三浦透子主演『そばかす』この映画は、あなたの人生の宝物になる
恋愛感情を抱かないセクシュアリティを指す「アロマンティック」「アセクシュアル」といった言葉は、世のなかでも少しずつ聞かれるようになってきた。高橋一生・岸井ゆきのが共演したNHKドラマ「恋せぬふたり」でも、他者に恋愛感情を持たない男女が描かれていた。
2022年12月16日に公開される映画『そばかす』で、三浦透子が演じる主人公・佳純も、人とのコミュニケーションにおいて恋愛感情や性的魅力を見出さない。人とは生まれながらにして恋愛をするものである、と当たり前のように思っている側からすると、少々、理解に時間がかかるかもしれない。
思い悩みながらも、自分なりに人と接する方法を模索する佳純を見て、筆者は確信した。この映画は、多くの人にとって宝物になるだろう、と。
恋愛をしない人間には、欠陥があるのか?
人間である以上、恋愛をするのが“普通”なのだろうか。性の在り方にも多様性がある。そして、“普通”といった言葉も慎重に扱わなければならない時代。異性を好きになるのは当たり前のことではないし、恋愛をし子どもをもうけて家族を築くのが、一般的な価値観でもなくなってきた。
しかし、「同性を好きになる」もしくは「誰に対しても恋愛感情を持たない」ケースが明るみに出ると、どうしてか人は違和感を抱く。なぜ異性を好きにならないのか。なぜ人に性的魅力を見出さないのか。頭では「そういったケースも存在する」と理解はできても、腹の底に落とし込むのに時間がかかる。それが、本音なのかもしれない。
本作の主人公・佳純は、異性にも同性にも恋愛感情を抱かず、性的魅力も感じない。人生において、「恋愛」という営みの必然性を感じないのだ。そんなことを知らずか、佳純に恋人がいないことを見かねた母がお見合いを勝手にセッティングすることからこの物語は始まる。
佳純自身も、その可能性に戸惑う場面がある。結婚を促す家族に対し、反発しながらも、娘として期待に応えたい気持ちがないわけではない。しかし、本心を曲げてまで恋愛をする気にはなれない……。
佳純の言動や心の動きに、共感する人も、そうでない人もいるだろう。もしかしたら、強い反発心を覚える場合もあるかもしれない。
敢えて言いたい。この映画は、きっとこれまでに感じたことのない衝動を、見た人に与えるだろう。考えたことのないことを考え、味わったことのない感情を味わうはずだ。
たとえば、佳純が無理やりお見合いに連れ出されるシーンがある。相手の男性も結婚には乗り気じゃなく、その共通点から友達として仲良くなっていくふたり。ラーメン店を営む彼と、美味しいラーメンを食べに少し遠出する佳純は、傍から見れば「人に恋愛感情を抱かない」ようには見えない。
しかし、いざその男性から好意を向けられると、その関係性にヒビが入ってしまう。
なぜ、友達のままで過ごすことができないのか。なぜ、恋愛関係を拒否する=男として魅力がない、といった構図になってしまうのか。佳純の疑問や葛藤は受け取られないまま、宙ぶらりんになってしまう様が、なんともやるせない。
しかし、私たちはそんな姿を見て、考えずにはいられないはずなのだ。その先にこそ、佳純が至ったような“自分らしく生きられる境地”が現れるはずだから。
誰もが救いを感じる、解放的で爽快なラストシーン
本作で佳純を演じている三浦透子は、映画『ドライブ・マイ・カー』(2021)にて、朴訥としたタクシードライバー・渡利みさきを演じ話題となった。もともと子役として活動しており、新海誠監督のアニメ映画『天気の子』(2019)で主題歌のボーカルを担当したことでも、名が知られている。近年は、ドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』(フジテレビ系列)に出演。物語を動かすキーパーソンを演じていることでも話題に。注目度が高まっているこのタイミングで、まさに満を辞しての映画初主演となる。
彼女の醸し出す透明感と、現実世界にもうっすらと漂う“やるせなさ”や“厭世観”をまとった居住まいは、この映像世界にマッチしている。
独身である娘を必要以上に心配し、「結婚さえすれば安心だから」と自身の価値観を押し付ける母親。そして、勝手なことばかり言う、やたらと声の大きい祖母。
そんなふたりを受け流しつつ、心のどこかで「自分には欠陥があるのでは」と自身を憂う佳純の姿は、恋愛とは何か、人生とは何かといった避けられない問いを提示するだろう。
そんな佳純が救いを求めるのは、父親だ。心療内科に通いながら、少しずつ復職を目指している彼は、家族のなかで唯一と言っていい佳純の理解者である。
チェリストになりたい夢を持っていた佳純に寄り添い、いつでも弾けるようにと陰ながらチェロを整備する父親。佳純の恋愛がどうの、結婚がどうのと言う前に、きちんと彼女の立場を思いやり、声に耳を傾けてくれる。その姿は、鑑賞者にとっても救いとなるはずだ。
そして、この映画の象徴となる、解放的で爽快なラストシーンへと繋がっていく。
自分らしく生きるとは、何か。誰もが繰り返し考え、それでも、なかなか答えに辿り着かない問い。年齢や時期によって、導き出されるものも変わるだろう。この映画のラストシーンは、そんな永遠なる問いかけに、ひとつのヒントをくれるかもしれない。
この映画は、多くの人にとって宝物になる。思い出した頃に繰り返し観て、自分らしさを思い出す。何年経っても色褪せることのない魅力が、もうすでに感じられてならないのだ。
(文・北村有)
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