社会で生きる、全ての人へ希望を与える映画8選
社会で生きる、全ての人へ希望を与える映画8選
2021年8月、メンタリストのDaiGoの発言が大炎上し、生活困窮者支援団体から緊急の声明が出され、有識者による多数の批判意見が寄せられていた。筆者個人としても、差別や迫害を扇動してしまいかねない発言に、激しい憤りを覚えていた。
ここでは、あの発言に傷ついた、落ち込んだという方に観てほしい映画を8作品紹介する。いずれもフィクション(6つ目〜8つ目は実話がベース)の物語が、誤った「優生思想」の価値観を覆す、社会で生きる全ての人へ希望を与える、今の時代に必要な映画だったからだ。
そして、偶然にも現在、1つ目〜4つ目の映画は劇場で公開中だ。いずれもお堅い内容ではなく、エンターテインメントとして面白いので、より多くの方に観ていただきたい。
1:『フリー・ガイ』(21)
ゲームの世界の「モブキャラ(原語ではNPC、ノンプレイヤーキャラクター)」を主人公にした映画だ。ゲーム『グランド・セフト・オート』のような過激な犯罪が日常茶飯事になった都会の街で、『トゥルーマン・ショー』(98)のように世界の真実に近づいていく過程はスリリング。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(14)のようにループものの特徴をもってゲームの「死んだらやり直し」が表現されていたり、はたまた『ゼイリブ』(88)のようにサングラスをかけると普段と異なるメッセージが見えたりと、名作の「面白いところ」をたくさん盛り込んだような内容となっている。ゲーム会社の社長の言動が(21世紀フォックスを買収した)ディズニー社の過去への皮肉にも思えたり、あっと驚くネタバレ厳禁のサプライズもあることも大きな魅力。ちょっとブラックよりのコメディ映画として、万人が楽しめるだろう。
それでいて、ゲームをための動かすための「駒」でしかなかった主人公が、自己実現をしていく物語は感動的だ。さらに、ゲーム会社の社員もまた自分が望む未来のため、そして誰かの幸せのために大胆な行動に出る。彼らの物語は、今の自分の現状を憂いていたり自己を卑下する人にとって、「自分にもできることはあるかもしれない」と心から思える希望になるのではないか。それをもって、「自分や他者の存在理由についての想像力を持つ」ことも、誠実に訴えられていたのだ。
→フリー・ガイ 公式サイト
2:『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(21)
「バットマン」や「スーパーマン」で知られるDCコミックの悪党チームをメインで扱った作品だ。2016年にも『スーサイド・スクワッド』が公開されていたが、今回はほぼほぼ仕切り直し(関連がわずかにある程度)であり、過去作どころかアメコミ映画を全く観ていなくても問題なく楽しめる内容となっている。その最大の特徴は「R15+指定でもギリギリなグロいシーンがてんこ盛り」ということ。人の命が大安売りな上に血飛沫や肉片もぶっ飛びまくりな内容は、「トロマ映画」出身のジェームズ・ガン監督がお金をかけて全力で好きなようにやり切ったようで、もはやスガスガしい領域に達している。サメちゃんやネズミさんが萌え死にしそうなほどにかわいいので動物好きも必見だ。
それでいてすごいのは、人の命が次々と使い捨てにされるような内容だからでこそ、逆説的に「どの命も大切なものだ」「存在価値のない人間はいない」と訴えられていること。主人公チームはとても作戦とも呼べない「特攻」に強制参加させられ、もはや人間の尊厳すらない酷い状況に追い込まれている上、彼らもまた殺人に大いに加担していく。だが、そんな彼らにも、譲れない矜持や人としての信念があることがわかっていく。容赦のないグロ描写は、彼らの「人間性」をむしろ際立たせてもいたのだ。誰が死ぬのかわからない緊張の連続、予想外かつケレン味たっぷりのアクション、とんでもなくダイナミックなバトルなど、1つのエンターテインメントとしてめちゃくちゃ面白い要素が揃っていて、魅力たっぷりの(だが悪党の)キャラたちが自己実現を果たしていく様にはとてつもない感動があった。グロ描写も含めて好みは分かれるだろうが、個人的にはアメコミ映画の中でも1、2を争うほどの傑作だ。
→ザ・スーサイド・スクワッド“極”悪党、集結 公式サイト
3:『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』(21)
大人の支持者も多い劇場版クレヨンしんちゃんの第29作目であり、シリーズの中でも屈指の傑作であると口コミで話題になっている作品だ。「与えられたヒントから犯人を突き止められる(あるいはミスリードに騙される)」ミステリーとして面白く、しんのすけと風間くんの関係性が尊く、なおかつ全ての人が通る多種多様な「青春」に対してのメッセージが素晴らしい。『リトルウィッチアカデミア』や『エデン』(Netflixで配信中)など多数のアニメ作品で知られる脚本家のうえのきみこと、クレヨンしんちゃんにずっと関わってきた髙橋渉監督がタッグを組み、シナリオにたゆまないブラッシュアップがあってこその完成度の高さを誇っていた。
特筆すべきは、「やりすぎた成果主義とランク付け」が描かれていることだろう。劇中の学園では「ポイント制」によって生徒たちが格付けされている。「無駄なものを排除して、効率や成功を追い求めていく」合理主義が、分断や差別を招くという世界の真理をついていた。そして魅力的なキャラクターをもって、どんな青春も尊いものなのだと、「多様性」を含めて肯定していく。それまでに積み上げられた伏線が次々に回収されていく拍手喝采のクライマックスでは、もうずっと泣き通しだった。コロナ禍で思うような青春を送れないという子どもたちにも観てほしい、筆者個人としては2021年に公開された映画の中でも頂点の大傑作だ。
→映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園 公式サイト
4:『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールド ヒーローズ ミッション』(21)
少年ジャンプで連載中の大人気マンガ『僕のヒーローアカデミア』の、劇場版アニメ第3弾だ。「個性」と呼ばれるヒーローの特殊能力が一般的になっている世界で、今回の敵たちはその個性が人類を終焉に導くとする思想を掲げている。根拠のない陰謀論により「自分たちと異なるもの」を排除しようとする、優生思想とほぼ同義の完全に誤った価値観に染まり切っているのだ。
それと相対するように、主人公の行動原理は「困っている人を絶対に助ける」ということ。ゲストキャラクターの少年(吉沢亮の声の演技がめちゃくちゃ上手い!)と心を通わせながら逃避行をするロードムービーの要素もあり、社会のはぐれものの誰かを肯定する優しさも存分にあった。カメラワークが縦横無尽に動くド迫力のアクションという「圧倒的な熱量」を持って、「正義のヒーローが間違った考えを持つ者に立ち向かう様」をストレートに描く様が気持ちいい。まさに正統派のヒーロー映画だ。
→僕のヒーローアカデミアTHE MOVIE ワールド ヒーローズ ミッション 公式サイト
5:『ガタカ』(97)
舞台は遺伝子操作で優秀な人間「だけ」が生まれ、同時にその寿命すら判明してしまう近未来。主人公は生まれた時から「心臓病のために推定寿命30才」と余命宣告を受けた上に、「能力の劣る人間」であると診断されてしまう。だが、そんな彼が最も実現が困難な「宇宙飛行士になる」という夢を叶えようとする様が描かれる。極めて抑えたトーン、派手さがない作風も魅力となっていた。
人間の可能性を(遺伝子レベルで)「どうせお前はこれくらいしかできない」と切り捨てるというのは、SFの設定だけでなくとも、現実の世界で大なり小なりあるものであるし、それこそ優生思想に直結するものだ。そう言われても、何度も壁にぶつかっても、ひたむきに夢に向かう主人公の姿に勇気づけられる方は多いのではないか。協力者として登場する、類まれな優れた遺伝子を持つものの、事故で車椅子生活を余儀なくされた青年は「完璧を求められる」重責を担っており、主人公とは対照的な存在だった。彼らの出会い、そして葛藤にによってもたらされた、感動の結末まで見届けてほしい。
→ガタカ(Netflix)
6:『ロープ』(48)
同名舞台劇の映画化作品であり、1924年に実際に起きた少年の誘拐殺人事件「レオポルドとローブ事件」をベースにしている作品だ。サスペンスの第一人者アルフレッド・ヒッチコック監督の初となるカラー作品であり、その最大の特徴は「擬似ワンカット」であること。映画の全編が部屋の中で、上映時間と映画内の時間は一致している。当時の撮影用のフィルムは10分までしか撮れなかったため、人の背中を大写しにするなどしてワンカット風に見えるような工夫がされているのだ。
物語は、優秀な学歴を持つ2人の男が、「自分たちが優れている」ことを示すというだけで殺人を犯し、しかもその死体を隠した部屋でスリルを味わうために人を招きパーティを行うというもの。あまりに独善的で身勝手な、動機とも呼べない理由で人を殺したことは、その後の会話劇で完全に間違ったものとして糾弾され、それはナチスの考えと同じであるという優生思想の批判にもなっていく。インモラルな内容であるようでいて、その状況に対して倫理的な観点から「論破」すること、そこに焦点が置かれた作品でもあった。70年以上も前に、そのような映画が世に出ていた事実は、現代でも顧みられるべきことだろう。
→ロープ(Amazon Prive Video・レンタル)
7:『ある画家の数奇な運命』(18)
邦題から真面目な文芸作品のような内容を想像されるかもしれないが、実際はドラマだけでなく、コメディ、ラブロマンス、サクセスストーリー、サスペンスなどたくさんのジャンルの要素が詰め込められていて、3時間を超える上映時間があっという間に感じられるほどに「面白い」映画だ。1人の男の半生を追う物語から『フォレスト・ガンプ/一期一会』(95)を思い出す方も多いだろう。そして、物語の大きなフックになっているのは、「恋人の父親が、叔母の仇(かたき)であったが、誰も気づいていない」ことだった。
当時のナチス政権下では、精神障害者や身体障害者に対して強制的な安楽死政策が執行されており、統合失調症と診断された主人公の叔母は無理やり連行され、そして殺されてしまった。そのおぞましく残虐な歴史的事実に加担してしまったのが、元ナチスの高官であり、主人公の恋人の父親だったのだ。劇中では、その「罪の重さ」が、とある形で容赦なく描かれる。それを持って、そもそもの間違った優生思想を盾にして、誰かを勝手に死に追いやることがいかに間違っているかを、痛烈につきつける物語だったのだ。
→ある画家の数奇な運命 公式サイト
8:『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』(20)
こちらは2021年8月27日より公開される、実在のパントマイミストであるマルセル・マルソーの姿を追った映画だ。『ゾンビランド』(09)や『ソーシャル・ネットワーク』(10)のジェシー・アイゼンバーグが、不器用ではあるが子どもには大人気の心優しい青年を好演しており、そのパントマイムの腕前も見事の一言。実はジェシー・アイゼンバーグ自身もユダヤ人で母親がプロの道化師であり、その生い立ちは役柄にも反映されているのだろう。子どもたちを安全なスイスへ逃がすまでの逃亡劇はさまざまなアクシンデントが起きるため、ハラハラドキドキのサスペンスとしても楽しめた。
劇中では、一方的にユダヤ人を迫害し差別する、ナチス側の人間の心情も描かれている。言うまでもなく浅はかで勝手な考えに染まっているのだが、彼もまたナチスの「同調圧力」に支配された(同情はいっさいできないが)可哀想な人間であることもわかっていく。そして、ナチスへの憎悪に満ち満ちてしまう思い人に対して、子どもをたちを救うことを最優先にする主人公の言葉は、「未来」を見据えた尊く気高いものだった。
→沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家 公式サイト
まとめ:決して他人事ではない
今回の件では、「人権」という当たり前に保障されるべきこと、是が非かの議論の余地がない事柄に対しての間違った言動に、断固として反対をする声がたくさん上がった。発言者が多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーであったこともあり、もはや個人の炎上という範疇ではおさまらない、困窮者への差別や迫害、ヘイトクライムを誘発してしまいかねない内容だったため、間違ったことに間違ったと言うべきなのだと、批判の重要性を改めて思い知らされた。また、渦中の本人への現状のバッシングムードは当然のこと、それほどの看過できない大問題を起こしたということは前提として、彼個人に対しての過度な人格否定や誹謗中傷も、もちろん避けるべきだろう。それでは、自分にとって不利益なものを社会から「排除」をしようとする、当の本人の考えと大きな差はなくなってしまうからだ。
また、今回の件はそれこそナチスの優生思想のように、人類の歴史上幾度となく繰り返されてきた問題だ。それは大なり小なり誰もが持ってしまいかねない差別感情とも、決しては無縁ではないだろう。だからこそ、この大炎上と多数の批判は、個々人がそのことを考えるきっかけになったと言えるのではないか。ここにあげた映画が、その思考の補助線になれば幸いである。
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