『スイート・マイホーム』齊藤工監督と原作者・神津凛子が語るクリエイション。ダイレクト・シネマ的に紡がれた原作を劇映画化した過程
長野在住の歯科衛生士にして3児の母でもあるというプロフィールからは想像もつかないほどの恐怖描写はすぐさま話題を呼び、映像化のオファーが殺到。その結果、俳優としても活躍する一方、『Blank13』(’18)や『ゾッキ』(’21)でも演出家(ないし映像作家)としての手腕を発揮している齊藤工監督の手に託された。
映画が完成した今、あらためてクリエイター同士として顔を合わせた両者に、物語を紡ぐことに対するアプローチやプロセス、手法といった視点から「作品づくり」を語ってもらうことに。単なる原作者と監督へのインタビューにはとどまらない、実に興味深く充実した内容の対談とあいなった。
先生のリアクションに「この方向性で間違っていないんだ」(齊藤)
▶︎本記事の画像を全て見る──神津先生はクリント・イーストウッドの撮った映画がお好きだそうですが、今回の『スイート・マイホーム』実写化を手がけた齊藤工監督も、言わずもがなイーストウッド同様に俳優と監督……2つの顔を持っていらっしゃいますね。
神津凛子(以下、神津):素敵なご縁をいただいて、マルチに活躍されている齊藤工さんに私の小説を映画にしていただきました。そう考えると……もしも専業の映画監督の方が撮っていらっしゃったら、また違ったテイストの作品になっていたのかもしれませんね。出来上がった映画を拝見して、齊藤監督や制作に携わったみなさんの目には、『スイート・マイホーム』はこのように見えていらっしゃったんだなと思ったと同時に、「あ……私、このお話知ってる!」というような感覚で、没入して作品を観ることができました。
──先ほど、「お久しぶりです」とご挨拶を交わされていらっしゃいましたが、映画化に向けてお二方の間で何度かコミュニケーションをとられたと解釈してもよろしいでしょうか……?
齊藤工(以下、齊藤):そうですね、先生と直接お目に掛かってお話させていただいたことはもちろん、担当編集の方や制作陣も一緒に打ち合わせをさせていただきながら、進めていきました。キャスティングについて、「この方に演じていただこうと考えていますが、いかがでしょうか?」と先生にうかがって、後押しするようなリアクションもいただいたので、コミュニケーションを重ねるごとに「この方向性で間違っていないんだ」と前進する力を分けてもらいながら、映画化へたどり着いたという感覚を抱いています。
それと、新築の家が舞台というのも面白いなと思いました。今までの恐怖映画ですと古来の家であったり、住みついた者たちの歴史に基づいたホラーやサスペンスになっていたりしましたけど、真新しいからこその怖さも確かにあるな、と。
撮影でも運良く住宅展示場のモデルハウスが見つかったので、そこで撮影させていただいたんですけど、普段は誰も生活していない住居の空虚感というのは異様というか、不気味なものがあるんですよね。参考にした作品もいろいろとあるんですけど、新居が舞台という映画はほとんどなくて。なので、ロケハンをしながら神津先生ならではの“建て付けの妙”を感じてもいたんです。
「忘れがたいシーンを見せてもらえるという期待感を抱いた」(神津)
▶︎本記事の画像を全て見る──ちなみに、神津先生は齊藤監督の撮られた映画をご覧には……?
神津:はい、何作か拝見していました。普段からいろいろな映画を観ていますが、「もしかすると私はこのシーンを目にするために、この映画を観ようと選択したのかもしれない」と感じることが多々ありまして。齊藤監督の映画にはそう思わせるシーンが必ず組み込まれているので、『スイート・マイホーム』も齊藤監督に撮っていただけるのであれば、そういった忘れがたいシーンをいくつも見せてもらえるだろうという期待感を抱いていました。例を挙げるとキリがありませんが、特にラストでのある人物の表情がとても素晴らしかったです。
──そのお話も踏まえまして、齊藤監督はクリエイターとしてどのような思いを抱いていたのかうかがえますか?
齊藤:最近ですと是枝(裕和)さんが監督を務めた『怪物』(’23)もそうですが、黒澤明監督の『羅生門』(’50)スタイルと言いますか……“正義の反対は悪ではなく、もう1つの正義だ”という視点で事象を見つめることが、もしかすると映像表現における主題なんじゃないかと思ってもいるんですね。『ジョーカー』(’19)や『ダークナイト』(’08)も然りですけれど。
それで言うと、『スイート・マイホーム』の原作における甘利(浩一/演:松角洋平)のエピソードも捨てがたくて。彼のエピソードに主眼を置いたスピンオフを撮りたいなと思うくらい愛おしかったんですけど、割愛せざるを得なかったんです。それはある種、神津先生の原作を削り取らなければならない──しかも自分が好きなトピックであっても剪定する、胸の痛む作業にいそしむ日々でもあって。その作業は日活の試写室で台本をプロジェクターに映写しながら、脚本家の倉持(裕)さんたちと1行1行を精査していったんですが、コロナ禍だったこともあって淡々と取り組んでいった結果、1年掛かってしまいました。でも、制作に掛かったすべての時間が必要だったと、今は思っています。
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齊藤:そんなふうにしてシナリオを構築していくにつれて、ある人物の終盤での表情をあまり面と向かって映しすぎないということを自分の中で決めました。実際、ショットとしてはそれなりに捉えているんですけど、絵として分かりやすく見せるよりも神津先生が原作で描かれたように、その人物が定義する“反対側の正義”を浮き彫りにしたかったんです。
モンスター化したという輪郭だけで描くのは何か違うなと思ったので、そこについては映画を観てくださる方それぞれに、該当するキャラクターの表情を捉えていただけたら──と願っていて。「原作では個々のキャラクターがご自身の中で動き出した」と神津先生はおっしゃっていますけど、確かに脇役がいない小説だと僕も思っていたので、キャスティングの段階でも、脚本に物語を落とし込む段階でも「脇役などいない」という思いのバトンを受け取ったつもりで描こうと心がけていました。
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