インタビュー

2022年10月21日

『線は、僕を描く』小泉徳宏監督インタビュー 横浜流星との話し合いで掴めたことは?

『線は、僕を描く』小泉徳宏監督インタビュー 横浜流星との話し合いで掴めたことは?


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2022年10月21日(金)より、砥上裕將による同名小説を映画化した『線は、僕を描く』が公開される。水墨画の美しさに魅了された大学生の成長と再生の物語に挑んだのは、映画『ちはやふる』3部作で各界から賞賛を浴びた小泉徳宏監督だ。映画化にあたってこだわった数々のポイントをお聞きしたインタビューをお届けしよう。

『ちはやふる』とは異なることと、向かい合って最終的に出せた答え

©砥上裕將/講談社 ©2022 映画「線は、僕を描く」製作委員会

――今回の映画を完成させた、今の率直な気持ちをお聞かせください。

小泉徳宏(以下、小泉):まず、ホッとしていますね(笑)。正直に申し上げると、最初に水墨画が中心にある作品の企画を聞いたときには、どうしたものかと悩んでいたんです。多くの人になじみがないのは映画『ちはやふる』の競技かるたと一緒ですが、水墨画は勝ち負けや優劣といったものがないですし、パッと見てすぐに理解できるものでもないですよね。水墨画と向き合う物語で、どうやったらカタルシスが生まれるのだろうかと悩んでいました。最終的には自分の中で答えが出て、完走できてよかったですね。

――『ちはやふる』はチームで努力をして、大会で勝ち負けを決める「スポ根もの」というわかりやすいエンターテインメントとしての型がありますが、確かに水墨画ではそうはできないですよね。その最終的に出せた具体的な答えとは、どのようなものだったのでしょうか?

小泉:水墨画で賞を受賞するといったことではなく、主人公の青山霜介(演・横浜流星)の悩みと、それをどのように吹っ切るかといったことが、この映画で重心を置くべきポイントだ、ということですね。結果よりも過程が大事だということが、いろいろと侃々諤々しながらも最後にたどり着いたことです。

©砥上裕將/講談社 ©2022 映画「線は、僕を描く」製作委員会

――原作小説では序盤に、主人公が独白で過去にあった出来事を語っています。それを映画では最後の方に持ってきたのは、その答えを出すための具体的な工夫かなと思ったのですが、いかがでしょうか?

小泉:その通りです。あとは三浦友和さん演じる篠田湖山の揮毫会(きごうかい)を最初に持ってきていることも、小説版から変えていますね。霜介の秘密をいつ明かすのか、どの情報をどの時点で出すのかは、共同脚本の片岡翔さん含め、北島直明プロデューサーとも、脚本の打ち合わせをしていくなかで精査していたことでもありました。それらを納得いく形に仕上げられて良かったです。

壁にぶつかった横浜流星が掴んだ言葉は「ニュートラル」

©砥上裕將/講談社 ©2022 映画「線は、僕を描く」製作委員会

――横浜流星さんの演技が素晴らしかったです。その演技指導や関わり方で、印象に残っていることはありますか?

小泉:撮影に入る前からずっと横浜さんが悩んでいたことがあるんです。それは霜介をどのくらいのトーンや佇まいで演じるかということです。過去に悲しい出来事があった青年ですが、それが明らかになるのは終盤なので、序盤のほうの霜介をどう表現するべきか迷っていたんです。かなり暗いトーンで行くのか、あるいは、そんなことを感じさせないようなトーンで行くのか、逆に一周回ってすごく明るい青年にしちゃうのか……など、演技のバランスを横浜さんと話し合いました。初めからドーンと落ち込んでしまっている青年を演じてしまうと、映画を観ているお客さんは「なんなのこの人」になってしまうかもしれないし、ひたすらに暗い主人公だと最後まで暗い印象にもなりかねません。結果的に、心に傷を負った感じを残しつつ、かといってお客さんに対しても魅力的な主人公にするというバランスを話し合いながら探っていって、僕らの中で出てきた言葉が「ニュートラル」だったんです。何も過去に重たい出来事があったからといって、毎日、四六時中、暗いままなわけがないですし、そのことを感じさせず明るく過ごしている人はいっぱいいるはずですよね。暗い過去があるからといって暗く演じる必要はない、そのことをあまり感じさせないように演じたほうがいいと、僕と横浜さんで掴めたところはありますね。

――冒頭のシーンで、横浜さんがある水墨画を見て涙を浮かべる様に感動しました。原作小説とは異なる始まり方ですが、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

小泉:脚本から書いていたことですが、役者にしてみれば超絶難しいシーンですよね。何しろ、縁もゆかりもない絵を見せられて、いきなり泣けって言われるわけですから。「自分で書いておいてなんだけど、すごく難しいと思うんだけど、横浜さんはどう思う?」と聞くと、案の定「難しいですねぇ」と返されました。どうやって撮ろうかとこちらから聞くと、彼から出てきたアイデアが「本番まで絵を見せないでほしい」ということでした。そして、実際にリハーサルでも見せず、本番で初めて横浜さんはあの絵を見て、涙したのです。

音と編集を合わせるための尽力

©砥上裕將/講談社 ©2022 映画「線は、僕を描く」製作委員会

――『ちはやふる』に続き、横山克さんによる音楽、音の使い方そのものも素晴らしかったです。監督として、何かこの点にこだわったことはありますか。


小泉:こだわったことがありすぎるんですよ(笑)。音の合わせ方をギリギリまで調整していて、筆のこの動きに合わせてこの音が鳴ったりとか、悲しいシーンに悲しい音楽をあてたりといったことだけじゃなくて、あえてちょっと他の音楽もあててみるなど、そういうことを延々と繰り返していますから。また、通常は映像の編集をした後に音楽を作るのですが、横山さんの高度な作曲術をもってしても、どうしてもタイミングが合わない場面ができてしまったりもしました。と言ってもそれは100分の1秒単位の話なので、そういうときは音楽のほうを優先し、編集に一回戻って、編集を変えたりしました。

――本当に、一瞬一瞬を噛み締めたくなるほどに、画と音がシンクロしていました。尋常ではない努力があったことが、その言葉からもわかりました。

小泉:ありがとうございます。でも、実はそれはルール違反なんです。編集を一回固めちゃうと、そこからもう音を入れる作業だけでなく、CGなどの作業がバーッとはじまっちゃうので、スタッフに大変な迷惑をかけてしまうんですよ。怒られるので基本的にはやらないようにしているんですが、『ちはやふる』のときも、何回かスタッフにごめんなさいと謝っていましたね。



――最後になりますが、本作は若者に、また喪失感に悩む人にこそ観てほしい映画であると思いました。監督からも、こうした人に観てほしい、観てもらいたいという思いはありますか。

小泉:霜介のような状況に置かれている方々にはもちろんですが、僕としてはもっと広く、何か踏み込めないことがあったり、この先どうしていくべきか迷っていたり、立ち止まっている人に観てほしいですね。水墨画には「自分に向き合う時間」があると思いますし、その自分と向き合うという概念を手に入れたり、もしくはその意識を思い出したりするきっかけになってくれたらうれしいです。



一度見たら忘れられないほどの横浜流星の熱演、水墨画に向き合う人々の美しさ、流麗な音楽とシンクロする画の躍動感、そして自分に向き合ってほしいと願う監督のメッセージを、ぜひスクリーンで観届けてほしい。

インタビュー全文は10月17日(月)発売の『CINEMAS+MAGAZINE』にて掲載!

(撮影=大塚秀美/取材・文=ヒナタカ)

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