2021年11月29日

【攻殻機動隊】草薙少佐が「ネットは広大だわ」と名言を残してから26年、自由で広いネットは死んだのか

【攻殻機動隊】草薙少佐が「ネットは広大だわ」と名言を残してから26年、自由で広いネットは死んだのか


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インターネットライフ、みなさんは楽しんでいますか?

筆者はぼちぼち、といったところですが、近年はかつてのように楽しめていないというのが正直なところです。

筆者がはじめて自宅でインターネットに接続したのは1999年のことでしたが、あの時の高揚感を生涯忘れることはないでしょう。未知のフロンティアに足を踏み入れたような、自分が拡張していくようなあの感覚、広大な世界につながる扉を開いた気分になったものです。

「ネットは広大だわ」という名言を残した作品がかつてありました。士郎正宗原作、押井守監督作品『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)です。日本アニメを代表する傑作として今日でも有名で、現在でも最新シリーズが作られていますが、当時、この作品が提示したネットの世界観は、原作が発表されてから約30年、映画公開から26年経った今、どう感じられるでしょうか。

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ネットの時代が始まろうとしていた95年



本作が公開された1995年は、インターネットの歴史にとって非常に重要な年です。

マイクロソフトが「ウィンドウズ95」を発売。パソコン販売店では、長蛇の列ができるほどの大ヒット商品となり、一般層へのインターネット普及の足掛かりを作りました。この年の流行語大賞に「インターネット」が選ばれたことも象徴的です。

90年代末は、「これからはインターネットの時代となる、21世紀はこれまでとは全く違う新しい世界が広がっていくんだ」という期待感がありました。本作はそういう時代に、いちはやくネットの時代についての期待を描いた作品と言えるでしょう。

本作のタイトルにも使われている「shell」とは殻という意味ですが、人の精神(ゴースト)は肉体という殻に宿ると考えられています。本作は、その魂が情報ネットワークの中で生まれた知性にも宿るのかという問いを描いており、同時に、肉体という殻に閉じ込められた魂を、広大なネットの海に解放できる可能性を示唆する作品でした。

主人公の草薙素子は、ネットで生まれた知性体「人形使い」と精神の融合を果たし、それまでの自分ではない、人形使いとも違う、新たな存在となり、「さて、どこへ行こうかしら、ネットは広大だわ」と言い残し、物語は幕をとじます。

その結末は、21世紀に花ひらくだろう、インターネット時代への期待感を搔き立てるものでした。

現実のネットは管理社会、炎上社会化していった



しかし、21世紀に入ってからのインターネットの発展は、必ずしもユートピア的な幻想を抱けるようなものではありませんでした。様々なサービスが登場し、多くの人々がインターネットを当たり前のツールとして使う時代になっていますが、ユニークな試みや心躍るサービスが登場する一方、著作権侵害やプライバシーの問題、サイバー犯罪など数多くのトラブルも生み出されるようになりました。「炎上」という言葉は、いまやすっかり日常的に使われる用語になりましたが、現在のネット社会は毎日何かが炎上しているような状況です。

「ネットは広大」という言葉には、「ネットには多くの自由がある」という期待が込められていたはずです。しかし、実際のインターネット社会は、すべての行動がIPアドレスによって紐づけられる超監視社会への道を開いてしまいました。

『GHOST IN THE SHELL』に大きな影響を受けた作品『マトリックス』(1999年)は、ネットのような仮想世界を管理社会のディストピアとして描いています。人間は生まれた時から仮想世界に接続され、機械が人間を管理しているという『マトリックス』の世界観は、『GHOST IN THE SHELL』が提示した「広大なネット」とは真逆で、「管理・束縛」するネット社会のイメージを提示し、世界に衝撃を与えました。

さらに、神山健治監督が手掛けたTVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』は、押井守版の作品とは設定が一部異なるパラレルな世界を舞台にしていますが、こちらの作品では「笑い男」と名乗るハッカーとの対決が描かれます。

6話「模倣者は踊る MEME」では、笑い男に操られたと思しき連中が警視総監を暗殺しようと試み、草薙少佐たちがそれを阻止するエピソードが描かれます。しかし、だれにも操られずに自発的に暗殺に加わる模倣犯が続出し、護衛仕事は難航しました。

ネットによって情報が並列化された結果、皆が同じような行動を取ってしまうこの奇妙な事件は、その後のネット社会を予見したかのような見事なストーリーでした。草薙少佐はそんな事件を見て「すべてが同じ色に染まっていく」とつぶやきます。

現実にネットには、Qアノンのような陰謀論がはびこり、それを鵜呑みにした連中がアメリカの国会議事堂を大人数で襲撃する事件が起きています。彼らは、特定の組織に属していたわけではなく、それぞれが自発的に行動した結果ですが、なぜあのように同じ行動を取ってしまったのか。自由なネット社会なら、自分の意思で自由に行動できるはずなのに、何かの模倣をしてしまい、集団心理に流されていく現象が実際に起きています。

全てのネット履歴は何らかの形で痕跡が残され、大量の情報の中で人はまるで模倣者のように振舞ってしまう。ネット社会は、広大なユートピアというよりも、なんだか奇妙な息苦しさを感じる場所になっているような気がしてなりません。

それでも「広大なネット」の夢を捨てない理由



『GHOST IN THE SHELL』の冒頭には、以下のような4行の文章が出てきます。
企業のネットが星を被い
電子や光が駆け巡っても
国家や民族が消えてなくなる程
情報化されていない近未来

世界中にネットが普及し、GAFAのサービスを世界中の人が利用し、一方で国同士の諍いがくすぶり続け、民族や人種の分断の深刻化が叫ばれる2021年は、まさにこの4行が示すような時代ではないでしょうか。

草薙少佐が見た「広大なネット」は、実現しなかったのでしょうか。少なくても、現実のネット世界は素直にユートピアだと言えるような状況ではないでしょう。

しかし、筆者はまだ「広大なネット」の夢をまだ捨てたくないと思っています。なんだかんだで、これまでのインターネットで多くの良い出会いがありましたし、そこで仕事をもらえるようにもなりました。ネットが開いた新しい可能性のおかげで筆者は今、生きることができています。ここでこうして文章を発表していること自体が、ネットが開いてくれた可能性の具体的な事例です。

「ネットは広大だわ」という言葉に、筆者はまだまだ背中を押されているのです。様々な問題を抱えながらも。まだ見ぬ素晴らしいものとの出会いを、筆者はこれからも期待し続けるでしょうし、そうなるように活動していきたいと思っています。

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(文:杉本穂高)

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