映画コラム
『ナイトメア・アリー』ギレルモ監督のダークファンタジーを読み解く「2つ」のヒント
『ナイトメア・アリー』ギレルモ監督のダークファンタジーを読み解く「2つ」のヒント
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3月25日に公開後、早くも話題作として映画ファンを騒がせている『ナイトメア・アリー』。監督は『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞の作品賞で映画界にその名を刻んだ、ギレルモ・デル・トロが務める。
本作は、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの「ナイトメア・アリー 悪夢小路」を原作に、ブラッドリー・クーパーはじめ豪華キャストを迎えて送り出すサスペンススリラーだ。夢への野心にあふれ、ショービジネス界で成功した主人公が、少しの慢心から人生を狂わせていく。
魅力的なキャラクターを目で追ううちに、我々はあっという間に主人公と共に巧みに張り巡らされた伏線と人間の嘘に惑わされ、魅惑と疑惑の織り重なる暗黒のファンタジーの世界へと引き摺り込まれてしまうのである。
今回はギレルモ監督が描く映画の世界を紐解くとともに『ナイトメア・アリー』をより楽しむためのヒントとしても役立てて欲しい。
※本記事は『ナイトメア・アリー』のネタバレを一部含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
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ギレルモ監督が描く「ハッピーエンド」
『クリムゾン・ピーク』(C) Universal Pictures.
ギレルモ監督が関わった作品といえば、『クリムゾン・ピーク』や『パンズ・ラビリンス』と言ったゴシックロマンの要素が強いダークファンタジーをイメージする方も多いのではないか。
これらのギレルモワールドの作中に登場するペイルマンやぺール・レディといったトラウマ級のヴィジュアルのクリーチャーたち(大人でも震えるヴィジュアルなので検索には注意してほしい)のインパクトもしばしば話題となった。
そして、これらのギレルモ監督のダークファンタジーは寂寥感漂うメリーバッドエンドを迎えることが非常に多い。
“メリーバッドエンド”とは受け手の解釈により、ハッピーエンドかバッドエンドかの解釈が分かれるような結末のことを指す言葉である。
その一方で、たとえば同じくダークファンタジー界の巨匠としてその名を世界に響かせる『チャーリーとチョコレート工場』や『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』でお馴染みのティム・バートン監督の作品の多くが、モチーフに闇を孕みながらもハッピーエンドであることも前提に置きたい。
『パンズ・ラビリンス』(C) 2006 ESTUDIOS PICASSO, TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ
『クリムゾン・ピーク』ではイーディスはトーマスを失い、『パンズ・ラビリンス』のオフェリアのラストは暗い影が残るまま。『スケアリーストーリーズ 怖い本』のサラが連れて行った子どもたちは結局元の世界に帰ってこない。
しかしこれらはホラー映画の枠組みにただ当てはめられるというわけではなく、だからこそラストは非常に幻想的であると共に、観る者に一種の教訓を示すのだ。
大きなネタバレは避けて通るべく、細かい部分には触れないが『ナイトメア・アリー』に至ってはスタンに示されたタロットカードの3枚目「吊るされた男」の逆位置がまさに彼の運命を教訓的に示していたのである。
正位置であれば成功のための礎となる努力を示す場合もある「吊るされた男」のカードであるが、逆位置の場合は、自分本位なエゴによる誤った努力の方向を指し示すともされている。そんな彼を待ち受ける皮肉な運命こそが『ナイトメア・アリー』の一番の見どころだろう。
ギレルモ監督は「政治、宗教、経済学では語らないような真実を語るため、おとぎ話が好きである」と公言しており、彼の作品に通ずる1つの指針でもあると言えよう。
あくまで個人的な印象として、『ナイトメア・アリー』のスタンをはじめ、ギレルモの描く主人公はどことなくみな自由奔放であり、掟や周囲の人物の忠告を破ろうとする。
オフェリアがペイルマンに襲われたのも、絶対に手をつけるなと言われていた食べ物を口にしたからであり、この「掟破りの罪には罰を」という因果応報の流れも古典的な童話の形式を踏襲していると言えるのではないだろうか。
『シェイプ・オブ・ウォーター』から見る、ギレルモ作品の2つの嘘の形
ギレルモ監督の代表作品といえばアカデミー賞の作品賞ほか4部門を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』だろう。
口の利けない孤独な女性が、政府の極秘研究所で出会った人ならざる「彼」と恋に落ちる物語について、この純愛で「持たぬ者」同士の愛が描かれていたと筆者は考えている。
声を持たぬ主人公・イライザと、人外であるが故に人の生活を持たぬ「彼」。その点をなぞらえるのであれば『ナイトメア・アリー』は「持ちすぎた者」の愛の行方を描いていると言えるだろう。
富や権力への人間の欲求はときに恐ろしくもなるほどに止まらない。スタンは人を掌握できるほど莫大な金を手にするクライアントですら、最終的には愛を欲しがっていることに、目の前の金に目が眩み気がつくことができない。
『シェイプ・オブ・ウォーター』(C)2017 Twentieth Century Fox
ギレルモ監督の描くファンタジーは虚構と現実が意図的に錯綜しており、『シェイプ・オブ・ウォーター』にいたってはラストにかかる主人公と「彼」の逃亡は一種のイライザの願望による妄想であると解釈できる場合もあるだろう。
しかし『ナイトメア・アリー』に至っては、スタンが現実の中で嘘を重ね手に入れた虚構がバラバラと絶望的に崩れていく様が印象的である。本作の重要なモチーフである「嘘」はときに人を心の傷から守ってくれるものでもあるが、一歩使い方を誤ると当人を奈落の底へと突き落とす。
『シェイプ・オブ・ウォーター』に垣間見えるギレルモの描く虚構は、愛のための優しい嘘であると捉えられるが、『ナイトメア・アリー』に至っては嘘つきへの制裁と分不相応な欲への戒めとみることができるだろう。
『シェイプ・オブ・ウォーター』(C)2017 Twentieth Century Fox
ショービジネスやエンターテイメントというものは観客を楽しませるためのフィクションでありながらも、演者は常に現実の中にいてその虚構に取り込まれてはならないというメッセージでもあるのかもしれない。
そう考えると『ナイトメア・アリー』という嘘をテーマにした1つのエンターテイメントの軸には、現実世界で地道に生き抜くことの難しさや圧倒的な才能への嫉妬や苦悩というものも隠されているように感じられる。
ギレルモ監督の描くダークファンタジーは、決して理想的な救いを施す夢物語の理想郷ではない。しかし、だからこそ作品から得た教訓はこの現実世界でも我々を導く唯一無二のロザリオとなる代物だ。
ぜひ夢幻的な思惑が重なる『ナイトメア・アリー』の世界の扉を叩き、美しき悪夢の顛末を劇場で見届けてほしい。
(文:すなくじら)
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