人生を変えた映画

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2023年01月27日

イラストレーター・カナイフユキが綴る、セックス・ピストルズの映画が教えてくれた“2つの教訓”

イラストレーター・カナイフユキが綴る、セックス・ピストルズの映画が教えてくれた“2つの教訓”

一本の映画が誰かの人生に大きな影響を与えてしまうことがある。鑑賞後、強烈な何かに突き動かされたことで夢や仕事が決まったり、あるいは主人公と自分自身を重ねることで生きる指針となったり。このシリーズではさまざまな人にとっての「人生を変えた映画」を紹介していく。

今回登場するのはイラストレーターでコミック作家のカナイフユキさん。個人のアーティスト活動はもちろん、様々な雑誌や広告の世界でも活躍するカナイさんが、"反面教師”にしている作品があるのだとか。

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『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』

1975年に誕生したイギリスの伝説的パンクバンド、セックス・ピストルズ。そのバンドの仕掛け人でありマネージャーのマルコム・マクラーレンの視点で描かれた作品。1978年にバンドが解散した後、1979年に製作。貴重なライブ映像や伝説的なシドヴィシャスの銃乱射シーンなども収録。

あらゆるクリエイターにとっての優秀な反面教師

私はイラストレーターを目指し始めた頃、公募展やコンペに応募して審査員に選ばれるのを待つのではなく、「パンクの基本はDIY(自分でやれ)」の合言葉を胸に、個展を開いたりzineを配ったりして実績を作ろうと行動しました。

当時カナイさんが制作していたZINE

下手でも良いから、実力はなくても良いから、とにかく仕事の実績を作ること。ハッタリでも良いから、僕に任せてくださいと言うこと。技術は後から付いてくるものだから大丈夫。そんな風に思えたのは、この映画で語られるマルコム・マクラーレンの仕事術のおかげだったと思います。ニットやジーンズを破いたり、何にでも安全ピンを付けたりするのは14歳で卒業しましたが、その頃に吸収したものは今でも自分の行動指針になっている気がします。

この映画でマルコムが語るのは、自分のブティックに集まる不良の若者たちをバンドに仕立て上げ、素行の悪さを利用して話題を作り、いかにして金を稼いだかという成功譚です。彼らは空っぽで、演奏が下手で、このパンクムーブメントも自分の仕組んだ茶番なのだと強調する彼の語り口は露悪的で悪趣味ですが、しかし、登場するファッションは襟の形から袖の長さに至るまで何もかも完璧だし、衝動的なエネルギーに満ちた演奏にはつい首を振ってリズムを取ってしまいます。これがキャッシュ・フロム・カオスか......! と思春期の私は感動したのですが、あまりに単純だったなと今では思います。

後になって、この映画の内容がほとんどデタラメで、マルコムが自分に都合の良いように改竄したバンドの歴史だということを知り、私はそこからより多くのことを学びました。そもそも彼らが“ただの”不良というのがすでに嘘で、実際は労働者階級出身の社会に不満を抱えた若者であり、メンバーの大半はもともとバンドマンだったのです。それに、当時のパンクムーブメントは経済危機からの鬱屈した世間の空気を背景にしており、マルコムが作り出したと言うのは少々大げさです。おそらくメンバーの中にも社会にも、パンクの萌芽はありました。マルコムはそれを作り出したと言うよりも、利用したと言うのが正確でしょう。

私の得た教訓は「ジョニー・ロットンが破れた服を安全ピンで繋ぎ合わせ、マルコムがそのアイディアを盗んで流行らせ、売りさばいた」というエピソードに集約されている気がします。

第一に、ゴミを身につけるのをスタイルとして完成させるのは、ファッションデザイナーではなく貧困層出身の若者だということ。つまり、作り手のリアルな生き様から生まれたものにこそ、人を惹きつける魅力が宿るということです。

第二に、しかし、それだけでは貧しい若者は救われないということ。創造的な才能は搾取され、それを利用する商才のある他人が生き延びるのが資本主義社会なのだということです。そういう世界に生きていることを自覚して、どう行動すれば良いのか。それを今も考え続けています。

マルコム・マクラーレンの仕事は、知れば知るほど21世紀の人権感覚からするとゾッとするものばかりですが、しかし最も恐ろしいのは、彼が生涯のうちに盗んで利用したアイディアはどれをとってもおしゃれで、センスだけは最高に良いということです。彼はあらゆるクリエイターにとって、優秀な反面教師と言えるでしょう。

(文・カナイフユキ)

Profile

カナイフユキ
イラストレーター
1988年長野県生まれ。イラストレーター・コミック作家として雑誌や書籍に作品を提供する傍ら、 自身の経験を基にしたテキスト作品やコミックなどをまとめたzineの創作を行う。 主な仕事にケイト・ザンブレノ著『ヒロインズ』の装画や、レベッカ・ブラウン著、柴田元幸訳『ゼペット』の挿絵など。 自身の作品集としては、2015~2017年に発表したzineをまとめた『LONG WAY HOME』、 2022年に渋谷PARCOで開催した個展の様子を記録した『ゆっくりと届く祈り』が発売中。

Instagram:fuyuki_kanai
https://fuyukikanai.tumblr.com/

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