映画コラム

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2021年06月29日

『彼女来来』レビュー:ある日彼女が別の人間に?不穏な世界にヒリヒリする感覚を…

『彼女来来』レビュー:ある日彼女が別の人間に?不穏な世界にヒリヒリする感覚を…

■橋本淳の「おこがまシネマ」

どうも、橋本淳です。83回目の更新、今回もよろしくお願い致します。

普通に生活をしている中で、ふと感じる恐怖体験。体験というほどのことでもないか、妄想、想像といったほうが近いかもしれない。

昼間は浮かれたような様子を想像してしまう"海"は、夜になると様相が一変し、その闇深さに自然と吸い込んでいく怪しげなものに変貌する。しかし、それは海が変化しているのでなく海はそこにあるだけ、光によってもたらされ、人間が見て感じた想像によっての変化でしかない。

と考えるが、想像だけではない、この皮膚に感じる感覚はなんなのだろうか、とも思ってしまう。心霊的な神霊的な、人知を越えた何か不条理なことがそこにあるのではないかと。(ぐちゃぐちゃと)

頭では理解出来ない事象が、この世界には溢れている。うまく言語化出来ないが、たしかに感じたことのあることの不可思議さ。理解は出来ないが、認識は出来るという靄のような存在。

分からないということを、受け入れられづらい昨今ですが、わたしは"分からない"という余白には、魅力が溢れていると思う。

なんとなく分かる、いつか分かるようになる、そんなのわかんないよ、そういった明確でない感覚のほうが、"なんとなく"信頼が出来る。

言葉でない何か。

そういうものに、より目を向けたくなりました。

今回はコチラの作品をご紹介!

『彼女来来』



キャスティング会社に勤める佐田紀夫(前原滉)は、卒なく仕事をこなし上司からの信頼も厚く、社内では少し頼られるような存在。家に帰れば、交際をしている田辺茉莉(奈緒)との穏やかな生活が待っている。平穏で小さな幸せがふわふわと漂っているような日々を送っていた。

しかしある日、紀夫は疲れた様子で仕事から帰宅する。カーテンの隙間からは夏の夕暮れの強い日差しが部屋の中に突き刺すように入り込んでいる。「茉莉?」と声を掛ける紀夫、部屋に立っている女の顔は、窓からの逆光により、ハッキリとせず影の塊のように暗くつぶれている。光の具合で判然としなかった顔が、ゆっくりと見えてくる。そこに立っていた女は茉莉、、ではなかった。見たこともない女がそこに居たのだ。

困惑し、錯乱する紀夫、「誰ですか?」と聞くと、女は「マリ」と答える。さらに「ここに住む」と言いだし、ここに来る前の記憶はなく、気づいたらソファの上で寝てた、と不可思議なことをいうマリに、紀夫の苛立ちは高まるばかり。出て行けと言っても、そこに残り続けるマリ。

紀夫の生活と心が、少しずつ侵食されていく。

田辺茉莉を探す紀夫だが、一向に手掛かりはなく、消息不明のまま。マリと名乗る女は家に居座り続ける。
不穏で奇妙な関係の中、紀夫は茉莉を探し続けるのだが、、、



「MOOSIC LAB[JOINT]2020-2021」にて、準グランプリ・最優秀男優賞(前原滉)・女優賞(天野はな)の3部門受賞し、くまもと復興映画祭へも選出され、高い評価をされている本作。

監督は、演劇ユニット ピンク・リバティの代表を務め、本作で長編作品デビューを飾った、山西竜矢。劇作家、演出家としても評価が高いが、その力を映画でも見事に発揮し、注目を集めている。

MOOSIC LABということで、音楽の要素も大きな存在。山西監督とタッグを組んだのは、Vampilliaのヴァイオリニスト宮本玲。明るい世界であるが、なにか不穏を感じる世界観をヴァイオリンのみで見事に表現し、作品に溶け込んでいる。



ある日、彼女が別人になる。

というある種、不条理な世界。

しかし、誰しもが経験しているような普遍性も感じる。

わたし自身、観賞後には今までこういった経験をしたことがあるかも、、と自分の人生を反芻し、少々の恐怖のような感覚が湧き上がりました。


印象に残るのは、人間の顔、顔、顔、、

主人公の紀夫が、CMのキャスティングの仕事をしているため、オーディションに呼ばれた人々の顔を映し出していく。クリアな明かりの中で、次々に映し出されていく、顔の数々。

そして、それと対比するかのような、茉莉とマリの逆光の中に佇む、黒く塗りつぶされた顔。薄目で見れば見えるのではないかと思うくらいの塩梅の光具合で、顔でありながらも、心の表情のようにも見えてくる不思議な感覚になる。茉莉なのか、マリなのかと錯覚するような作用もあるのか。。

さらに、紀夫の無表情の中にある、繊細な変化。

前原滉の見事な表現で、一見すると無表情のように見える表情の中に、奥行きと潤みとどこかジメっとした湿感で、繊細に演じ分けているので、観ている観客はそれを逃すまいとスクリーンに釘付けになる。



メイン3人の役者の、複数の感情が体内をヌルヌルと混ざりあいながらも、それを悟らせないアウトプットの加減が見事。前原滉、天野はな、奈緒、魅力的な役者陣の、それぞれが持つ魅力をさらに引き出した山西監督の手腕が光ります。

さらに個人的にとても良かった点は、MOOSIC LABということを忘れてしまうほどの音楽の馴染み方。ムーラボ作品を鑑賞するときに、いつも感じる音楽の強さが、本作ではいい意味でなく、終わって映画館をあとにした頃に「あ、ムーラボだったんだ」と、思い出すほど。

どこか平穏な画が不穏に感じる、ヴァイオリンの音色。時に心象風景を表し、時に観客をザワザワさせる、その"狙い"が狙いとならずに見事にひとつの総合芸術となっていたことに感動です。

余分に出過ぎがちな個性を抑え込み、そのコントロールされ凝縮された様々な個性たちは、ひとつの塊となって、胞子のようにスクリーンから拡散されていく。その毒気に、わたしも見事にやられてしまった一人です。

ラストの紀夫をみて、あなたはどう感じるでしょうか?

こういった邦画を、本当に沢山の方に観ていただきたい。心からそう思える作品でした。どうか沢山の方に届きますように。そして、観た方々が、不穏な世界にヒリヒリしますように。


それでは、今回も、おこがましくも紹介させていただきました。

(文:橋本淳)

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