『Red』レビュー:不倫バッシングに熱を上げてしまう人にこそ、この秀作を見ていただきたい!
人が心の中に想うことは
誰も止められない
このように本作は、恵まれた環境で生活していたにも関わらず、禁断の恋に落ちていくことで今後の人生の試練の選択を迫られていくことになるヒロインの心の葛藤を通して、現代を生きる女性そのものの立場や苦悩などまで象徴的に描いていきます。
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彼女に対して「贅沢な暮らしさせてもらっといて、何を好き勝手なことやってんだ」などと、安易に非難するのは非常に簡単でしょう。
しかし、人が心の中に想うことは、誰にも止められないものです。
特に彼女の場合、幼くも愛しい娘がいるということが、後々の大きな試練となっていくさまは痛々しいほどです。
とにもかくにも、塔子を演じる夏帆の存在感に圧倒されます。
『天然コケッコー』(07)など少女時代からの可愛らしい面影を今も残しつつ、その実ここまで女の業みたいなものまで自然に醸し出せる女優になっていたことに驚きを隠せないほど。
一方で、男の目線からこの作品を見据えていきますと、もうただただ「ごめんなさい!」と塔子および世のすべての女性に謝りたくなること必至でしょう。
特に真は優しい夫を自負しつつ、どこかしら日々の塔子の心を閉じ込めてしまっていることに何ら気づいておらず、また「男は女を守るもの」「家庭を支えるのは夫の使命」「子育ては妻の仕事」とでもいった、昔も今も変わることのない概念に知らず知らずの内に取り込められていることが、第三者たる観客からは一目瞭然。
どちらかというと『全員死刑』(17)などエキセントリックな役柄が印象深い間宮祥太朗に“優しい夫”を演じさせたことで、本作の裏テーマのひとつでもあろう「優しさを鼓舞することでもたらされる暴力」みたいなものまで巧みに浮かび上がっていきます。
不倫=悪といった安易な目線で捉えると今回最大のワルともいえる鞍田ですが、彼が抱える意外な内情であったり、何よりも演じる妻夫木聡の醸し出す妖艶な趣きはどこかしらメフィストのように塔子を甘美でピカレスクな道へ誘っているかのようで、実は塔子も心の奥でそんな彼を白馬の(実は邪悪な?)王子のようにみなしている節も感じられてなりません。
今回の妻夫木聡はそういった説得力とも魔力ともいえるような魅力を、同性から見て嫉妬するほどに全身から発散させ得ています。
逆に男性目線で少し救われるのは、塔子が務める会社の同僚・小鷹でしょう。何かと塔子にちょっかいを出そうとする軽薄なキャラクターであるにも関わらず、いつしか彼女の心を開く共感者となっていくあたり、柄本佑の個性豊かな演技で映画の深刻度をふと和らげる良きクッションになっていました(こういった「恋人にはなれないけど、お友達でいましょ」的な男って、世の大半を占めていると思います……)。
映画そのものは夜の雪道を車で走らせる鞍田と塔子の“今”と、そこに至るまでの歩みが巧みな編集で交錯していきます。
白く寒々しい雪景色と、時折浮かび上がる「赤」の色の対比が『Red』というタイトルおよび、塔子の心の中の寒さと熱さの双方を映しこんでいるかのようです。
また一度見ただけでは気づかないであろう、回想シーンでのたとえば一見温かみのある色合いの幸せそうな家庭内セット(二世帯が同居しているのにキッチンはひとつ)とか、さりげなく置かれた小物の数々、また専業主婦だった塔子が働き始めてからの衣装の変化など、実に様々なところにまで繊細に目配りされた演出およびスタッフワークの妙にも唸らされっぱなし。
そして極めつけはこの作品、原作とはラストが異なります。
しかし原作者の島本理生は、今回の三島有紀子監督が下した結末を大いに称賛しています。
それは小説を読むことでイメージされる世界と、ダイレクトに映像を見ながらイメージしていく世界には微妙な違いがあることを、このふたりの作家は承知しているからだと思われます。
またクライマックスに至るまでの塔子の心情が見事に描かれていることで、こうなると彼女には様々な人生の選択肢が待ち受けている。つまりは小説の選択肢も、映画の選択肢も、どちらもありえるのだというリアリティが双方ともに醸し出されているからに他ならないでしょう。
映画は光も描けば闇も描きます。すべてが思い通りに事が運ぶ明朗健全な作品も楽しいものはありますが、なかなか思い通りにいかず、他人からいかに非難されようともどうしようもない方向へ転がっていく心の苦悩を描くのもまた映画の妙味です。
あくまでも個人的意見ですが、ある程度映画や小説などの文化に親しんできている人は、昨今の不倫やら麻薬所持やらのスキャンダルに対して安易な反応を示すことはないように思っています。
なぜならそういった文化を通して、人の心には闇があることを知っているからです。
ついついSNSにあれこれ書き込みたくなる心情もわからないではないですが、それよりも『Red』のような映画を見て、現代の女性の生き方、男性の生き方、そして社会の偏見やら何やらに想いを馳せながら、自分の心(自心)を豊かに育ませていくほうが得策のように思えてなりません。
(文:増當竜也)
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