人生を変えた映画

SPECIAL

2023年02月03日

話題作に続けて出演する俳優・河合優実を映画の世界へといざなった運命の一本

話題作に続けて出演する俳優・河合優実を映画の世界へといざなった運命の一本

一本の映画が誰かの人生に大きな影響を与えてしまうことがある。鑑賞後、強烈な何かに突き動かされたことで夢や仕事が決まったり、あるいは主人公と自分自身を重ねることで生きる指針となったり。このシリーズではさまざまな人にとっての「人生を変えた映画」を紹介していく。

今回登場するのは河合優実さん。2019年のデビュー以来、数々の話題作に出演する最も注目すべき俳優の1人。そんな彼女は、あるきっかけで俳優を志すことを固く決意し、直後に出演作を得た。運命ともいえる、河合さん平成最後の夏とは。

■「人生を変えた映画」をもっと読む

【インタビュー】俳優・河合優実と映画監督・山中瑶子が語り合う──『あみこ』が変えた、わたしたちの人生。

『あみこ』

注目の新人監督、山中瑶子が19歳から20歳にかけて初めて制作した長編作品。この映画でPFFアワード2017で観客賞を受賞。その後、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭など海外の映画祭にも出品された。主人公は物事を斜めからとらえる自虐的なあみこ。そんな彼女が同じようなニヒリストでありながらも人気者のアオミくんに恋をする。

在りし日の自己像とあみこが結びついている

冷蔵庫の隣にあみこがいる。

いつもじっとこちらを見ている。今日もまた洗い物を後回しにしている私のことを、燃える眼で刺すように見つめてくる。

真っ赤なB2に大写しになった制服の少女は一人暮らしの部屋にはシンボリックすぎて、キッチンに飾っている。実家を出るとき持ってきた。心機一転、新しいステージに進むならこの思い入れのありすぎるポスターは置いていくべきなんじゃないかと迷ったけど、まだ手放す気にならなかった。

「人生を変えた」という響きに胸に浮かんだ映画はただの一本、山中瑶子監督『あみこ』 (2018年)。何度考えてもこれだけだった。今の自分の、映画に出てる人生。偶然ここにきた。あの日『あみこ』を観に行って、偶然ここに連れてこられたのだ。

私が通っていた高校はかなりお祭りごとが好きな性格の学校だった。人前で踊れる、歌え る、喋れる、演奏できる。そういうパッションを持ち合わせた人が集まっていて、とにかく誰かが何かを披露する場というのが1年中ひっきりなしにあるような、エンターテインメントの精神が根付いた校風だった。そんな所で3年間、まるでゾーンに入ったかのようにダンスや歌に明け暮れた。夜明けまで振り付けを考えたり、ときには満員電車で立ちながらマックブックを開き音源を編集しながら通学するなどという真似までして、立てる舞台にぜんぶ立った。そして蜜の味を覚えてしまった。自分たちの手でつくりあげたものを見た人たちが、声をあげて笑ったり涙を流したりしている。感動をしている。それは魔法のような、でも確かで肉体的な体験で、たまらないことだった。「こんなに楽しいことは他にないな」と頭の中ではっきりと思った日があった。だからこんなに楽しいことを一生やりたいと思った。それでいつしか俳優を志すようになっていた。

ただ、常に堅実な道を選んできた三姉妹の長女、突然あらゆる選択肢を捨てて非現実的な夢に全てをベットできるたちではなかった。思いの丈をおそるおそる周囲に打ち明けてみても本気で取り合う人は少なく、その度にちゃんとびびった。そこで、このまま大学に進学して安定した将来を確保しつつそれからオーディションを受け始めようと、誰に強制されてもいないのに人生に保険をかけることにした。リスクを取れない自分のダサさに唇を噛みながら机に向かった。

2018年、元号が変わる前の最後の年。3年生になり所属していたダンス部も引退して、文化祭の準備が始まった。みなが受験に忙しい時期ではあるが、最高学年は体育館でクラス演劇を披露するという、お祭り高校らしいこれまた大変な伝統がある。私たちC組は、ブロードウェイのロングラン作品『コーラスライン』をベースにして、『平成最後の夏だった』と題した劇を作ることにした。ミュージカルのオーディションで役者たちがそれぞれのバックグラウンドを独白していくという元作品のストーリーを借りて、クラスの一人一人が自分本人の役となって3年C組の文化祭までの道のり自体を演じるという、なかなか楽しい題材だった。演劇と進路とのことを代わり番こに考えて、夢と現実を行ったり来たりする休みのない夏休みだった。

時を同じくして、なんとブロードウェイの『コーラスライン』が日米ツアーで渋谷の劇場に来ていた。大好きなミュージカルが、それも向こうのキャストが、運命的なタイミングで定期券内にやってくる。見逃す手はない。チケットを買って今日だけはと劇の練習を抜け、井の頭線に乗って東急シアターオーブに向かった。そこでの2時間、私は夢の世界を全身に浴びた。舞台からこぼれんばかりに色とりどりの身体が躍っている。遠くニューヨークに想いを馳せながらYouTubeで見たあのダンスが目の前にはじけている。胸がいっぱいになる。私はこれを愛している。涙を流しながら観る。恋い焦がれたナンバーの数々が劇場いっぱいに拡がる。歌いたい。歌える。何百回もサウンドトラックを聴いて、全部覚えた歌たちだから。

We did what we had to do
私たちはやらなくちゃならないことをやった

Wonʼt forget, canʼt regret
忘れない、悔いることなどできない

What I did for love
愛のためにやったことを

ふつふつと湧き上がってくるものを感じながら帰り道を歩いた。それは歩みとともにすごい勢いで私の脳みそを回して胸を膨らませた。愛することに人生をかけたい。その日家に着くころ気持ちは固かった。進路変更には遅い高3の8月の終わり、受験勉強をぱたりとやめた。

なんにもわからないけどとにかく形にする。演技を学んで事務所に入る。私は周りが驚くほどに突然動き始めた。演劇が学べる学校に志望校を変えて新しい塾に入った。カメラをやっていた友達に頼んで公園で履歴書用の写真を撮ってもらった。役者として仕事をしていた唯一の 知り合いに連絡をしてオーディションを受ける俳優事務所を選んだ。そして、久しぶりに映画館に映画を見に行こうと思った。相談していたのは大下ヒロトさんという俳優で、彼が出演する映画がポレポレ東中野で上映していた。それが『あみこ』だった。

映画はすごく刺激的だった。そのときの私が全く触れたことのなかった種類の熱があった。自分が見渡せる限りの世界を疑って静かにはげしく怒りながら突き進むあみこと、最低限の仲間を集めて10代でこの映画を撮ったという監督のエネルギーがスクリーンから溢れていた。上映の後に舞台挨拶があって、ヒロトさんと、主人公のあみこを演じた春原愛良さんと、山中瑶子監督が居た。みな若い、と思ったのを覚えている。言いようのない高揚感でポスターを買ったあと、劇場を出たところの、中央線の線路の前で監督と少し話した。映画監督の人と話すのは生まれて初めてだったからすごくドキドキした。ヒロトさんが手招きして紹介してくれたのだった。今でも大切な恩人であり、先輩であり、同志の人である。帰りの電車で、あみこの写真にヒロトさんのアカウントをタグ付けしてインスタグラムに投稿した。

次の日、知らないアカウントからダイレクトメールが来た。 「映画を作っている24歳です。昨日あみこでお見かけして、今たまたまインスタを見つけてしまいました。現在、準備している映画があります。急で恐縮なのですが、もし良ければyumiさんに出て頂けないかと思っています」

からだが止まった。起きていることがわからない。私をユーザーネームそのままで呼んで、映画に出てくださいと言っている人がいる。一体どこの誰なのか。なぜポレポレ東中野で見かけた私をネットの海の中から見つけたのか。タグを辿ってか。メッセージは、女性スタッフも連れて行くので一度話だけでも聞いて頂けないでしょうか、と続いていた。

今でこそSNSから離れている私だが、2000年生まれのZ世代、立派なデジタルネイティブである。小学生の頃から「ネットで知り合った人と会ってはいけません」と口すっぱく言われてきた。堅実な長女はついに夢に全ベットし始めたものの、冷静に身の安全は守ろうとした。こんなネットストーカーまがいの映画学生とリアルで会うべきではない。怖い。でも揺らいでいた。表現を生業にしたいと決意して足を運んだ劇場で初めて出る映画との出会いがあった、これが詐欺でも犯罪でもなく私の妄想でもなく、本当のことなら、奇跡なんじゃないかと思った。もしそうなら掴みたい。だから確かめなきゃいけない。芝山健太と名乗るその人としばらくメールでやりとりをして、自分なりに石橋を叩きながら、妥協点を見つけた。『平成最後の夏だった』を観に来てもらう。毎年相当な来場者数を叩き出すうちの高校の文化祭で顔を合わせれば、流石に不穏なことはできないだろう。変な人っぽかったらもう会わない。連絡をつけて、文化祭本番の日に学校に来てもらった。終演後、体育館の前で高校生でも親世代でもない年齢の芝山さんは目立った。人混みの中でなんとなく居心地悪そうな顔をして、約束通りスタッフの中川さんという女の人と一緒に来てくれていた。お互いに緊張しながら挨拶を交わし、芝山さんは「走っている姿が印象的でした」と言った。私は彼らがとてもまともっぽかったことに安堵した。次は喫茶店で映画の話をしましょうと約束をして、二人と別れた。こうやって私は初めて映画に出ることになった。奇跡と呼べる偶然があった、平成最後の夏だった。

ひとしきりドラマチックに書いてしまった後だが、言っておきたい事がある。高校生が、自分の顔写真を載せた公開アカウントで、DMで話した見知らぬ大人と会ったこと。私の選択はじゅうぶん危ないものだった。だからもし俳優を志すとても若い人がこれを読んでいたら、自分はまだ誰にも守られないということを心に置いていてほしい。私より後の人たちは慣れ親しんだインターネットでいくらでも人脈を広げられるはずだからこそ気をつけてほしい。このエピソードを美談のように公開すること自体にも加害性があるのかもしれない。まともっぽい/変な人っぽいの勘は容易く外れる。この世界に入ってみたらまともっぽくてやばい人ばかりだった。若い人のきらきらした望みを利用しようと寄ってくる悪がそこかしこに大小問わず存在していた。だから世界を疑って必要な自衛をして、渡り合って行ってほしい。あなたといつか会えるまで少しでもここをいい世界にできるようにあなたとお互いに力を尽くしたい。

当時の自分に思うことはたくさんあって直視したくない。いろんな所が恥ずかしくて愚かだった。『あみこ』は正直、そういう自分の青い記憶と繋がっていて、なんというか、みぞみぞする。山中さんや芝山さんやヒロトさんや春原さんに失礼なくらいに、こちらの好き勝手に、在りし日の自己像とあみこが結びついている。あみこを観に行くというあの日の小旅行は映画を作る側として覚えておかなきゃいけない体験なんだと思う。映画というものの形のなさは記憶と体験の伱間(あいま)に絡みついて染み付いて、人間の血肉になっていくんだなと思う。

あみこはあの日からずっと変わらずに、大人を信じてない顔をしてこちらを見ている。それでピュアなものを心の内に握りしめている。そのピュアなものに名前はつけない。そういう彼女は、やはり今の時点、私にとってシンボルと言っていい。だからまだ冷蔵庫の傍に居てもらおうと思っている。

(文・河合優実)

Profile

河合優実(かわい・ゆうみ)
俳優

2000 年生まれ。東京都出身。2019 年デビュー後、数々の新人賞を受賞。2022年は第14回TAMA映画賞<最優秀新進女優賞>、第35回日刊スポーツ映画大賞<新人賞>、第44回ヨコハマ映画祭<助演女優賞>を受賞。主な出演作に「サマーフィルムにのって」、「由宇子の天秤」、「ちょっと思い出しただけ」、「愛なのに」、「女子高生に殺されたい」、「冬薔薇」、「PLAN 75」、「百花」、「線は、僕を描く」、「ある男」など。公開待機作に初主演映画「少女は卒業しない」(中川駿監督/2月23日公開)「ひとりぼっちじゃない」(伊藤ちひろ監督/3月10日公開)がある。

■「人生を変えた映画」をもっと読む

【インタビュー】俳優・河合優実と映画監督・山中瑶子が語り合う──『あみこ』が変えた、わたしたちの人生。

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

RANKING

SPONSORD

PICK UP!