インディペンデント映画誌『ムービーマヨネーズ』編集部が選ぶ、人生を変えた映画三作品


『ゾディアック』

2007年に公開されたサイコスリラー映画。60年代のカリフォルニアで実際にあった連続殺人事件を題材に『セブン』や『ゴーン・ガール』のデヴィッド・フィンチャー監督が制作。連続殺人犯の“ゾディアック”を追う3人の男性たちのドラマが描かれる。配給:ワーナー・ブラザース映画

人生のままならなさにぶち当たるたび、何度も観たくなる

例えば、中学1年の私の「オシャレ観」を作った『ゴーストワールド』だったり、映画という表現の豊かさを教えてくれた高校2年の『エレファント』だったり、人生の転機になった作品がある。一方で、はっきり“このとき”と言えなくても、繰り返し観るうちに、ゆっくりと人生を変えた作品もある。私にとって『ゾディアック』はそんな映画だ。

公開時は、「謎が謎のまま終わるのが味わい深かったナァ(あと殺人のシーンが怖すぎる)」くらいの印象だった。それから長いときが経ち、配信サービスの恩恵にあずかり何気なく再見した私は、不条理こそが人生であるという、『ゾディアック』の根底を貫く思想に魂を揺さぶられた。その後BDを購入し、本作はふとしたときに観る映画になった。あるときはお仕事映画として、またあるときは時代の匂い、俳優たちの美しさに、魅了された。

最後に『ゾディアック』を観たのは去年の暮れだ。そこで私は、本作がここまで自分を惹きつける理由が少しわかった気がした。映画の終盤。警察も匙を投げた捜査をたった独りで続ける漫画家グレイスミス(ジェイク・ギレンホール)が、事件の元担当刑事トースキー(マーク・ラファロ)を叩き起こし、犯人の確証を掴んだと深夜のダイナーでまくし立てる。話半分で聞いていたトースキーの表情が、グレイスミスのある一言で変わる。この瞬間だ。信じること。自分のために信じてみること——解決できない世界の不条理に抵抗する唯一の方法。『ゾディアック』は、私に希望を伝えていたのだ。

もちろん、本作が実際の凄惨な未解決事件を基にしている事実を忘れてはいけないし、ポスト・トゥルースの時代にあって、闇雲に信じることの危険性には注意深くあらねばならない。それでも人は生きる以上、自分を前に進めるために、何かを信じる。人生のままならなさにぶち当たるたび、私はこの映画を見返すだろう。そして、真実も嘘も善も悪も混濁するなかで己の希望を探す男たちの姿に、人生を変えられるだろう。

(文・吉田夏生)

Profile

『ムービーマヨネーズ』編集部
インディペンデント映画誌

日本未公開映画の紹介、上映を企画・運営する団体「Gucchi’s Free School」が創刊した映画雑誌。これまでに3冊出版しており、最新号である『ムービーマヨネーズ3』は映画『アザー・ミュージック』と映画『サポート・ザ・ガールズ』という二本の映画の公式パンフレットも兼ねている(他にも映画業界のお仕事にフォーカスした特集なども掲載)。

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