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誕生55周年! いまこそ振り返りたい『男はつらいよ』唯一無二の魅力


映画には、長年愛され続ける人気シリーズが数多く存在する。たとえば『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』といった作品はいまなお新作が公開されているが、日本で“この作品”を超える国民的シリーズはおそらく二度と出てこないのではないだろうか。

2024年で誕生から55周年を迎えた、渥美清主演の『男はつらいよ』シリーズ。1969年公開の第1作から2019年の『男はつらいよ お帰り 寅さん』までその数は全50作におよび、渥美清亡きいまも日本を代表する映画シリーズと呼んで差し支えないだろう。

今回は、筆者が特にお気に入りの3本に的を絞って、シリーズの魅力に迫りたい。

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『男はつらいよ』

■後世に残る人情喜劇の幕開け

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なぜこれほどまでに、「寅さん」というキャラクターは人の心に残るのか。まだ一度もシリーズに触れたことがないのなら、まずは記念すべき第1作『男はつらいよ』を観てほしい。この1本だけでも、寅さんというキャラクターの奥深さがひしひしと伝わってくるはずだ。

物語は寅さんが20年ぶりに故郷・葛飾柴又に戻ってくるところから始まり、草団子屋「とらや」で腹違いの妹さくら(倍賞千恵子)と久しぶりの再会を果たす。ところが寅さんはさくらの縁談の両家顔合わせで、酒の勢いも手伝って言いたい放題。当然のことながら縁談はなかったことになり、さくらを含め周囲とギクシャクした寅さんは再び放浪の旅へ出てしまい……。

寅さんが自分の身近なところにいれば、正直イラっとすることも多いだろう。それでもなぜか、寅さんにグイグイと惹き寄せられてしまうのだ。縁談を邪魔されたはずのさくらが旅立つ寅さんを引き止めようと叫び続ける場面では、思わず「わかる。寅さん行かないで」とこちらまで叫びそうになる。

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ひとえにその魅力は、飄々として強がりながらも一抹の寂しさをひた隠しているような寅さんと、そんな寅さんを演じる渥美清のずば抜けた演技力によるところが大きい。

寅さんの「桜が咲いております」という語りから幕を開ける映画冒頭、顔は映っていないのにその声や独特な口調だけで寅さんの人となりを観客に連想させるのは、半端な語りでは成し得ないだろう。

そこにきてドンと大写しになるタイトルと、高らかに鳴り響くテーマ曲。イントロの時点で高揚感は格別だ。そして柴又の喧騒と活気にあふれたオープニングは、いまとなっては「良い時代だったに違いない」と思わせてくれる、失われた風景のようにも映る。



中盤からさくらと諏訪博(前田吟)の物語に比重が置かれるものの、さくらを思いやる不器用な寅さんの一挙手一投足が微笑ましい。さくらを演じる倍賞のかわいらしさと博役の前田が醸し出す男前っぷりもまぶしく、車家のおいちゃん・おばちゃんをはじめ、ふたりを見守る周囲の人情感あふれるキャラまでこの作品には隙がない。

中でも、登場時間は短くも大きな余韻を残すのが博の両親の存在だ。特に博が諏訪家を飛び出す要因となった父・飈一郎が袂を分かったはずの息子の結婚式で見せる姿は、寅さんのみならずこちらも涙を誘われる。渥美清の圧倒的存在感が作品を支える一方で、飈一郎役としてゲスト出演した志村喬が静かに魅せる演技も圧巻のひと言。本当にこの作品は隙がない。

さらに、御前様の娘で本作のマドンナ・坪内冬子(光本幸子)に想いを寄せる寅さんのエピソードも盛り込まれており、鑑賞後の満腹感はすさまじい。シリーズ1作目にしてあまりの完成度の高さに驚かされるばかりだ。

▶︎『男はつらいよ』を観る

『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』

■寅さんがマドンナと同棲!

©1980 松竹株式会社

『男はつらいよ』シリーズには毎回マドンナが登場し、寅さんと深い接点を持つことになる。とはいえ寅さんとマドンナの恋が成就することはなく、再びアテのない旅に出る流れはシリーズの様式美といえるだろう。

そんなマドンナの中で最重要のキャラクターが、浅丘ルリ子演じる旅回りの歌手・リリーだ。第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』で初めて登場し、傑作と名高い第15作『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』を経て、25作目の『寅次郎ハイビスカスの花』で三度ふたりはめぐり合う。

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リリーが沖縄で病に伏せていたこともあり、ふたりの距離は急接近。あのフーテンの寅さんがついに同棲を始めたとあって、これまでにない恋模様にウズウズしてしまう……のだが、その胸のウズウズが心のときめきではなく不安だとすぐに気づくはず。恋多き男の寅さんとはいえ、やすやすと同棲生活が成り立つのだろうか?



物理的な距離が近づいたが故に、心の距離が離れ始める寅さんとリリー。ほら、言わんこっちゃない。人情喜劇のシリーズにおいて、ふたりの仲が悪化していく展開は男女関係の複雑さを赤裸々に描いた部分であり、心苦しさまで感じさせるほどだ。

ふたりの行く末はあえて伏せるが、それでも終盤のリリーのセリフや余韻は『男はつらいよ』らしさ全開で、多幸感に満ち溢れている。

▶︎『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』を観る

『男はつらいよ お帰り 寅さん』

■寅さんとの思い出が鮮明によみがえる

©2019松竹株式会社

1996年、68歳でこの世を去った渥美清。撮影に参加した作品は、1995年の第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』が最後となった。1997年に寅さんの甥っ子・満男視点の新撮シーンを追加した『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』が公開されたが、誰もが寅さんにはもう会えないと思っていたのではないか。

しかし、第1作の公開から50年が経った2019年に寅さんはスクリーンに帰ってきた。もちろん代役を立てたわけではなく、寅さんは誰もが知る寅さんのまま。シリーズとともに歩んできたお馴染みのキャラクターたちが再び集う最高のかたちで、柴又を舞台に新たな物語が紡がれた。

©2019松竹株式会社

『お帰り 寅さん』は小説家となった満男(吉岡秀隆)が主人公となり、いつも自分の味方でいてくれた伯父・寅さんの面影を柴又の見慣れた光景に重ね見る。

歳を重ねた両親・さくらと博や、カフェに生まれ変わった「くるまや(とらや)」。古きと新しきが混在する本作は、寅さんとの再会を喜ぶだけでなく、時の流れがもたらす“あの頃”への郷愁をはっきり感じられるだろう。



物語の主軸は満男と第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』から登場したマドンナ・及川泉(後藤久美子)の関係性に置かれ、キーパーソンとして浅丘演じるリリーも登場。

渥美清をはじめシリーズを支えた多くの俳優が旅立ってしまったが、50周年・第50作という節目のタイトルに十分相応しい作品となっている。

▶︎『男はつらいよ お帰り 寅さん』を観る

まとめ

一時代を築いた映画『男はつらいよ』シリーズは、55年の時を経ていまなお色褪せることがない。むしろ居心地の良さが増しているほどで、豊かだったあの頃に対する羨ましさすらある。

唯一無二の存在感を放つ、渥美清の豊饒な演技力が生み出した「寅さん」というキャラクター。そんな寅さんの帰りをいつも柴又で待っている人々。

55周年のこの機会に、笑いあり涙ありの葛飾柴又『男はつらいよ』の世界にどっぷり浸かってみてはいかがだろう。

『男はつらいよ』シリーズは各配信サービスで配信されているほか、55周年を記念してAmazon Prime Videoでは、各作が100円で観られるキャンペーンが8月末まで実施されている。

▶︎Amazon Prime Videoで『男はつらいよ』を観る

(文:葦見川和哉)

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