映画『愛なのに』で愛に翻弄される古本屋店主に:瀬戸康史「人の汚さがラブストーリーの面白さ」
『アルプススタンドのはしの方』(2020)の城定秀夫監督と、『街の上で』(2020)で監督・脚本を務めた今泉力哉のタッグが実現した『愛なのに』。一回り年下の女子高生・岬(河合優実)に求婚される古本屋店主・多田を演じたのは、ドラマ「私の家政婦ナギサさん」(2020)『劇場版 ルパンの娘』(2021)など、活躍の場を広げ続けている役者・瀬戸康史である。
異色のラブコメディにおいて「肯定的に見るか否定的に見るか、それは受け取り手次第」「ラブストーリーの面白さは人の汚さ」と語ってくれた瀬戸さん。その真意について詳しく伺いました。
この映画の登場人物は「曖昧な人ばかり」
――過去の瀬戸さんの出演作とは毛色の違った作品ですが、脚本を読まれた第一印象について教えてください。
瀬戸康史(以下、瀬戸):「曖昧だな」と思いました。物語もそうですし、登場人物に対しても「はっきりしない人たちばかりだな」と思いながら演じていました。その白黒つけない在り方が、いまの世の中を反映しているのかな、とも思ったんですけど。
――いまの世の中というと、たとえばどんな面でしょうか?
瀬戸:このご時世を振り返ってみると、敢えていろいろなことを明確にせず、ふわっとさせたままにしている印象があるんです。人との関係性においても、好き嫌いを決めずに「皆と仲良くしよう」とする風潮が強いんじゃないかって。
そう考えると、愛にも多様な形があって良いんじゃないか、とも思えてきます。この作品から発せられるメッセージを、肯定的に捉えるか否定的に捉えるかは、見た人に委ねられるのかな、と感じます。
――ちなみに、瀬戸さんご自身はこの作品をどのように捉えられましたか?
瀬戸:僕はどちらかというと、主人公を含めた登場人物全員が「その場の衝動だけで動きすぎてるんじゃないか」と思いました。
――先ほども「はっきりしない登場人物ばかり」と仰っていましたね。
瀬戸:もっと将来のことについて想像力を働かせた方がいいんじゃないのかな……と。ただ、あくまでもこれは僕自身の考えです。もちろん、この作品に対してポジティブな見方をする方も多いと想像できます。
――女子高生の岬役を演じられた河合優実さんとは、今回が初共演ですね。瀬戸さんとは一回り近く年齢が離れていますが、年の差を意識される瞬間はありましたか?
瀬戸:もともと、年齢やキャリアを気にしない方なので、普通の役者同士といった感覚で現場にいました。相手が若い女性だから態度を変えるというよりは、一役者に対する姿勢を崩さずにいました。
河合さんとの古本屋でのシーンは、撮影期間が1〜2日しかなかったんです。短い間だったので深い関係性は築けなかったかもしれませんが、撮影の合間に彼女の家族の話を聞かせてもらいました。少しプライベートな話ができるくらいには、打ち解けられたのかもしれません。
――撮影現場でのコミュニケーションにおいて、気をつけていることはありますか?
瀬戸:自分も含め、キャストやスタッフ全員が「やりやすい」ように、空気感作りには気をつけているつもりです。それぞれ仕事に対するスタンスは違うかもしれませんが、芝居に関係のないことでも、会話するようにすれば自分の気持ちも楽になるので。
忘れられない長文ダメ出しファンレター
――メールやSNSがあるこの時代に、手紙から始まる恋が描かれている作品ですよね。瀬戸さんにとって、手紙にまつわる印象的なエピソードはありますか?
瀬戸:デビュー当時にもらった便箋5枚くらいの直筆長文”ダメ出し”ファンレターが、今でも心に残っています。
――え、すべてダメ出しだったんですか?
瀬戸:そうです。もらった当時は凹みましたね。手紙って、書いた人の魂や念が字に宿っている気がするから、ネガティブなエネルギーをそのまま受け取ってしまう。ただ、その分ポジティブなエネルギーも受け取れるので、どんな手紙でもいただくのは嬉しいです。
ラブストーリーの楽しさは「人の汚さ」にある
――城定監督とは、現場でどんなディスカッションを重ねられたのでしょうか?
瀬戸:「このシーンではこう動きたいので、カメラもこう動いてもらえますか?」など自分から提案したり、逆に監督から提案されたり。映画づくりって、そういったやりとりを主としたチームワークが要だと思っているので、思いついたことは細部までアイデアを出すようにしました。
たとえば、古本屋でのシーンで、古本のページ側面をやすりで削る所作を提案したり。古本って、放っておくと日光に焼けてしまうんです。削ってケアすることで、良い状態で保っておけるらしいです。
――反対に、監督から提案されたアイデアが、瀬戸さんの意図とそぐわない時はどうしてるんですか?
瀬戸:「なんでだろう?」と違和感を持ったら、流さずにしっかり言葉にするようにしています。そのままにしてしまうと、自分の演技に無理やり感が出てしまうので。反対に「このシーンで、こう動かないのはどうしてですか?」と聞くことも。やっぱり、自分で納得できないと、自然な演技はできませんから。
――今回のようなラブストーリーの楽しさは、どこにあると思われますか?
瀬戸:「人の汚さ」じゃないでしょうか。愛って、すごくハッピーなイメージが強いですよね。僕自身も「愛=幸せ」と考えていますが、愛にまつわる「人の汚さ」が見えるからこそ、垣間見える「綺麗な一面」がより一層光るのかな、と思ってもいて。
愛の両面が見えるからこそ、どんなに小さくても、綺麗な一面に気づくようになる。そういったところに、ラブストーリーの魅力を感じます。
「芝居だけど、芝居するな」今でも重視している演技の心得
――今年で役者デビューから約15年となります。役者生活を支える、モチベーションとなっている言葉について教えてください。
瀬戸:「マーキュリー・ファー」という舞台をやっていた2015年当時、演出家の白井晃さんに言われた「芝居だけど、芝居するな」が思い出されます。正直、言われた瞬間は意味がわからなかったんです。
ただ、その後いろいろな作品に関わっていくうちに「作品の世界観に溶け込め」ってことなんだろうな、と解釈できるようになりました。自分がどれだけ”役”として”作品”に馴染めるか。それが、役者としての大事な仕事。ずっと心の中にある言葉です。
――役を演じる上で、瀬戸さんが強く意識されていることは何でしょうか?
瀬戸:どの役においても「自分との共通点」を見つけるようにしています。それは、多少無理やりになったとしても、です。理解できないからといって、役を遠ざけることは絶対にしません。
自分がその役を演じるとなった以上、自分自身に役を宿さないと、演技がリアルにならないと思っているので。「瀬戸康史」という一本の木の幹があるとしたら、演じるそれぞれの役が枝として派生している、といったイメージです。
――本作で演じられた古書店主・多田浩司という役との共通点は、どのあたりに?
瀬戸:「声が低いところ」ですかね。人柄や考え方など抽象的な面じゃなく、声の高低とか仕草とか、そういった身体的な特徴に共通点を見出すことも多いです。ある意味「多田は自分なんだ」と思い込みながら演じました。違う世界線の自分、パラレルワールドにいる自分というか。
――「デジタル・タトゥー」(2019)や「ルパンの娘」(2019-2021)など、瀬戸さんは演じられる役や作品ジャンルに幅がありますよね。良い意味で「役者・瀬戸康史」としてのイメージが定まっていないと感じるのですが、あえての選択でしょうか?
瀬戸:自分自身が「面白い」「興味がある」と思える作品に関わるのをモットーにしています。そんな作品を選んでいたら今に至る、という感覚です。
そもそも「イメージって何だろう?」と思うこともあります。役者に対するイメージって、見る人が持っているだけのものですよね。僕自身、人にどう思われるかを考えて行動しているわけではないし「やりたいからやっている」といったスタンスを崩さないようにしています。
役者の仕事に限らず、どんなことも好きじゃないと続けられないし、向上もしません。15年近く役者を続けてこられたのは、やっぱり好きだからなんだと思います。
(ヘアメイク=須賀元子/スタイリング=小林洋治郎(Yolken)/撮影=小林ばく/取材・文=北村有)
<衣装クレジット:ジャケット ¥46,200(EULLA|GOOD LOSER)、シャツ ¥29,700(SHAREEF|Sian PR)、そのほかスタイリスト私物>
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(C)2021『愛なのに』フィルムパートナーズ