映画コラム
<BiSHオムニバス映画>アツコ×大喜多正樹:作品に込められたメッセージとは?
<BiSHオムニバス映画>アツコ×大喜多正樹:作品に込められたメッセージとは?
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楽器を持たないパンクバンド「BiSH」の6人が主演を務めるオムニバス映画『BiSH presents PCR is PAiPAi CHiNCHiN ROCK’N’ROLL』が6月10日(金)より全国で公開される。
メンバーひとりひとりが映画やミュージックビデオを手がける6人の監督とタッグを組んだ同作。本稿ではハシヤスメ・アツコと大喜多正毅監督による『レコンキスタ』をレビュー。
誰もが抱える逃れられない過去との向き合い方を考えた。
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映像が演出する、逃れられない息苦しさ
誰しも、忘れたい過去を持っている。
たとえ、人に打ち明けたときに「なんだ!気にしすぎだよ」と言われることだとしても、忘れられない、思い出しては苦しくなる過去からは、何年経っても脱却できない。
映画は、同僚がトイレで飲み会の話をしているところをアツコ演じるヒロインがトイレの個室で聞くシーンからスタート。
彼女がいることを知らずに同僚たちは「あの人」「ボソボソ言ってた」「いないようなもんじゃん、どうせつまんないし」とヒール役お決まりのいじわるぶり。
日常でも十分あり得るシチュエーションだからこそ、息を止めて見てしまった。
この出来事をきっかけに、ヒロインは奇妙な時空のループへとハマっていく。
30階から1階へと降りようとするエレベーターは、何度扉が開いても1階に到着しない。
それだけでなく、学生時代、部長を務めていたアツコ演じる主人公のことを「まじ何様?」「お前の暑苦しさがチームの輪を乱してる」と陰口を叩いていた同じ部活のメンバーがエレベーターを出入りする。
地獄だ……。思い出したくない過去が繰り返されるのは、見ているだけでしんどい。
この間、鳴り響くエレベーターの非常ベルや、体の芯に響くような重低音が、見ている人のしんどさをさらに煽ってくる。
加えて、時折カットインしてくるエレベーターの裏側により、アツコが抱く恐怖を追体験。各階で止まるわけではなく、急下降していくエレベーターは、そう簡単には忘れられない、逃れることはできない過去を表現しているかのようだった。
同作でメガホンを取った大喜多正毅監督は、Mr.Childrenの「HANABI」や、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「EASTER」など数多くのアーティストのミュージックビデオやライブ映像を手がける映像監督。
アツコ演じるヒロインが抱えている逃れられない息苦しさを言葉ではなく、映像や音だけで表現していることにも納得だ。
思ったことを言えない主人公を表現した「2つ」の描写
映像や音だけで表現されたことは、ほかにもある。特に象徴的なのは、主人公の人間性だ。約15分の映像の中、最初の約7分間アツコは一言もしゃべらない。トイレで黙って聞いていた同僚たちの会話や、陰口を叩く同じ部活のメンバーたちの声に嫌な顔はするものの「辞めて」と言うことはない。
様子がおかしいエレベーターの非常ベルを鳴らすも「すみません!」「あの!」と声を荒げることすらしない。監視カメラに向かって、声を出さずに手を振るのが彼女の精一杯の抵抗だった。
また、映画が始まってすぐ、トイレで悪口を言われているシーンでも、主張しない主人公を見てとれる描写があった。
スクリーンに映し出されたアツコは、口よりも上のパーツだけ。ここでポイントなのは、目だけではなく、口よりも上ということだ。鼻の先までしっかりと映っているのに、口は絶対に映さない、意図的に口を隠したようなアングルに感じた。
これら2つの表現、言いたいことを言えない主人公を体現しているように見てとれた。
脱却ではなく、レコンキスタ
結局のところ、自分の頭の中や記憶を支配しているのも、陰口を言われたときに言い返さなかった“声を失った”のも自分でしかない。自分自身が服従している自分で、私たちは苦しんでいる。
そんな自分が嫌なら、自分の思う方向へ、自分の脳や心を支配し直すしかないのだ。
映画の後半、アツコが自分自身に銃口を向けるシーンには、そんなメッセージが込められていた気がした。
この映画のタイトルは脱却や解放という言葉ではなく、レコンキスタ=再征服という言葉が付けられているのも納得だ。
約15分間の中で意見の言えない主人公から、思ったことを叫び生まれ変わろうとするアツコの姿は爽快だ。
見る人の背中を押してくれるようなパワフルさをも持ち合わせている。ぜひ、大きなスクリーンでそのメッセージ性を受け取ってほしい。
(文:於ありさ)
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