【ラストマイル】「アンナチュラル」も「MIU404」も観ていない——それでも心に突き刺さる
野木亜紀子脚本、塚原あゆ子監督がタッグを組んだ映画『ラストマイル』は、テレビドラマ「アンナチュラル」と「MIU404」と世界観を同じくする「シェアード・ユニバース」であると宣伝されています。マーベル映画ですっかりお馴染みになったクロスオーバー的な作品ですね。
テレビドラマのファンの方なら、この映画でさらに世界観を深掘りできたり、好きなキャラクターが再登場したりして、きっと盛り上がれることでしょう。一方で、近年のマーベル映画でもよく言われますが、このようなタイプの作品は“一見さん”にはちょっとハードルが高いことも。
しかし、『ラストマイル』は違いました。2作のテレビドラマを全く観たことがないどころか、なんの予備知識がなくても、1本の映画作品として楽しめます。
実際に筆者は、「アンナチュラル」も「MIU404」も観ていないのですが、公開初日の午前中に観に行って心から良かったなと思えるくらい、満足度の高い鑑賞体験となりました。
本稿では、シェアード・ユニバースの前2作を全く知らない筆者が、『ラストマイル』をどう楽しんだのか、どんな点に惹かれたのかを書いてみたいと思います。
※本記事は『ラストマイル』の一部ストーリーに触れています。未鑑賞の方はご注意ください。
多数の有名俳優登場で、ミステリー度がアップ
物語は、大手ショッピングサイト「DAILY FAST」の大型物入センターが舞台。商戦期であるブラックフライデーに、このサイトで注文された小包が爆発。何者かが商品の中身を爆弾にすり替えるという事件が発生します。
その事件発生直前に物流センター長として赴任してきた舟渡エレナ(満島ひかり)は、チームマネージャーの梨本孔(岡田将生)とともに、警察の捜査の中、動機も正体も、あと何個爆弾があるかもわからない中で、物流を止めずに事件の解決を図ろうと躍起になりま。す
エレナを中心に、DAILY FASTの関係者・警察・運送業や下請けの配達業者など、様々な関係者のエピソードが絡み合い、物語が進んでいく構成です。
物語を推進するのは「誰が何の目的で爆弾を仕掛けたのか」というミステリー。多数の登場人物が矢継ぎ早に登場しますが、「果たしてこの中に犯人がいるのだろうか?」と気にしながら、物語のディテールまで目を凝らしながらの鑑賞となりました。
ここでおそらく、2作のドラマを鑑賞している方なら、既存の登場人物は犯人ではないとわかっているのだろうなと思います。しかし筆者は「アンナチュラル」と「MIU404」の登場人物を把握しておらず、誰が誰だかわからない状態のため、物語のミステリー展開にあわせて、誰もが怪しく見えてきます。
この手のミステリー作品は、大物俳優や悪人役に定評がある俳優がキャスティングされている場合など、キャストで犯人バレすることが往々にしてあります。しかし、本作はおそらくドラマから引き続き登場しているのであろうキャラクターが大勢出てくるだけでなく、名のある役者ばかりのため、誰が犯人か見当がつきませんでした。
犯人と動機探しのミステリーという点では、むしろ前2作のドラマを見ていない方が楽しめるのではないかとすら思いました。
物語の骨格となる展開は『ラストマイル』オリジナルのようなので、ドラマとのつながりを強く意識せずとも鑑賞できます。登場人物の人間関係も、本作だけでだいたい察せられます。
ひと癖あるキャラクターが多く、ワンシーンだけでも印象に残るキャラクターが多いのは、脚本と演出の巧みさがなせる業なのでしょう。
グローバル資本に翻弄される人間たち
そんなミステリー要素で最後まで手に汗握りなが観ていましたが、それ以上に素晴らしいと思ったのは、現代社会を射抜く鋭い批評眼がこの作品にはあることです。
野木亜紀子脚本作品はいくつか観ているので、社会に対する眼差しがあるのは驚くことではありませんでした。その上で、エンタメとして魅せることを全く犠牲にせずに、社会派作品としても高いレベルで成立させていることには脱帽です。
アメリカ資本のショッピングサイトであるDAILY FASTは、グローバル資本主義の権化のような存在で、数字とシステムが全てを支配しているかのような世界です。リアルタイムで稼働率が画面に表示され、70%を下回らないようにエレナたちは気を配らなければなりません。
エレナはしたたかな女性です。警察が倉庫で爆弾探しをするなら、それを逆手にとって警察のお墨付きが出た商品から出荷していくなど、驚異的な機転を利かせます。ここが本作の優れたポイントです。
女性がセンター長という要職に就いて活躍しているという点は社会に生きる女性のエンパワーメントである一方で、そんな女性の社会進出という「大義名分」をも巨大資本が利用して、人名よりもビジネスを優先させるシステムを構築しているということ。エレナが勇敢で知的な主人公であると同時に、巨大資本の歯車の一部として組み込まれ、人命軽視のビジネスに貢献してしまう。ここが社会に対する鋭い洞察を本作に与えていると思いました。
一応、爆弾騒ぎの犯人は具体的に存在しますが、突き詰めると本作は、世界を覆う規模で膨れがあがった巨大な資本と、個の人間の対決の物語でした。
ネットショップは便利です。現代人はその便利さに支えられています。しかし、この便利なシステムの犠牲になっているのは一体誰なのかと想いを馳せる物語になっています。普段、PCやスマホの画面で「ポチる」先に人間がいて、私たちの利便性のために何らかの犠牲を強いられているわけです。
爆弾騒ぎで死者が出ていても物流を止めない企業幹部、爆弾が入っているかもしれない荷物を届けなければいけない下請けの配送業者が痛烈に対比されています。恐ろしく人命軽視な姿勢ですが、「映画だから現実よりも露悪的にしているんだろう」とは思えません。実際に人権は軽視され、苦しんでいる人のニュースは日々流れてきますし、かなりの部分が現実と重なる物語だと思います。
すでに私たちの生きる現代社会は、DAILY FASTのような巨大グローバル資本のシステムに支配されていると言えます。そんな中でも人間性を失わずに生きるにはどうすべきなのかを考えるきっかけを与えてくれる物語でした。
映画を観終わって劇場を出たら、ちょうど配送業者の方が炎天下の中で仕事しており、反射的に思わず軽く一礼してしまいました。
物流というのは、経済の血液のようなものです。誰かが物を運んでくれないと血液は回らず経済は死んでしまいます。その血液を循環させてくれている人々への感謝の念も湧く、素晴らしい作品でした。
(文:杉本穂高)
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