「First Love 初恋」の寒竹ゆり監督が満島ひかり&佐藤健へ賛辞!「台本上の想像を超えた瞬間に何度も立ち会わせてくれた」
――いきなり斜めな視点の質問にて、ご容赦ください。也英(満島ひかり)が運転するタクシーが、ラウンドアバウト=環状交差点を走る俯瞰図が差し挟まれているのは、劇中のセリフにもある「ちょっとしたタイミングのズレで運命は変わる」ことを象徴しているのでしょうか?
寒竹ゆり監督(以下、寒竹):そうですね。あのラウンドアバウトが実在する場所は旭川で、日本ではおそらく最大規模だと思うのですが、ドラマ上では札幌という設定にしています。それこそ、おっしゃったように人生みたいだなと思ったんですよね。円環の途中でいろいろな人と合流したり、ある時期は並走したり、交差点を出るタイミングが違えば、別の道を行くことになったり……。旭川のラウンドアバウトで撮影できるかはわからなかったんですが、まずは台本に書いてみたという。俯瞰して見ると惑星の軌道のようでもあるし、回転するCDみたいだったりもするので──本編でも車がグルグルとまわる画を再生中のCDの画にフェードさせているんです。
――ヨーロッパではよく見かけますけど、日本のラウンドアバウトって珍しいですよね。
寒竹:規模の小さいものは、ちょいちょいあるんですよ。でも、あんなに大きなものはなかなかないですよね。ラウンドアバウトは国道へ出る車が優先だったりとか不文律のローカルルールがあるので、初めて走る人はちょっとパニックになって、タクシーの路上教習中の也英みたいにグルグルと何周も回っちゃったりすることも珍しくないみたいです(笑)。
――時に同じところをループすることがあったり、出口を間違えることがあるというのも……人生のようですよね。
寒竹:しかも、逆戻りできないという。リバースできないから、一度間違えちゃうと間違え続けたりする可能性もはらんでいるんですよね。
――なるほど、まさしく人生と同じ構造があの交差点には見え隠れしているわけですね。
寒竹:私自身も間違え続けた人生を歩んできて、今に至るので(笑)。
――いえいえいえ……。では、話題を変えまして、この作品のプロジェクトが動き出した当初のお話をうかがえればと思います。
寒竹:宇多田(ヒカル)さんが「初恋」をリリースした2018年、デビュー20周年のアニバーサリーイヤーにNetflixの方からお声がけいただいて。その頃はこんなに長く掛かるとは思わなかったですけど(笑)、撮影前にコロナ禍になってしまったことで、9話──ラストのあたりのエピソードを新たに書き加えることができたというケガの功名もありました。元々、也英はタクシーで年間に何万キロも走っていながら外の世界へ出て行けない人だったのですが、世界がパンデミックで閉ざされたことによって、〝自分が本当に会いたい人は誰なのか?〟という命題に向き合うという流れが自然にできたかな、と。
――ということは、当初は8話の予定だったんでしょうか?
寒竹:元々は7話で収めるつもりでいたんですが、健君が決まって8話に膨らませて。途中で晴道(佐藤健)がちょっとしたアクションめいたことをするエピソードなどは、彼の良さを出したいなと思って、あとから書き足して。最終的に夏編が終わった編集の段階で見やすくするために9つのエピソードに分けたという感じです。
――そのキャストですが、まず満島ひかりさんが也英を演じることが決まっていた、と聞いております。
寒竹:そうですね、最初に満島さんにオファーして。ただ、日本のポップミュージック史上、ナンバーワンセールスを記録したアルバムのリード曲をモチーフにしているので、これまで何度も映像化のオファーがあったみたいで。企画段階では宇多田さんからOKが出るかわからなかったんですよね。なので、今回も実現できるかわからないけれど、宇多田さんにお手紙をしたためて、企画書と一緒にお送りしたところ、いいお返事をいただけて。そこから具体的に動き出して、(満島)ひかりちゃんにオファーをかけました。
――どういった理由で宇多田さんから快諾を得られたかは、明らかではないんでしょうか?
寒竹:何が決め手だったのかは、私もわかってなくて。でも、そこを突っつくのも野暮なので(笑)、素直に「ありがとうございます! 精一杯取り組ませていただきます」と、まい進することで応えようと思いました。また、このドラマのために「First Love」のドルビーアトモス盤を新たにミックスし直してくださって。MA(音の最終仕上げ)作業をしながら、楽曲の強さを再認識しました。
──また「First Love」然り「初恋」然り、曲のかかるタイミングが絶妙なんですよね。
寒竹:そこは細かいところまでこだわって編集したので、そう言っていただけるとうれしいです(笑)。作り手の思いとして、大人が見られるラブストーリーを撮りたかったというのがありました。ひかりちゃんとも、そういう話をしていたんですけど、日本映画のラブストーリーはティーン向けの物語が主流で、私自身もそういう作品(『天使の恋』/09年)で商業映画デビューしてはいるんですけど、もはや無鉄砲には突き進めない世代の男女──だからこその枷(かせ)だったりも踏まえつつ、停滞させることなく、しっかりとした会話を交えながら人々の心模様を描きたい、という思いでシナリオを書いていきました。
──キャストの話に戻ると、満島さんと佐藤健さんは言うまでもなく、思春期の也英と晴道を演じた八木莉可子さんと木戸大聖さんも掛け値なしに素晴らしかったですね。
寒竹:大聖に対しては一番厳しく演出した気がするので、彼も喜ぶと思います。というのは、思春期の晴道は大人になった晴道の行動原理を示す重要な役であり、やっぱり誰もが応援したくなるキャラクターなので、どうしても要求するレベルが高くなっていきます。スケジュール上、撮影期間中に確か2、3回坊主頭にしていますし……。だから、というわけではないですけど、彼のキャリアにとってステップアップになる一作になってくれたらいいなと願っています。八木莉可子に関しては、見た目がひかりちゃんに近いだけの子はほかにもいるのかもしれないですが、ずっと画面の中で見ていたい引力のようなものを感じたのが彼女だったので。161cmの莉可子がいればベストかもしれませんが、それは莉可子ではないので。彼女には往年の〝銀幕に映える女優さん〟のようなたたずまいもあります。そういった彼女自身の唯一無二の魅力に懸けてみようと思いました。
──ちなみに現場で、満島さん&佐藤さんと八木さん&木戸さんが顔を合わせるということもあったんでしょうか?
寒竹:時間軸を行ったり来たりしながら撮っていたので、大人2人の芝居を思春期の也英&晴道に見てもらう、ということもしていましたね。ちょっとした伏線で、コインランドリーで也英の寝顔を見て晴道が笑う、といったように──大人になった2人が高校時代と同じシチュエーションに身を置くシーンがいくつかあったので、若い2人には同一人物として見てもらって、自分たちの芝居にも反映してもらったところがあります。反対に、晴道と凡二(思春期/若林時英、成人以降/中尾明慶)のコンビは少年期から先に撮っていたので、健くんに見てもらって、大人になってからの凡二との再会につなげたりと、お互いに補完し合う感じでしたね。健くんと中尾くんは『ROOKIES(ルーキーズ)』の時から関係性が出来上がっていたので、心配無用でしたけど(笑)。
──その佐藤健さんを晴道役に推薦したのは、満島ひかりさんだったそうですね。
寒竹:ラブストーリーなので、役者がお互いに魅力を感じていてリスペクトし合える関係性が望ましいなと思ったんです。それに健くんは華があるので、ひかりちゃんと2人並んだ時のビジュアルのバランスも絶妙だなと思って。『仮面ライダー電王』(07年/テレビ朝日系)と「BROODY MONDAY』(10年/TBS系)で共演してはいるんですけど、役の関係性がまったく違うし、こんなに長く一緒にお芝居をしてはいないので、2人にとっても新鮮ではあったのかなと思います。
──芝居巧者なお2人なので、セリフで説明せずに動作で見せていくシーンが多いですよね。
寒竹:そうですね、本心はアクションで見せたいので、言葉はなるべく裏腹にしてあって。本音がこぼれ出るような感じにしたかったんですよね。こぼれてしまうから、晴道は也英の寝顔だったり、違う方向を向いている時の彼女を見るようにしているんです。だからこそ、ふいに視線が合った時の緊張感が高まるというか──。それと理性や意思よりも先に体が動いてしまう、というフィジカルな反応を描きたかったということもあります。その一環として、聴力を失った妹との“肉体の会話”として手話を描いていて。この作品で使っている手話は同時通訳的な形式ばった手話ではなくて、スラングっぽかったり日常会話的な“生きた手話”を、ご両親がろう者の方と、幼い頃に失聴しながらダンサーをされている方からご指導いただいて、採り入れています。プラス表情も含めた身体的言語として見せているので、晴道の妹を演じた美波と長沢樹の表情豊かな手話にも注目してもらえたらと思います。そんな風に、手ざわりや香りといった“肉体や細胞の記憶”を要所要所に散りばめようというのは、台本を書く前から決めていました。それは、「First Love」と「初恋」が、そういった五感と身体に刻まれた記憶を呼び覚ます力を持った、強い楽曲だったからというのが大きいですね。
──そんな風にして監督が紡いだシナリオを体現した満島ひかり&佐藤健という俳優2人の凄みを、どの辺りに感じたのでしょう?
寒竹:ひかりちゃんは、フィジカルの反応がおしゃべりというか、ものすごく正直なんですよね。そのおかげで、也英が気持ちと全然裏腹のことを言っていても、本当の気持ちがお芝居の中に漏れ出てくる。その感情が本物だから、モニターを見ていても感動します。そう感じさせてくれる彼女に也英を演じてもらえて、本当に良かったなと思っています。健くんに感心するのは──シンプルなところで言うと、例えば自衛隊の所作や手話といったように、今回は体を使うミッションがたくさんあって。でも、物事の要点を掴む能力がやっぱりずば抜けていて、飲み込みも早いですし、動作を自分のものにする力量の高さを改めて実感しました。彼のことは15年くらい前から知っているんですけど(※08年に発表した佐藤のイメージDVD『My Color』で、監督・脚本・編集を手がけている)、撮影が終わるまでにサーフボードの上で立てるようになってほしいってムチャぶりしても、やってのけるんです。そういうところは昔から変わらないんですけど、15年経ってさらに深みが増したような感覚を度々覚えました。だからこその今の立ち位置なんでしょうし。そんな2人には、自分の書いた脚本の想像を超えてもらいたかったし、実際に超えた瞬間に何度も立ち会えたので、そういう意味でもとても幸せな現場だったなと感じています。
(取材・文=平田真人)
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