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【ニコラス!ファッキン!ケイジ!】Netflix「あなたの知らない卑語の歴史」が控えめに言ってヤバい



僕は海外の映画で飛び交う汚い言葉の意味や使い方を、意識して知ろうとすることはなかった。

だけど、「あなたの知らない卑語の歴史」の第1話を見て、思わず叫んでしまったんだ。「なんだ、このファッキン素晴らしいドキュメンタリーは!」ってね。その勢いでコラムを書いているから、勢いこんな口調になっているんだけれども、普段の僕はもっと真面目で、難しい顔をしながら映画記事を書いている。まぁ、今となってはそんなこと、クソどうでもいいぜそんな事柄なんだけどさ。



さて、このガッデムホットなドキュメンタリー、「あなたの知らない卑語の歴史」はNetflixによって制作されたんだけど、最近のNetflixオリジナルのなかではダントツのバカコンテンツで、あまりに面白いものだから、「畜生!(自主規制です)なんて作ってねぇでもっとこういうの作れよ! っていうか(流石に自主規制)とかアレ(自主規制しないとまずい)を(自主規制させてください)なんて(当局による規制)とかマジで誰が得すんだ。(検閲されました)って言ったってそれ、笑われてるだけだろ一体(どう考えても自主規制)は何考えてんだ?(一呼吸おいて)バーカ!」って、他の作品を落として本作を上げるっていう、カマし方としては下衆も下衆なことを思わずしてしまったけれども、そう感じずにはいられないくらいのパワー(力)があるんだ。

これから、このドキュメンタリーの面白さや楽しさをファッキンリスペクトなムードで解説していくつもりなんだけど、正直、僕の野暮なクソポエムなんて読んでる暇があったら、本編を観て欲しい。なにせ1話20分、全6話しかない。そうそう、僕が心からディスっている「スキマ時間」ってやつを使ってみるのもピッタリじゃないかな。とにかく1話20分、まずこの手軽さが駄菓子みたいでちょうどいい。だけど、単なる駄菓子じゃない。袋を開けてみると、なんと! いきなり! ニコラス・ファッキン・ケイジが登場するんだ。

ニコラス!ファッキン!ケイジ!



第1話の冒頭から、もうフルスロットルで話が展開していく。ドキュメンタリーなのにフルスロットルって、正直よくわからないけれど、大丈夫。僕もよくわかってない。だけど、観ればわかる。とにかくフルスロットルなんだ。だって、開始10秒くらいで威厳と知性、つまり偉い奴が権威を持たせるために使うような部屋のど真ん中に、スーツ姿のニコラス・ファッキン・ケイジがイキりまくって半身で立っている。これって、最高のブラックジョークじゃないかな。

カメラはイキったニコラス・イキリ・ケイジに少しずつ寄っていく。その直後、ニコラス・イキリ・ケイジはありとあらゆる「ファック」を使ったセリフを9つも披露するんだけど、イキり倒してファックファック言ってるニコラス・ファファファッキン・ケイジを観てるだけでなんだか元気が出てくる。Netflixはついに画面からマルチビタミンを照射する技術を開発したのかと思ったよ。

皆も感じているだろうけど、ありとあらゆる俳優のなかで、ニコラス・ファッキン・ケイジは特別な存在だ。世の中にはニコラス・ファッキン・ケイジの出演している映画と、出演していない映画の2種類しか存在しないことからも、いかにニコラス・ファッキングレート・ケイジが偉大であるかがわかってもらえると思う。



ニコラス・ファッキン・ケイジはニコラス・ファッキン・ケイジが出ていない映画以外に出演するものだから、よく「仕事を選ばない」とか言われるけど、僕に言わせればそんなものはホーリーシットなデマだね。勘違いしてほしくないのは、ニコラス・ファッキン・ケイジが仕事を選ばないんじゃなくて、仕事がニコラス・ファッキン・ケイジを選んでいるってこと。それと、出演作品が駄作だった場合、それはニコラス・ファッキン・ケイジがファックなんじゃなくて、彼の使い方がマジでシットっていうこと。

ニコラス・ファッキン・ケイジはどんな作品に出ていても、ニコラス・ファッキン・ケイジだ。彼の出演作品を観ていれば、「あ、今ニコラス・ファッキン・ケイジが車のエンジンをかけたな」とか、「あ、今ニコラス・ファッキン・ケイジが奇っ怪な舞いを披露しているな」とか、「あ、今ニコラス・ファッキン・ケイジが筒から海ぶどうみたいなカプセルを取り出したな」とか、とにかく、かなりの割合で画面をニコラス・海ぶどう・ケイジが動いているのがわかると思う。面白いニコラス・ファッキン・ケイジ映画は、ニコラス・ファッキン・ケイジを画面に出す配分がファッキン巧い。最近でそれが最も巧かったのは「マンディ 地獄のロード・ウォーリアー」なんだけど、ジャンルの違いはあれど「あなたの知らない卑語の歴史」も、ニコラス・ファッキン・ケイジの調節具合がアホみたいに巧い。

で、ニコラス・ファッキン・ケイジは今回、狂言回しとしての役割を果たしてるんだけど、そこいらのドキュメンタリーの司会役とは比べ物にならないくらい狂っていて、今までのキャリアはこのためにあったんだと言わんばかりのガンギマリな顔芸でファックだシットだビッチだディックだ言うものだから、もう面白くて仕方がない。面白い面白いばっかり言ってバカみたいだけれど、作品そのものがバカなんだからしょうがない。だけど、このドキュメンタリーは単なるバカでは終わらない。ここがまた凄いんだ。

本作の凄みはニコラス・ファッキン・ケイジがイキっているだけじゃない



もちろん、ニコラス・イキリ・ケイジを観るだけでも損はないのだけれど、ドキュメンタリーとして、知的好奇心もしっかりと満たしてくれる。知らなかったことを知れる。それがドキュメンタリーの醍醐味だからね。

たとえば、ファックならその語源、最初から卑語だったのか、そうでないのならどのような経緯をたどって「汚い言葉」として使われるまでに至ったのかを解説してくれる。さらに人種・性別もバラバラのコメディアンやミュージシャンが、これまた卑語を連発しながら、どんな状況で、気分で卑語を使うのかや、実際に使われてどんな気分になるのかを、ニコラス・ファッキン・ケイジと同じくらい楽しそうに語ってくれる。

話はこれだけでは終わらない。その回のテーマである卑語を使った映画のワンシーンが「これ、権利大変だったでしょう」と一瞬我にかえってしまうほど大量に引用され、「日常生活で使いたいファック10選」みたいなファッキン・Web・コタツ記事みたいな感じで実例を示してくれる。映画でいつからその卑語が使われるようになったのか、みたいなちょっとした映画史トリビアも満載だ。せっかくだから、そのトリビアをひとつだけ引用してみよう。

映画のなかで、最も「ファック」と発言したのは、以下のうち誰だろう。すぐ下に答えを書くから、ちょっと考えてから読み進めて欲しい。

レオナルド・ディカプリオ
サミュエル・L・ジャクソン
ジョナ・ヒル
アダム・サンドラー
アル・パチーノ

このなかだと、多くの人がサミュエル・L・ジャクソンが本命だと考えるんじゃないかな。僕もそうだ。でも答えはジョナ・ヒル。彼は「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で107回もファックを披露して総ファック数が増大、堂々の1位に輝いた。ちなみに、ニコラス・ファッキン・ケイジの卑語出現率は、ファック71%、ダム19%、ビッチ8%、その他2%らしく、実はシットとかディックそんなに言っていないっていう、マジでどうでもいい豆知識も教えてくれる。



あんまりネタバレしても仕方がないけど、もうひとつだけ。本作はウェブスター辞典の語義や卑語に関わる仕事を手掛ける辞書編集者、言語を研究している認知科学者、卑語の本を出している作家など、専門家のインタビューも織り交ぜて、言葉の意味や効用を教えてくれる。

それで、「ファック」の回でとくにテンションが上ったのは、ファックやシットなどの卑語を使うと、アドレナリンと血流が増加して痛みに耐えやすくなるってこと。確かに、足の小指をタンスの角にぶつけたときに「痛ってぇ、クソ!」と叫ぶと痛みが軽減される気がしないかな。

事実、僕は痛みが軽くなったことがある。っていうか、まさにこのコラムを書いている時に実感した。正確には「あらかた書き終わった」後で、その時だんだん腰が痛くなってきて、すぐに痛みが尻から両足の膝下くらいまで広がって、もう、立ってても座ってても激痛で、もちろん寝るのも無理になっちゃったんだけど、そのとき「クソがぁ!」と叫んだところ、確かに若干痛みが和らいだ。「ファック!」とも叫んでみたんだけど、これはあまり効かなかったので、どうやら母国語で卑語を叫んだ方が効果が高いらしい。

ただ、物事には限度があるみたいで、さらに痛くなった時には「クソ」もなにも通用しない。最後は目の前が霞んできて見えなくなり、異常に発汗しだして意識がトビそうになったので7119に電話した結果、救急車沙汰になって翌日、ここを書き足しているっていうわけ。というわけで、百聞は一見にしかず、皆も痛かったら叫んでみるといい。効果を最大限に上げるためには母国の卑語を使おう。



ちなみに、今の話は僕個人の感想だし、いわゆる「個人差があります」ってやつだ。それに、本作で語られるエピソードの裏は何一つとっていない。だから、もしかしたら嘘八百の可能性もある。とくに語源なんかに関しては、素人の僕が見ても、ちょっと怪しいんじゃないかなっていう点もある。だけど、そんなもんはS.F.W.で、ユーモア欠落症ばっかりの今の時代に、こんなアホなドキュメンタリーが登場したっていうことだけでも意義があると思んだけど、どうかな。もちろん、正しい情報を知ることはとっても大切だけどね。とくに、取り返しのつかない事に関しては。でも、チャーミングな間違えが何ひとつ許されない世の中っていうのも、ちょっと息苦しい。ファックもシットも、言葉だけでなく何でもそうだけど、曖昧って、色んな意味があることって、二面性があるって、ファッキン素敵なことだと思うんだ。あ、でも、「あの人本当は良い人なんだけどね」は駄目。そいつはただのクソ野郎だからね。

とにかく、大好きなドキュメンタリーがまたひとつ登場した。僕はそれが何よりも嬉しい。だから、多くの人に薦めたい。映画や音楽が好きな人にも、言葉が好きな人にも、汚い言葉なんて大っ嫌いっていう人にも、いろんな人に観て欲しい。この楽しいドキュメンタリーのなかには、明日友達に話したくなるような話題がいっぱいだ。僕も、このファッキンウィルスの流行が終息して、いつか気兼ねなく飲めるようになったら、いつも行ってる飲み屋でこのネタをたっぷり話そうと思っている。きっと「また言ってるよ」と呆れられるだろうけど、それはきっと、クソみたいに素晴らしい時間なんじゃないかな。

(文:加藤広大)
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