福田雄一監督のブランド力は本物か?|100億の男も夢じゃない、コロナ禍で開花したヒットメイカー
そんな映画産業を興行成績という面で救った最大の存在は、言うまでもなく『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』でしょう。まもなく『千と千尋の神隠し』の記録を抜いて歴代興行収入一位になる見込みですが、全国のシネコン事業者は、コロナ禍にこの作品があってよかったと思っていることでしょう。
しかし、『鬼滅の刃』だけで映画館が運営できるわけではありません。いろんな作品が売れてくれないと映画館の運営はなりたたないわけですが、では『鬼滅の刃』の次に興行収入の面で映画館に貢献したのは誰だったのでしょうか。
それは福田雄一監督でしょう。
福田監督は今年3本の長編映画を公開、いずれも10億円以上の成績を上げています。12月20日時点で、『ヲタクに恋は難しい』13.4億、『今日から俺は!!劇場版』53.7億、『新解釈・三國志』16.5億で合計83.6億の興行収入を叩き出しているのです。おそらく年内には90億円に届き、年明けには100億円まで届く可能性も十分あるでしょう。
コロナ禍の苦境の中でこれだけの成績を収めたことも驚きですし、有名原作だけでなく、オリジナル企画まで大ヒットさせているという事実は、福田雄一という名前が確実にブランドとして定着し、本物のヒットメイカーになったことを物語っているのではないでしょうか。
この記事では、福田雄一監督がいかにブランドを築き、今年のヒット生み出したのかを考えてみたいと思います。
『今日から俺は!!』のヒットはどう用意された?
まずは、多くの人にも記憶に新しい『今日から俺は!!劇場版』のヒットがどう用意されたのかを見てみたいと思います。
本作は、緊急事態宣言解除後、休館した映画館にとって最初の「話題の新作邦画」でした。公開延期を決める作品も少なくない中、先陣を切って公開したのです。劇場運営事業者は相当な期待をかけていたでしょうし、配給側はコロナ禍でどれだけ売上を出せるのかの試金石のような位置づけでもあったでしょう。もし、この映画の売上が悪かったら、より多くの作品が公開延期を決めていたかもしれません。
本作がヒットした背景には、2018年のTVドラマの人気があります。原作は、西森博之さんが80年代後半から90年代にかけて連載したギャグ要素の多いヤンキー漫画ですが、TVドラマは連載当時を知る世代だけでなく幅広い年齢層の心を掴みました。それは、プロデューサー陣のマーケティングセンスと福田雄一監督のセンスが見事に噛み合わさった結果と言えます。
プロデューサー高明希さんはインタビューで、
「当時を知っている世代には懐かしく、知らない世代には斬新に映る」。懐かしいだけのドラマだと子どもたちが置いていかれます。80年代は子どもたちにとってはファンタジー。でも、お父さんたちにとってはリアル。そこに会話が生まれると予測をして、一番大きいコンセプトがそのまま刺さってくれました。と、リアルを知る年長世代だけでなく、最初から若い世代も取り込むつもりだったことを語っています。たしかに当時連載を読んでいた世代も家庭を持っている年になっていますから、自分の若いころの流行を嬉々として子供たちに語れる機会が持てるのは嬉しかったかもしれませんね。
本作の視聴率は10%前後でしたが、SNSでの評判が非常に高く、ネットでバズった作品と言えます。視聴者の熱狂度を示す「視聴熱」でトップを取り、放送終了後もバズり続け、視聴者満足度も高い数値を記録しています。
放送期間中はTwitterでトレンド上位に食い込み続け、Tiktokでは主題歌『男の勲章』を歌いながら踊る「#今日俺ダンス」が盛り上がりを見せていました。さらに、ネット配信での再生数も高く、2018年Hulu年間視聴者数ランキングでは、安室奈美恵さんの引退までの1年に密着したドキュメンタリーに次ぐ2位につけています。
高プロデューサーは、当初からSNS戦略を重視して「放送スタート時には既に全ての撮影を終わらせていたので、出演者のオフショットや動画を意図的に撮り貯めて、準備していた」そうで、ツイッターフォロワー数は2018年時点では日本テレビ歴代1位だったそうです。
そうしたSNS戦略と福田監督のセンスは相性が良かったと言えるでしょう。福田監督はこの時点で、若い世代にも一定の人気を持っている監督でした。
産業能率大学の学生への調査で、全国の大学生に当てはまらないかもしれませんが、『今日から俺は!!』アンケートのフリーアンサーをテキストマイニングで分析したところ、福田監督のセンスに対する信頼がすでに見て取れたとのことです。
年長世代にとっては懐かしい漫画で、その子供たちにとってはファンタジーに近い新鮮さがあり、大学生くらいの世代には福田ブランドが浸透していたので、幅広い世代に訴求できたのだと筆者は考えています。プロデューサーの戦略と福田監督のセンスが相互補完的に作用し、見事にかみ合った結果と言えるでしょう。
劇場版の宣伝戦略も実に巧みでした。映画の興行は、通常初週がピークなので、そこで最大の結果が出るよう宣伝を組み立てますが、日本テレビ広報部は「公開初日をスタートとして、お盆にかけて長く見られるような戦略を仕掛けた」そうです。
個人的に筆者が驚いたのは、宣伝用のチラシが、全ての漢字に読み仮名が振られていたことです。これは子供向け映画のチラシの作り方ですよね。実際に公開初日のアンケートでは子供と一緒に来た人の割合が最も多かったそうで、コロナ禍で娯楽の少ない中でファミリー層をがっちりつかむことに成功しています。
福田ブランドはいかに確立されたのか
『今日から俺は!!』TVドラマ放送時には、福田ブランドは大学生などの若い世代の間ではある程度確立されていたと先に書きましたが、ではいかに福田雄一は若い世代に浸透していったのでしょうか。福田雄一監督がブレイクしたのはやはり深夜ドラマを手掛けるようになってからでしょう。今も続けている劇団の座長から、バラエティ番組の作家を経て、2008年、堂本剛主演の「33分探偵」で突っ込みどころ満載のゆるい推理ドラマが予想以上の視聴率を記録し注目されました。
その後、2011年「勇者ヨシヒコシリーズ」で、Amazon.co.jpのBest DVDs of 2011の日本のテレビドラマ部門で1位を獲得するなど、高い人気を獲得しました。この作品で発揮したパロディセンスで福田監督を記憶している人は多いのではないでしょうか。
その後、福田監督は深夜ドラマと並行して映画にも進出。映画での最初の大ヒット作は2013年『HK 変態仮面』でしょう。この作品でケレン味ある原作漫画を上手く実写化できることを証明しました。
そして2017年に映画『銀魂』の監督に抜擢。この時のエピソードとして、福田監督は長男から「銀魂を福田雄一で実写化したら面白いんじゃないかとネットに書かれている」と言われたと語っています。『銀魂』はパロディで有名な作品ですが、パロディといえば福田雄一というのがすでにこの時点である程度浸透していたのでしょう。
『銀魂』は興行収入38.4億円の大ヒットを記録。続編も大ヒットし、福田監督はこの人気漫画をただ原作通りに映像にするのではなく、随所にオリジナルのパロディーをたくさん仕掛けました。結果としてはそこが受けていたと『銀魂』の小岩井宏悦プロデューサーは語っています。
そこにさらに、年長世代とその子供世代に一挙にアプローチする戦略の『今日から俺は!!』が加わり、幅広い世代に福田ブランドが広がっていったのではないでしょうか。
『今日から俺は!!劇場版』公開初日に東宝が実施したアンケートでは、鑑賞動機で「福田雄一監督の作品だから」を選んだのは12.6%だったそうです。経済解説者で映画評論家の細野真宏さんは、これを少ないと嘆いているのですが、筆者は決して少なくないと思います。なぜなら家族連れで鑑賞する人気漫画の映画化、およびTVドラマの映画化作品が監督の名前で客が呼べること自体、異例のことだからです。53.7億円のうち、6.7億円を監督の名前で稼いだと言えるならそれは決して少なくないでしょう。
そしてオリジナル企画『新解釈・三國志』の大ヒットへ
福田雄一監督は数々の映画を大ヒットさせてきたとはいえ、人気漫画を原作に持つ作品ばかりです。深夜ドラマではオリジナル企画で評判になりましたが、映画については福田ブランドよりも原作の知名度がヒットの第一理由だったでしょう。実際、今年の福田映画3本のうちの2本『ヲタクに恋は難しい』と『今日から俺は!!劇場版』も有名漫画が原作です。(C)2020「新解釈・三國志」製作委員会
しかし、3本目の『新解釈・三國志』は完全にオリジナル企画です(三國志は超有名な逸話ですが)。ついに映画でもオリジナル企画をヒットさせられるほどにブランドが浸透してきているということでしょう。
それを証明するように、公開初日アンケートの鑑賞動機で「福田雄一監督の作品だから」と回答した人は30.4%となったようです。大泉洋をはじめ豪華キャストが揃っており、それぞれの俳優のファンも多く劇場に詰めかけていますが、その俳優人気にも劣らない知名度を福田監督は獲得していると言えるでしょう。配給の東宝は最終興行収入50億を狙えると言っており、今後どこまで成績を伸ばすのか注目です。
舞台出身でコメディが得意と言えば三谷幸喜監督がいますが、三谷作品の最高の興行収入は、2006年の『THE 有頂天ホテル』の60.8億円です。福田監督は今作でどこまでその記録に迫れるでしょうか。
今後、福田監督は日本映画界のヒットメイカーの一角として期待されていくことになるでしょう。「100億の男」になりそうな2020年を経て、どんな作品をこれから作っていくのか、注目したいと思います。
(文:杉本穂高)
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