『Tシャツが乾くまで』で、中島歩が気になっている。
TBS系金曜ドラマで園田樹生を演じる彼を、もうひとつの夫婦の物語から見つめてみるのはどうだろう。
今回紹介するのは、市川実日子が主演し、中島がその夫を演じた『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』。
2023年にBS松竹東急で放送されたテレビドラマだ。

物語の中心にいるのは、結婚15年目の夫婦・藤田ジュンとヨシヲ。
ふたりが始めるのは、歴史上の人物にまつわる料理を、現代の台所で作ってみるという試みである。
料理のおいしさはもちろん気になる。
けれど、この作品で注目したいのは、その手前にある時間だ。
何を作るかを考える。知らなかったことを知る。
同じ料理に、ふたりで向き合う。
長く一緒に暮らしていても、まだ一緒に面白がれることがある。
中島歩の演じるヨシヲに出会うなら、そんな夫婦の小さな冒険を楽しむつもりで、再生ボタンを押してほしい。
今夜はマリー・アントワネット。台所が世界史の入口になる
ジュンとヨシヲが暮らすのは、東京・吉祥寺から歩いて20分ほどの、のんびりした地域。
大学職員のジュンが、知り合いの教授から歴史料理のレシピを教えてもらったことをきっかけに、ふたりは「歴メシ」に挑戦することになる。
原案となったのは、歴史料理研究家・遠藤雅司の『歴メシ!決定版 歴史料理をおいしく食べる』(晶文社)。
歴史の記録をひもとき、昔の料理を現代でも楽しめる形に再現するレシピ本だ。
ドラマの第1話で取り上げられるのはマリー・アントワネット。
第2話ではユリウス・カエサル、第3話ではソクラテスへと、食卓のテーマが移っていく。
ソクラテスの回には、哲学に関心を持つジュンの姪・沙良も料理作りに加わる。
名前だけを並べると、ずいぶん難しそうに聞こえるかもしれない。
けれど、入口にあるのは年号や試験問題ではなく、「その人は、何を食べていたのだろう?」という素朴な疑問だ。
たとえば、マリー・アントワネットにまつわる献立には「ヒラメの元祖ホワイトソースがけ」が登場する。
王妃の食事と聞いて遠く感じていたものが、料理の名前になった途端、少しだけ身近になる。
もちろん、当時の食材や調理環境を、何もかも厳密に復元する企画ではない。
日本で手に入らない食材は、現代の身近なものに置き換える。
遠い時代のレシピを、自分たちの台所で試してみるのだ。
この気軽さがいい。
歴史に詳しくなってから料理を作るのではなく、料理を作ることから歴史に近づいていく。
王妃も、政治家も、哲学者も、まずは同じように食事をしていた人として想像してみる。
世界史の予習より、少しの食欲と好奇心。
そんな入り方が似合うドラマである。

料理を“手伝う夫”ではなく、一緒に面白がる相手
中島が演じるヨシヲには、押さえておきたい人物設定がある。
漬物メーカーに勤める彼は、長野での単身赴任中に料理の楽しさを知った。
調理の段取りを考えたり、片付けながら作業を進めたりすることも好きな人だ。
ジュンの趣味に付き合うだけではなく、自分自身にも料理を楽しむ理由がある。
だから、ヨシヲを見るときは、妻の料理を手伝う夫というより、同じことを面白がれる相手として捉えたい。
誰かが用意してくれたものを食べることと、何ができるのか分からないところから一緒に作ること。
そのふたつには、違った楽しさがあるはずだ。
歴史料理なら、長年の得意料理のようにはいかない。
どんな味になるのか、どう作ればいいのか。
ふたりとも、まだ答えを知らないところから始められる。
結婚15年目という設定と「歴メシ」という題材は、ここで面白く結び付く。
長く連れ添ったからこそ、相手について知っていることは多い。
それでも、ふたりで知らないことに出会えば、新しい会話のきっかけが生まれる。
昔の料理を作る行為が、いまの夫婦に新しい時間をもたらすのである。
ヨシヲの魅力を、何でもできる理想の夫かどうかで測る必要はない。
一緒に暮らす相手と、同じものに興味を持てること。知らないことの前に、並んで立てること。
そんな関係の楽しさを、中島の夫役から探してみたい。

「自然体」だけでは片づけられない、市川実日子と中島歩の芝居
この夫婦の会話には、撮影の方法を知ることで、もうひとつの見どころが生まれる。
第1作の撮影を振り返ったインタビューで、中島は「セリフが突然削られたり、アドリブが入ったり」と説明している。
基本は手持ちカメラで、現場で思い付いたショットも撮っていく方式だったという。
市川も、テストをせずに本番撮影へ入ることに驚いたと話している。
ただし、アドリブがあるからといって、俳優が普段のまま自由に話しているだけではない。
シリーズの制作を振り返った対談で、吉見拓真監督は、ふたりが台本を深く読み、ジュンとヨシヲとして相手の言葉を聞き、受け止めてから話していると説明している。
企画・シリーズ構成の清水啓太郎も、俳優の「素」ではなく、役について考え抜いた芝居であることを強調していた。
自然に見えることと、何も考えずに演じていることは、まったく違う。
決められた台詞を言うだけでなく、目の前の相手から返ってきたものを受け取る。
その瞬間に生まれた反応も、役の一部としてつないでいく。
制作陣の言葉からは、そんな芝居の難しさが見えてくる。
中島に注目して観るなら、自分が話しているときだけでなく、市川の言葉を聞いている時間にも目を向けたい。
どんな言葉を口にするかと同じくらい、誰の隣に、どういるか。
その見方を持つだけで、“夫婦を演じる”という仕事の面白さに近づけるのではないだろうか。
派手な見せ場だけで俳優を好きになるのではない。
誰かと過ごす時間を、もう少し見ていたくなる。
『À Table!』は、そんな入口からも味わってほしい作品だ。

「自分は平凡」と思う人にも、物語はある
料理をする夫婦の、穏やかな日常。
そう紹介すると、悩みのない人たちが、おいしい食事を楽しむだけのドラマを想像するかもしれない。
けれど、ジュンの人物像を知ると、もう少し違った輪郭が見えてくる。
市川はインタビューで、ジュンについて、自分を平凡だと思い、夢を諦めたところもある人物だと説明している。
その彼女が、生き生きとした女性たちに出会い、刺激を受ける。
歴史に触れることと、人と出会うことが、ジュン自身の時間にも関わっていく。
食卓が穏やかだからといって、そこに座る人の心まで、いつも平穏とは限らない。
いまの暮らしに大きな不満がなくても、このままでいいのだろうかと考えることはある。
誰かの充実した姿に、うらやましさを覚えることもある。
そんな心の動きを、大事件の陰に追いやらずに見つめる視点が、この作品には用意されている。
放送前のプロデューサー・上江洲茉央のコメントでは、ジュンが壊れかけのガスコンロを買い替えるか悩むことも紹介されていた。
日常の小さな選択から、運命や自分の意思について考える物語でもあるという。
ガスコンロをどうするかという話と、人生をどう選ぶかという話。
一見すると、ずいぶん大きさが違う。けれど、私たちの暮らしは、そうした小さな判断の積み重ねでもある。
何を残すか。何を変えるか。今日は何を作るか。
「歴史のレシピ」を入り口に、遠い誰かの人生だけでなく、自分の過ごしてきた時間にも目を向ける。
『À Table!』を、単におしゃれな料理ドラマとして片づけたくない理由が、ここにある。
偉人の食卓から、自分たちの「今日」へ
中島は本作の出演発表時、学校で習った歴史では大きな事件が印象に残っていても、人々が何を食べていたかという身近なことは、あまり覚えていないと語っていた。
古今東西の暮らしを知ることと、夫婦の間にあるさまざまな思いが描かれること。
その両方に、作品の魅力を感じていたという。
この言葉は、本作へのいい案内になる。
歴史を変えた出来事の向こうにも、誰かの暮らしがある。
反対に、ありふれて見える暮らしにも、その人だけの時間がある。
ジュンとヨシヲが料理を作るという設定を通して、そのふたつを同じ食卓で考えてみる。
歴史の授業とは違うかたちで、過去と現在の距離が縮まっていく。
本作は、第39回ATP賞テレビグランプリのドラマ部門で奨励賞を受賞している。
全12話で、本編は各話約26分。
まずは一話、ふたりの台所を訪ねるつもりで観てみるのもいい。
中島歩を目当てに再生したのに、いつの間にか、知らない料理が気になっている。
市川実日子との夫婦の時間に引かれながら、自分にもまだ面白がれることがあるのだと思う。
そんな出会いになったら、うれしい。
今夜、何を観よう。明日、何を食べよう。
『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』は、そのふたつの楽しみを、ひと続きにしてくれるかもしれない。

作品情報
『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』
2023年/日本/テレビドラマ
初放送:2023年1月9日〜3月27日、BS松竹東急
全12話/本編各話約26分。
出演:市川実日子、中島歩 他
原案:遠藤雅司(音食紀行)『歴メシ!決定版 歴史料理をおいしく食べる』(晶文社)
企画・シリーズ構成:清水啓太郎
脚本:横幕智裕
監督:吉見拓真
配信サービス一覧
『À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜』
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