映画コラム

REGULAR

2021年09月17日

『マルジェラが語る “マルタン・マルジェラ”』は被写体やファッションに興味がなくても楽しめる「職人」を捉えたドキュメンタリーである

『マルジェラが語る “マルタン・マルジェラ”』は被写体やファッションに興味がなくても楽しめる「職人」を捉えたドキュメンタリーである



「マルタン・マルジェラ」のドキュメンタリーと聞いて、「これは劇場のスクリーンで観ねばなるまい」と考え、オンラインチケット受付開始の10秒前からページをリロードしまくり一瞬で席の予約を済ませる、とまではいかなくとも、映画館に足を運ぶ人は現在の日本にどれくらいいるだろうか。筆者の見立てではそれほど多くないはずだ。

よって、この優れたドキュメンタリー作品である『マルジェラが語る “マルタン・マルジェラ” Martin Margiela: In His Own Words』(以下、『マルジェラが語る “マルタン・マルジェラ”』と記す)が多くの方にスルーされてしまう可能性は、少なく見積もってもかなり高いだろう。

だが、本作は見逃されてしまう、あるいは気付かれずに終わってしまうには余りにも惜しい。なので「マルタン・マルジェラって名前は知ってるけど、ドキュメンタリー1本観るほど興味ない」といった方や「ドキュメンタリー映画は好きだけど、被写体にあんまり興味がない」ような人のために、ファッション以外の観点からの紹介を試みたい。あ、既に興味ある人はこんな文章読んでないで観に行ってください。素晴らしいので。

もし本作が「優れた職人を映し出した」ドキュメンタリーであったとしたら

「ファッション以外の観点からの紹介を試みたい」と書いたが、本作は紛うことなきファッションデザイナー、マルタン・マルジェラに焦点をあてたドキュメンタリーだ。なので、彼自身やブランド、ファッションに興味がない方は「観るリスト」にも入らないだろう。それは仕方がない。

だが、「マルタン・マルジェラのドキュメンタリー」を「一人の伝説的ファッションデザイナーの半生を、本人自身の言葉で語るドキュメンタリー」としたら、少しだけ観たくはならないだろうか?

さらに、その伝説的なファッションデザイナーは顔写真はおろか、30年以上に渡ってまともにインタビューを受けたことすらない。その彼が、インタビューをすっ飛ばしてドキュメンタリーフィルムに登場するのだとしたら、少しだけ興味が湧いてこないだろうか?

あるいは「世界的に有名だが、メディアに一切登場しない職人の『20年分の仕事』を追ったドキュメンタリー」とすれば、ファッションに興味がない、あるいはマルジェラに興味がない方でも、ちょっとは「観てみたいかも」と感じてもらえるのではないだろうか。



この「職人」に関してのくだりは嘘ではない。本作は、職人を捉えた誠実なドキュメンタリーである。

職人を捉えるからこその、知る快感



ドキュメンタリー作品の醍醐味は「知っていることをより深く知れる」楽しさもあるが、「知らなかったことを知れる」面白さもある。「知らなくても良いことを知る」快感と言い換えても良い。(ある意味)無駄な知識を仕入れる気持ちよさを感じたことのある人は少なくないだろう。

職人にフォーカスを当てる場合、それはより顕著だ。別に色を一瞥しただけでCMYKを1%もズレずに言い当てられる印刷職人の話を聞いても人生の役に立つわけではないし、感覚だけで1ミリの誤差もなく木を削れる木工職人の仕事を見ても明日からの業務で使えるわけではない。

ただ、その「理解できないけどなんだかすっげぇ知識」や彼・彼女らの仕事には感動させられるし圧倒される。その「職人の技や思考」を本作でも味わえるとしたらどうだろう。そろそろ公式サイトを訪問して映画館を探している方もいるのではないだろうか。だとしたらそのままチケットをとって欲しい。

では『マルジェラが語る “マルタン・マルジェラ” 』で披露される職人技や思考とは何か、それは「手」と「匿名性」である。

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(C) 2019 Reiner Holzemer Film ‒ RTBF ‒ Aminata Productions

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