『プロミシング・ヤング・ウーマン』レビュー:血の付いたワイシャツでホットドッグ片手に颯爽と帰途につく彼女は…
どうも、橋本淳です。
85回目の更新、今回もよろしくお願い致します。
梅雨も明け、やっと雨期から解放されたと思いつつ、強い日差しにへばり始める頃合いかと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。
公開延期や、時期がずれ込んだこともあり、映画のラインナップが怒涛のように押し寄せています。
これもあれも観たい、ああ早くしないと終わってしまうと仕事の合間に映画館に通う生活をしていて、「なんて幸せなことか、、(そしてクーラーも気持ちいいし)」とホクホクした顔をし、身体はシートに深く沈み込む毎日です。
そんな中でも、また素晴らし過ぎる作品出会いましたので、早速、ご紹介を。今回はコチラ!!
『プロミシング・ヤング・ウーマン』
真夜中のクラブで騒ぐ若者たち。そんな若者でもないくらいの男女も酒に酔い、ダンスをし、はしゃいでいるようだ。
カウンターで話している数人の酔った男性たち。その視線の先には、ソファにもたれ掛かるように泥酔している一人の女性がいた。その内の一人の男が、泥酔女性に声を掛け、タクシーで送り届けることに。介抱していた男性だが、途中で目的地が女性の家から男性の家へと変更される。
泥酔した女性を連れ込み、さらにお酒を勧め、ベッドへ誘う男性。ことに及ぼうとしたところで、女性の目がかっと開く。泥酔女性は素面であったのだ。その姿に男性は驚き、恐怖を覚えるが、時すでに遅し、女性は男性に対し仕置きをする。
男の家を後にし、朝方ヒールを手に持ち、もう片手に持つホットドッグを齧りながら、颯爽と帰途につく女性。彼女の名前は、キャシー(キャリー・マリガン)。実家で両親の元で暮らす独身女性で、昼間は小さなコーヒーショップで働いている。
友達もいなく、恋人もいない、地味すぎる生活を送っている、、、ように見えるが、夜になると前談のように、クラブやバーに向かい、酔った女には何をしても許されると思っている男性たちに制裁をしていた。
その男性に対しての復讐の動機は、学生時代に起きた事件が関係していた。幼馴染で親友のニーナと共に医学部に進学するキャシー。成績も優秀で、《前途有望な若い女性》(プロミシング・ヤング・ウーマン)であった。
しかし、ある日、生徒たちのパーティで酔い潰れたニーナが、男子学生にレイプされる事件が起こる。被害者のはずのニーナだが、悪いのは泥酔していた女性のほうではないかという学内の声や、レイプをした男子学生が罰せられない不条理な学校の体制に、キャシーは耐えられなくなり、大学を辞める。
仕置きを続けるキャシー、彼女が働くコーヒーショップに客が来る。「キャシー?」とその客が声を掛ける。その男性は、医学部時代の同級生で現在は小児科医になったライアン(ボー・バーナム)であったのだ。
彼との再会が、キャシーの心を動かすのだが、、、、
監督は、エメラルド・フェネル。「ザ・クラウン」などにも出演し女優としても活躍し、さらには『キリング・イヴ』では脚本と制作指揮を務め、他にも小説を執筆したりと、各方面でその多才ぶりを発揮している。本作品で長編監督デビュー、脚本も担当し、アカデミー賞脚本賞を受賞し、監督賞もノミネートされました。
主役のキャシーを演じたのは、キャリー・マリガン。『17歳の肖像』『ワイルドライフ」、BBC & Netflix「コラテラル 真実の行方」などがあり、本作で絶賛されアカデミー賞では、女優賞ノミネートまでされ大注目の女優です。
ハードルをバカ上げで観に行ったのですが、見事に高い跳躍で、頭上をスンと軽々飛び越えられました。
オープニングからエンディングまで、軽やかに進みつつ、観客を惹きつける。
ブラックコメディかと思いきや、ん?サスペンスか?、いやいやホラーのような感じ、待てよラブロマンスか、とジャンル分け出来ないほどに転調を繰り返す本作。
これはきっと、ジャンル分け出来ないというのは間違いで、全部の要素が入り混じっている。それでいて絶妙なバランス感覚を保ち、ラストまでそのスピード感を失わないのだから、監督の設計図や計算が見事ととしか言いようがない。
女性による復讐劇となると、過剰なセクシャルな方法や銃などを使ったバイオレンスを容易に想像してしまうが、本作では違うのがポイント。"現実の女性のリベンジ"と監督がいうように、その復讐の仕方が、知性的でありユーモアもある。そしてただ断罪をして終わるというだけでなく、現代社会に蔓延る、ジェンダーの問題も浮き彫りにしていく。
キャシーが具体的に、どういった仕置きをしたのかは具体的、写実的には観客には提示しない。
最初のターゲットの場合だと、朝方、少し血の付いたワイシャツのキャリーが、裸足でホットドッグを食べながら歩いている姿を見せるだけで、観客はそれぞれに様々な想像をする。その余白の部分を作ることで、イメージが何倍にも膨らみ、観客の期待と想像と恐怖が色濃くなる。
美術や衣装が印象的。キャシーが住む実家は、いかにも女性的な支配が入った独特な印象の美術、このことでこの家では誰が主導になっているのか分かる。さらには家の中の時間が、あるときから止まっているようにも感じる。キャシーの部屋着や普段着が、ティーンエイジャーのような洋服ばかり。夜な夜な復讐のために出掛けてから、普段に戻ったとき、着替えるだけで、こちらは、「あぁ、、、」と思わずにはいれない居た堪れなさを感じる。
さらには時折、表現される天使や宗教的なカット。キャシーと美術の位置によって、天使の輪が頭上に見えたり、宗教画のような構図に見えたり、彼女が復讐の天使であるようにみせ、知らず知らずのうちに観客に植え付けていく。
キャシーは、聖書のような旅をし、それぞれに、罪を認めて赦しを乞うか、罪を認めずに仕置きを受けるか、と選択を迫る姿に、そのときの画がフェードしてくる。
笑っていたら、いやいやここはわらうところではなかった、というシーンが随所にあり、とても見応えのある本作。
テーマがしっかりしているが、監督には、硬派なインディーズ映画にはしたくなかったという思いがあったことから、多くの人に触れやすいユーモアセンスがたっぷり含まれた、今まで見たことのない、語り口の作品が誕生した。
各個人がそれぞれの"重要度"によって、ひとつの事件の捉え方が違う部分に、観た全員が恐ろしさを共感するでしょう。自分にも当てはまると。
鑑賞して楽しんだ挙句に、映画館を後にしたときには、少し自身の変化を感じられる映画もまた素晴らしい。
監督が女優としても活躍していることもあり、現場作りもかなりこだわったようで、キャスティングした俳優が自由に表現できる環境作りに徹したと語っている。
兼業監督が増え、そういった映画の現場が増えてきているのも、前の世代にはなかったジャンルを開拓しはじめているきっかけにもなっているのかもしれない。
古きも良き、新しきも良き、現実世界でいろんな場所がそうなっていくといいですね。
是非、本作も映画館でご鑑賞を!
それでは今回も、おこがましくも紹介させていただきました。
(文:橋本淳)
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