを取ろうとしているようにも見える。
実際彼が未だに過去の記憶に囚われていることは、部屋に供えられた三つの位牌の存在からも明らかだ。
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
家柄や武士としての面子を重んじるあまり、それまでの幸せな関係が一瞬にして壊れて悲劇的な結末を迎えるなど、映画の序盤では武士の世界の厳しさや残酷さが描かれる本作。
この過去の描写が悲劇的であるからこそ、その後に続く、江戸で町人に混ざって生活する磐音の穏やかな生活ぶりが引き立つことになるのだ。
実際自身の過去を罰するかのような貧乏暮らしの中、幼馴染の命とその家族の人生を奪ってしまった自身の剣を、守るべき人々のために再び使おうとする磐音の姿は、現代の観客にも大きな共感を呼ぶものとなっている。
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
更に多くの方がネットの意見や感想で触れているように、磐音が決して無敵の剣豪ではなく、戦いの中で自身もかなり切られて傷を負う点も、より彼の人間味を感じさせる演出で実に上手いのだ。
過去の事件のトラウマから自暴自棄になったり、自殺願望的に自ら危険な仕事や裏の社会に入ったりするなど、過去にあったような時代劇のアウトロー像とは一味違って、磐音はその純粋さ故に辛い過去から逃げるように江戸へ流れてきた男として描かれている。
自分だけが幸せになることは許されないと、脱藩して国を捨て、江戸で町人と一緒に生活する磐音だったが、貧しいながらも穏やかな暮らしを手に入れた彼に、運命は再び剣の道を歩ませようとする。
だが単に悪を力で排除するのではなく、自身の恩人や守るべき人々のため、優しさを武器に戦う磐音の姿は、やはり松坂桃李という俳優の存在があればこそ、これだけ観客の共感を呼ぶキャラクターとして再現できたと言えるだろう。
©2019映画「居眠り磐音」製作委員会
こうした磐音の優しさや純粋さと対照的に本作で描かれるのは、実は女性の強さや逞しい姿に他ならない。
特に磐音の許嫁だった奈緒が下す決断の重さや、ラストで登場する彼女の姿と磐音との対比は、過去に囚われ続けていた彼に再び人生に向き合うきっかけを与える上で、実に効果的!
ちなみに原作小説で磐音はおこんと結婚するのだが、この辺も映画では若干先の展開に含みを持たせているようだ。
果たして二人の関係が映画ではどのように描かれていくのか?
まだ見ぬ続編への期待を胸に、一刻も早いその公開日を待ちたいと思う。
最後に
全51巻にも及ぶ人気時代劇小説の映画化だけに、原作を未読ということで劇場での鑑賞を少し躊躇されている方も多いのではないだろうか。
だが前述した様に、観客への配慮や作品世界に入り込むための導入部がしっかり出来ている本作は、新たなヒーロー誕生の第一話として、原作小説や時代劇に馴染みの無い観客にも十分に楽しめる作品となっている。
加えて今回非常に素晴らしかったのが、入場者への特典として文庫本サイズの冊子が配布され、その中に原作者の佐伯泰英が書き下ろした短編小説「闘牛士トオリ」や、本木克英監督と松坂桃李の対談、更に『居眠り磐音』の脚本までが収録されていたこと!
本編中の印象的なシーンが脚本上はどう表現されていたのか? 観客が鑑賞後に色々と確認・比較できるこのサービスは、これからの宣伝展開への新しい切り口として実に効果的に思えた。
思えば6月1日から軒並み映画館の入場料金が値上げされ、劇場パンフも800円台が主流になってきているだけに、今回の様な鑑賞後もより深く映画を楽しめる記念品の配布は、是非今後も恒例にして欲しい名サービスと言えるだろう。
前述した通り、戦いの度に自身も傷つき悩みながら成長する磐音の姿は、若い観客や女性層にも十分受け入れられる時代劇のニューヒーローの誕生を宣言するもの。
もちろん剣の腕前だけでなく、人間的魅力や周囲の人々の協力によって悪を倒す磐音のキャラクターは、正に松坂桃李という俳優の存在による部分が大きいのだが、実は今回の劇場版以前にも、原作小説は『陽炎の辻~居眠り磐音 江戸双紙~』としてテレビドラマシリーズ化されており、この時は主役の磐音を山本耕史が演じていたりする。
今回の劇場版で磐音の魅力にハマった方は、機会があれば是非そちらの方もチェックして頂ければと思う。
(文:滝口アキラ)
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