映画コラム

REGULAR

2023年05月17日

<考察>『TAR/ター』をニューロティック・ホラーとして読み解く

<考察>『TAR/ター』をニューロティック・ホラーとして読み解く


ジェンダーレスな方法による権力の検証

▶︎『TAR/ター』画像を全て見る

この映画には、過去の差別的・ハラスメント的言動や行動に抗議して、排斥しようとする運動……キャンセル・カルチャーに言及する場面もある。ジュリアード音楽院で、ターが生徒に授業を行うシーン。

「バッハは女性差別主義者だから好きになれない」という若い音大生マックスの発言に対し「個人のパーソナリティーと、作品としての偉大さを同列に扱うべきではない」と彼女は執拗に彼を追い詰める。

もしくは、前任の指揮者アンドリス(ジュリアン・グローヴァー)との会話シーン。性的暴行の告発を受けて解雇となったジェームズ・レヴァインやシャルル・デュトワといった音楽家に対し、明らかに同情的な態度を見せている。リディアは芸術至上主義者であり、作家主義者なのだ。



実在の女性指揮者マリン・オールソップは、『TAR/ター』に対してはっきりと「不快な作品」と公言している。
「女性として、指揮者として、そしてレズビアンとして、この映画に不快感を覚えました。リディアを虐待者に仕立て上げるなんて、私にとっては心が痛むことでした。すべての女性、すべてのフェミニストは、そのような描写に悩まされるべきだと思います。この映画には、実際に虐待をしている多くの男性が登場しているはずなのに、代わりにその役回りを女性に据えて、男性的属性をすべて与えている。それは反女性的な感じがするのです」
ニューヨーカー誌のリチャード・ブロディ記者も「『TAR/ター』はいわゆるキャンセル・カルチャーに狙いを定めて、アイデンティティ・ポリティクスを揶揄する、退行的な映画だ」と一刀両断。#MeTooの文脈から、批判的な意見が噴出している。

だがケイト・ブランシェットは「私にとって、この映画が素晴らしいところ、そして物語が洗練されたところとは、ジェンダーレスな方法で権力を検証していることです」と反証。

▶︎『TAR/ター』画像を全て見る

監督のトッド・フィールドも「私は誰が権力を握ろうとも、それは彼らを腐敗させるものだと固く信じています。つまり、それは不幸な事実なんです。私たちは動物の一部です」と語っている。

そう、この映画はジェンダー論を振りかざす作品なのではなく、権力構造について切り込んだ作品なのだ。トッド・フィールドの発言をもう1つ引用してみよう。
「テーマとして、これは権力についての映画であり、権力はピラミッドであるということです。その頂点はどのように支えられているのでしょうか。その頂点とは、権力構造の頂点に座っている人物のことです。そしてそれは共犯関係であり、多くの人を巻き込む他の多くの事柄についてです」
ジェンダーも、年齢も、国籍も関係ない。権力に酔いしれるものは、誰であれ破滅への一途を辿ってしまう。

むしろマリン・オールソップが主張する「男性的」「反女性的」という属性を引き剥がすことで、『TAR/ター』はその臨床実験を遂行しようとしているのだ。

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

© 2022 FOCUS FEATURES LLC.

RANKING

SPONSORD

PICK UP!