『名もなき生涯』レビュー:“映像の詩人”が描くナチスへの忠誠を拒み続けた男の実話=美しい神話
(C)2019 Twentieth Century Fox
2020年2月28日より『地獄の黙示録ファイナル・カット』がアイマックス上映されますが、その初公開版(79)が1980年に日本で劇場公開された後、主演のマーティン・シーンが過去に出た日本未公開映画が『地獄の逃避行』(73)という邦題でひっそりとTV放送されました。
恋人の父親を射殺してしまった青年が、彼女ともども逃亡の旅を続けながら次々と人を殺めていく実話を基にしたアナーキーな犯罪映画でありながら、その映像は大自然と人との調和を図るかのように詩的で美しく、まるで神の静謐なる目線で人間の愚かな行為を悲しく見守っているかのような、そんな作品でした。
ネットもない時代だったにも関わらず、この作品は口コミで徐々に映画ファンの間で評判となっていき、80年代ビデオ・ブームの際にノーカット版がソフト化されましたが、劇場公開は未だになされていません。
これがデビュー作だった監督のテレンス・マリックは1978年に第2作『天国の日々』(カンヌ国際映画祭監督賞&アカデミー賞撮影賞を受賞)を発表した後、映画界から姿を消し、ますますその存在は伝説化していきます。
そして1998年、およそ20年の沈黙を破って映画界に復帰した彼の第3作『シン・レッド・ライン』(ベルリン国際映画祭金熊賞受賞)がお披露目されました。太平洋戦争におけるガダルカナルの戦いを描いた戦争映画ですが、ここでもやはり美しい大自然の中で敵味方の別を問わず人間が争い殺し合う愚かさを、哀しみのネイチャー感覚で見据えたキャメラ・アイは一貫していました。
その後は定期的に新作を発表するようになり、2011年の『ツリー・オブ・ライフ』ではカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞しています……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街441》
前置きが長くなってしまいましたが、そんなテレンス・マリック監督の最新作『名もなき生涯』が2月21日より劇場公開されます。
第2次世界大戦時、ナチスへの忠誠を拒み続けた男の実話の映画化。もちろん、そのネイチャー感覚あふれる映像美は俄然健在です。
兵役を拒み続けた
農夫の信念とその家族愛
『名もなき生涯』は第2次世界大戦が始まった1939年から1943年にかけてのオーストリアの小さな村を舞台に繰り広げられていきます。
この時期、ヒトラー率いるナチスドイツはオーストリアを併合し、戦争の影は地図にも乗るか乗らないかといった小さな村にも広がり始めていました。
そんな中、農夫のフランツ(アウグスト・ディール)は軍事訓練に召集されますが、まもなくして帰還し、愛妻ファニ(ヴァレリー・パフナー)や3人の子どもたちと共に穏やかな日々を過ごします。
しかし敬虔なクリスチャンでもあるフランツは、兵役そのものの招集を拒否する姿勢を示しはじめ、まもなくして村の人々から揶揄されるようになります。
そしてついに召集令状が届きますが、フランツは信念を貫いてナチスドイツへの忠誠を拒み、逮捕されてしまい、残された家族は村人たちからバッシングされることに……。
人はどこまで信念に裏打ちされた
勇気を持ち得るのか?
信仰と信念、そして家族への愛と、テレンス・マリック監督作品ならではの慈愛に富んだ新たな名作の誕生です。
戦争そのものの惨禍を一切描くことなく、牧歌的な村の壮大な自然と、その中で小っぽけな存在ながらも健気に生きる主人公夫婦の大いなる愛。
やがてナチス・ドイツという理不尽な強権に村人たちの意識もいつしか戦争へ傾き始め、主人公家族を迫害していく中、それでも映像美は損なわれることはなく、逆にそのことで悲劇性が強調されていきます。
それにしても、当時はまだナチスが現実的にユダヤ人虐殺をはじめとする非道な行いの数々は公になってなかったはずなのに、この主人公は直感的にヒトラーを「神の敵」と認識し、兵役拒否という徹底抗戦を貫き通していくさまは、信仰という裏付けがあったにせよ、やはりこういった勇気を人はどこまで持ち得るのかと、現代を生きる観客ひとりひとりに問うているような気もしてなりません。
台詞そのものは少なく、夫婦が交わし続けた実際の書簡が映画の“音”そのものとして画と共鳴しあっていく聡明なる美。
映像も極力照明を炊くことなく自然光で撮影を敢行しており、よりナチュラルな感動がもたらされていきます。
「人間どんなに老いさらばえても才能そのものが枯渇することはない」と説くニュースを最近見ましたが、その伝に倣えば現在76歳のテレンス・マリック監督も、老いてますますその素晴らしい映画的才能を開花させ続けているようです。
彼の手にかかれば、実話も壮大かつ美しい神話と化していく、そんな奇跡をどうぞ劇場で体感してください。
(文:増當竜也)
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