「舞いあがれ!」俗物編集者・リュー北條(川島潤哉)の評価が上がった<第93回>
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2022年10月3日より放映スタートしたNHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」。
本作は、主人公・岩倉舞(福原遥)がものづくりの町・東大阪と自然豊かな長崎・五島列島で人との絆を育みながら、空を飛ぶ夢に向かっていく挫折と再生のストーリー。
ライター・木俣冬がおくる「続・朝ドライフ」。今回は第93回を紐解いていく。
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貴司は成長できるのか
貴司(赤楚衛二)は第一歌集を出すにあたり壁にぶち当たっていました。あと10首、書かないといけないのですが、なかなか書けず、やっと書き上げたものをリュー北條(川島潤哉)は認めません。
史子「私には伝わりました」
北條「ふたりだけで通じ合ってれば」
信奉者の史子(八木莉可子)は北條の見解に反論しますが、北條は鋭く、貴司は伝えることを諦めているのではないかと指摘します。
創作において、ここはとても大事なところです。
他者にわかってもらえないことを、作品に転じて表すというやり方にもふたつあります。諦めて作品世界に閉じこもるタイプと、作品を作ることによって、わかってもらえなかったことを広くわかってもらうようにするタイプ。
史子と貴司はいまのところ前者です。北條は後者です。そして貴司には後者の可能性があると北條は考えているのです。
貴司を成長させようとする北條と、いまのままでいいと言う史子がぶつかるなかで、貴司はどちらを選ぶのかーー。
美しいソプラノを聞きたいがために少年の成長を止めるような残酷さを感じるね (リュー北條)
これ、名言でしたね。「黒蜥蜴」が美しい人を誘拐して剥製にしてしまうような感じですね。でもこれはこれで、ひとつの美意識かなと筆者は思います。殻に閉じこもって自分だけの美しいものに囲まれて生きることも否定はしたくないです。ただ、「舞いあがれ!」でやりたいことは、殻を破って成長して、たくさんのひとと繋がっていくことなのでしょう。
そのために北條は熱い恋の歌を書けと貴司に言います。
北條は自分を「俗物」と自覚しています。たくさんの人と繋がるのは「俗」になることでもあるのです。なかなか難しい話です。
北條の言ってることは、ドラマレビューを書くうえでも大事なことだと感じます。少なくとも、筆者は、たくさんの人にこのドラマは伝わるか? という視点で書いています。自分にはわかることでも、これがどれくらいの人に伝えるように表現されているか、と立ち止まって考えます。ところが、なかには、史子のような人がいて、自分はわかるの一点張りで、レビューを否定してくることがあります。史子のような人がいてもいいのです。教養があって感性もあってすてき。でも誰もがそうではないのです。
史子も「わかる」と言いつつ、解釈が貴司の真意と違っていました。要するに、真実よりも、それぞれが「わかった気」になることが大事であって、その「わかった気」になる人が増えてほしいと考えているのが北條です。
「わかった気」は悪いことではなくて、たくさんの人達がそれぞれの体験や感情に重ねられるということで、たくさんの人が「わかった気」になるものを作ることはほんとうに大変なことなのです。
リュー北條、ただの俗っぽい編集者かと思ったら、意外と骨のある人物のようで。「エルピス」の村井と同じく、SNSで手のひら返して受け入れられてました。これなんですよ、たくさんの人に受け入れられるということは。
【朝ドラ辞典 意外性(いがいせい)】やな人と思っていたひとが、実はいい人だったというパターンは大衆に好まれる。キャラ変とは違う。
(文:木俣冬)
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