(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会
(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会

映画コラム

REGULAR

2023年08月26日

『SAND LAND』で描かれた現代でも他人事ではない「偏見」と「善と悪」の物語

『SAND LAND』で描かれた現代でも他人事ではない「偏見」と「善と悪」の物語



良きことだと信じている悪党こそが、恐ろしい

ゼウ大将軍は客観的には悪党そのものだが、本人はラオに「なぜきさまはいつも平和をみだすようなマネをする!昔からそうだった」と言ってのけ、ラオは「平和だと!?ふざけるな、こんなでたらめな平和があるか!」と憤る。自分たちが水源を抑え水を高額で売りつけ国民を苦しめてたとしても、ゼウ大将軍にとっては「平和のため」「良きこと」なのだ。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会

突然だが、伊藤計劃によるSF小説『ハーモニー』に、以下のような「善」について本質をついた記述がある。
良いこと、善、っていうのは、突き詰めれば「ある何かの価値観を持続させる」ための意志なんだよ。(中略)内容は何でもいいんだ。人々が信じている何事かがこれからも続いていくようにすること、その何かを信じること、それが「善」の本質なんだ。『ハーモニー』179ページ

この言説に則れば、確かにゼウ大将軍のやっていること、それに国民が疑いもせずに従うことは「善」であり、その価値観を存続させないように立ち向かってくるラオたちは「悪」なのだろう。自分のやったことにいっさいの罪悪感を得ず、良きことだと信じている悪党こそ、もっとも邪悪かつ恐ろしいというのも、ひとつの真理なのかもしれない。

ひねくれた正義感が、もっとも真っ当な「善」になる

そんなゼウ大将軍の対比となっているのはベルゼブブだ。「きのうは夜ふかしした上に歯も磨かずに寝てやったぜ!」などとたわいもないことで悪ぶっていて、「悪魔よりワルだなんて、許されると思うか?」と決めゼリフまで口にする。つまりは、ささいなことでも悪いことだと認識できるある種の純粋さを持ちながら、「自分より悪いやつは許さない」という、かなりひねくれた正義感も持ち合わせているキャラクターなのだ。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会

しかも、子どものようにゲームに夢中だったベルゼブブの実際の年齢は2500歳(くらい)。おっさんと呼ばれるラオよりも、老人そのものなゼウ将軍よりも年上なのだ。ゼウ将軍はそれこそ老人になって悪どさが増しているとも言えるのだが、それよりはるかに長い時間を生きていたベルゼブブは、きっとその性格はずっと変わらなかったのだろうと想像できる。

何より、「自分より悪いやつは許さない」という価値観を持ち続けたベルゼブブが、実は誰よりも「善」であるというのが、矛盾しているようでしていないのが面白い。さらに、ベルゼブブは虫人間の攻撃を受け続け、ついには怒りを文字通りに爆発させる。これも「普段はやさしい人ほど怒ると怖い」という、ひとつの真理だろう。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会

信頼があってこその、本当の善

結末はゼウ大将軍を倒してサンドランドの川に水が戻る、わかりやすくてスカッとする勧善懲悪の物語としてまとまっているものだった。そして、その後にラオとベルゼブブとシーフが、共にピッチ人たちに物資を届けようとする様が、なんとも気持ちがいい。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会

それはピッチ人の仲間を殺してしまったラオの贖罪でもあるのだが、きっと彼らのその行動はこれからも持続していき、ピッチ人の住処となった泉はもちろん、サンドランドがこれからより良い世界へとなっていくのだと想像ができる。

それができるようになったのは、彼らが偏見を乗り越えて、仲間として「信頼」をし合えたことが最大の理由だ。そして、その信頼した誰かのための行動をすること、それこそが本当の「善」なのだと思えるのだ。

(文:ヒナタカ)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会

RANKING

SPONSORD

PICK UP!