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2022年01月22日

【イベントレポート】TVアニメ『風が強く吹いている』コンサート「仲間がいたから実現できた」

【イベントレポート】TVアニメ『風が強く吹いている』コンサート「仲間がいたから実現できた」


正月の風物詩、箱根駅伝。厳しいトレーニングを積んできた選手、チームが激走を繰り広げるこのレースに、部員は10人集まったばかり、しかもその7割が陸上未経験というチームが挑む様子を描いたTVアニメがある。『風が強く吹いている』だ。2006年に刊行された三浦しをん氏の同名小説を原作に、2018年10月から2019年3月にかけてアニメが放送された。

社会との接点が増え、見える世界が広がり、自分が歩む道も見え始めている大学生たちの青春を描く作品だったからだろう。理性の中に見え隠れする内なる情熱を感じる、「静かに、熱い」という言葉がしっくりくるアニメだった。その雰囲気は、作中で使われた音楽からもヒシヒシと伝わってくる。



そんな『風が強く吹いている』の数々の名シーンを彩った劇伴音楽のコンサートが2021年12月29日、恵比寿ザ・ガーデンホールにて開催された。総指揮をとるのは、同作以外にも「僕のヒーローアカデミア」「ハイキュー!!」「リーガル・ハイ」「あなたの番です」など、数々の映像作品で音楽を担当してきた林ゆうき氏だ。演奏された楽曲は、40曲。うち39曲は、アニメ制作を担ったProduction I.G監修のアニメ映像とリンクする形で披露された本コンサート。ファンはアオタケこと寛政大学長距離陸上部の10人が襷(タスキ)をつなぎ、箱根駅伝を走り切る瞬間を臨場感たっぷりに味わった。

生演奏を通して見える、アオタケが駆け抜けた日々

恵比寿ザ・ガーデンホールのあたたかなイルミネーションとは対称的に、少し和らいだとはいえ肌を突き刺すような寒空の下。開場約30分前には大勢のファンが開場の外に集まっていた。会場はほぼ満席。開演を席で待つ間も、「あのシーンの、あの曲が大好きで」という語らいがあちこちから耳に入ってくるくらい、会場内は期待感に満ち満ちていた。

暗転したステージに入場してきたのは、演奏隊。そして同作のメインテーマ『We Must Go』のイントロが流れるなか林が登場する。さまざまな楽器の音色が重なり壮大になっていく曲の展開は、不揃いだったアオタケのメンバーが真の仲間となっていく物語の過程を思い起こさせた。



「箱根の山はー?」
曲終わりのMCで唐突に投げかけられた林のコールに、観客はあたりまえといった具合に「天下の険!」と声のかわりに腕を上げてレスポンスした。そして林は、約3年を経てようやく実現できた同作のコンサートへの喜びを「非常に思い入れの深い作品」「(1曲目に演奏した)『We Must Go』を自身の代表作に挙げる」と言葉にした。



本コンサートはこれ以降、アンコールを除き大きくわけて5つのセクションで展開された。

1つめは、人物紹介や物語の状況を説明する楽曲のセクションだ。アオタケメンバーのちょっぴり騒がしい大学生活を表現した『キャンパスライフ』『住人たち』などの楽曲が披露される。自身も大学時代、男子の新体操部でスポーツに明け暮れたという林。その頃の仲間内の宴会をイメージした『竹青荘(アオタケ)』では、お茶碗や一升瓶、グラス、お箸をパーカッションに用いたという。またこのセクションの後半で演奏された『本音』『走るということ』では、まだまだ箱根駅伝という目標を共有できていないアオタケの様子を表現。アオタケに「箱根駅伝に出よう」というとんでもない目標を持ち込んだ張本人・ハイジと、走ることが嫌いだと言う漫画オタクの王子が、互いの「走る」に対する価値観を共有しながらも「難しい話だ」と語らうシーンが蘇るようだった。



続くセクションで奏でられたのは、アオタケの面々が「挑戦してみるか」と箱根駅伝出場という目標に一歩を踏み出した様子だ。『策略家・ハイジ』『鬼軍曹』など、ハイジがアオタケの面々を箱根駅伝への道へと口説き落としていくシーンで流れたコミカルな楽曲は、会場を楽しく包み込む。初タイム計測などチームの新たな前進を象徴するシーンでかかっていた『踏み出す一歩』や、メンバー同士の信頼や絆が深まるシーンで流れていた『チーム』などの楽曲が、襷をつないでいく。

このセクションでのMCで林は、同作の楽曲制作で心がけたことについて語った。制作陣との音楽打ち合わせで、「アニメらしい音楽にはしたくない」「青春群像劇だけれども、高校生の“夢に向かって一直線”な青春とは異なる、どこか社会に出ることが近づいた現実的な雰囲気を」という話が出たという。そのため同じピアノでもふわっとくすんだ音色を効果的に用いたり、コーラスで人の声をふんだんに活用したりと現代ドラマ的な音、曲作りに努めたそうだ。



続く3つめのセクションでは、アオタケが箱根駅伝に出るという目標を胸に抱き、少しずつチームとして結束していく様子が曲を通して伝わってくる。しかしもともとは、走ることへの価値観がてんでバラバラだった10人の大学生だ。チームの結束の難しさを穏やかながら不安を覚えるピアノの音色が特徴的な『季節』や、壮大ながらも不穏な空気が流れる『距離』『叫び』で表現していた。

それらの困難を乗り越えた先にあったのが『いざ箱根へ』『信頼』の2曲。なかでもハイジのテーマとしてつくったという『信頼』はチームになるための大切な曲になったと林は語る。加えてこのセクションのMCでは、王子が箱根駅伝出場の最低ラインとなる公認記録を出すラストチャンスに挑むシーンで描かれた、ある小ネタが仕込まれていた。「前に!!」と油性ペンで書かれた腕をにこやかに見せる林につられ、会場内もますます穏やかな空気に包まれる。



ここからコンサートは後半戦へ突入する。本コンサートではライブの良さが味わえながらも、基本的にサウンドトラックに収録してある楽曲に忠実な演奏がなされた。しかしTVアニメのA、Bパートの転換で流れる『アイキャッチ』だけは、オーケストラ特別アレンジバージョンでファンの耳に届けられた。アオタケのマスコットである犬のニラの転がりが、なんだかゴージャスに見えたファンも多いのではないだろうか。

続くセクションでは、いよいよ箱根出場が手に届く距離に迫ってきている感覚が味わえた。ドラムやベース、打ち込みの音色が際立つ『Explanation』『予選会』などの楽曲が、緊張感をあおってくる。このセクションのラストを飾ったのが、メインテーマをゆったりとアレンジした『覚悟』。曲名の通り、箱根駅伝という大きな挑戦への揺るがない意志をもったアオタケの仲間たちの姿が見えてくるようだった。



そしていよいよ箱根駅伝本選セクションへ突入。『強さ』『速度とリズム』『トラブル』『混迷』『後悔』『自由で平等な場所』と、アオタケのメンバー一人ひとりの走りを象徴する楽曲が演奏された。一人ひとり異なる「走ることとの向き合い方」が伝わってくる楽曲は、その人物の人生背景をも描き出す。走る作画でのキャラクターの描きわけにも驚かされたが、楽曲もまたキャラの魅力をより引き出す大きな要素なのだと気づかされる。

時間はあっという間に過ぎてしまう。「ラスト4曲」だと林が告げると、「終わってほしくない」と首を横に振るファンの姿も。同作のもう1人の主人公で天才長距離ランナーとしてかつて名を馳せていたカケルのための楽曲『黒い弾丸』、そしてハイジの全部を注ぎ込んだ走りを象徴する『夢』『風が強く吹いている』『頂点』が披露された。カケルの覚醒を彷彿とさせる、メインテーマの最終パワーアップバージョンにふさわしいスピード感が、駅伝というスポーツを間接的に体験させてくれるようだった。



そしてラスト10区。ハイジへと襷が渡る。『夢』ではProduction I.G編集の映像もあいまって、アオタケの仲間たちが「箱根駅伝を走る」という目標をみんなの夢にしてきたのだと改めて実感したファンも多いだろう。そしてハイジのテーマ『信頼』をもとにつくられたという『風が強く吹いている』へ。ハイジの夢から始まった箱根駅伝という夢のゴールが見え始める。そしてたどり着いた『頂点』。ゴールシーンとハイジの穏やかな表情とリンクする美しいメロディに、会場内からはすすり泣くような声も聞こえてきた。

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©三浦しをん・新潮社/寛政大学陸上競技部後援会

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