高岡早紀が演じた、最もエロティックで美しい『四谷怪談』のお岩

高岡早紀はあやしい女優だ。

童女のようにあどけなく、成熟した色香をにじませるたたずまいはしどけない。時代劇でも見せる数多くの演技では、怪美で妖艶な存在感を立ち上らせている。

そんな彼女の奥深い魅力をたっぷり堪能できる時代劇映画が、深作欣二監督の『忠臣蔵外伝四谷怪談』(1994年公開)である。

(C)1994 松竹株式会社

今回はあやしき女優・高岡早紀が22歳の時に演じたあやかし、お岩の魅力を語っていきたい。

深作欣二と古田求が描いた異色の四谷怪談

まず、お岩とは何者か。
彼女は江戸時代後期、反骨の戯作者・鶴屋南北(四代目)の代表作『東海道四谷怪談』(※以下『四谷怪談』)のメインヒロインである。

『四谷怪談』を知らない人でも、幽霊となった彼女のただれ崩れた半面くらいは、ピンとくる人も多いのではないだろうか(わからなくても、検索ですぐ調べられるので、詳しく書かない)。

忠臣蔵の裏の物語という体裁をとった『四谷怪談』は、江戸時代後期の退廃と猥雑、ケレン味やグロテスク趣味、武家社会へのアイロニーなどの毒がふんだんに取り入れられている。
そうしたオリジナルの毒はそのまま受け継ぎ、深作監督お得意のアクションやエロスなど現代的な要素が加えたのが本作である。

本作は、スリリングな展開、高い文芸性、独自の歴史観、ハードなロマンティシズムを兼ね備えた物語と、出演俳優たちの演技が高く評価され、日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞などの各賞を総なめした。
(ちなみに、脚本は『鬼平犯科帳』『御家人斬九郎』『阿部一族』など多くの時代劇脚本を手がけた名匠・古田求が担当している)

エロいを超えてエロ美しいお岩

さて、そんな本作のお岩が、オリジナルや他の『四谷怪談』作品と最も違う点は、彼女自身の設定である。

本作のお岩(以下、お岩)は、それまでの作品では堅物の武家娘という設定だったのが、なんと、隠れ湯女(現代で言うならソープ嬢?)となっている。
それも世間知らずで字も読めない、天真爛漫で心の優しい娘というふうに、お岩の性格設定も従来から大胆に変更されているのだ。

武家のストイックさや格式から解放された本作のお岩は、若木のように弾けるような生命力と、みずみずしい色香を発散する。
その抜群のプロポーションも、薄い浴衣の上からでもわかる官能的な曲線を描いており、老若男女の観客をクラクラさせるのだ。

お岩が匂わせる妖艶な色香は、彼女が素人女ではないことを暗に示している。
だが、運命の男・民谷伊右衛門(佐藤浩市)と出会ったとき、彼女が見せる屈託のない笑顔は、その色香とアンバランスなほどあどけない。

そんな謎めいたエロスに満ちたお岩に、観客は伊右衛門同様、彼女は何者かと関心を持たずにいられない。

このお岩の無垢と妖艶さのギャップこそが、今も健在である高岡早紀という女優の真骨頂である。

お岩は(設定上の必要もあり)本編中の随所で何度も、惜しげもなくその美しい裸身をさらす。乳房を見せる入浴シーンや、雨の中で演じる伊右衛門とのラブシーンは凄艶の一言である。
エロ美しいという言葉は、この映画の高岡早紀のためにあるといっても過言ではない(過言だ)。

そんな体当たりの演技も評価されて、高岡早紀はこのお岩役で、前述の日本アカデミー賞では最優秀主演女優賞と新人俳優賞をダブル受賞し、キネマ旬報賞、報知映画賞、ブルーリボン新人賞など、めぼしい賞はほぼ総なめで獲得している。

個人的には、作品の価値を賞などの権威で語るべきではないとは思っている。
が、本作のお岩は女優・高岡早紀にとっても、その後のキャリアにおけるひとつの原点といえることは説明できると思う。
高岡早紀にとって、この映画の妖艶なお岩は究極のはまり役であり、同種の色香を持つ彼女にとっても運命の女だったのではないだろうか?

文芸の香り漂うアクション時代劇映画

『忠臣蔵外伝四谷怪談』のお岩は、単にエロ美しいだけのヒロインではない。

従来の『四谷怪談』でのお岩は、夫・伊右衛門の裏切りから命を落とし、伊右衛門への恨みと未練から幽霊となり、復讐を果たしていく。
が、本作のお岩の役割は、幽霊となりながらも「主人公・民谷伊右衛門の迷える魂の救済」をすることである。

はっきり言おう。
高岡早紀が演じるこの映画のお岩の本質は「愛」だ。

本作は深作欣二監督テイストの娯楽映画である。中身にはエロもアクションもホラーもスプラッタもある。渡辺えりこや荻野目慶子の演じる悪役はめちゃくちゃ怖いし生首も飛ぶ。

が、それらエログロはあくまでサービス要素の一つであって、この作品の本質ではない。

この映画のプロットは「孤独で愛を知らぬ男の魂が苦悩し、葛藤し、堕落し、彷徨した果てに、女の捨て身の愛によって救済される」だ。
あのドイツの文豪・ゲーテの代表作『ファウスト』ばりの文学性を持つ、文芸アクションホラー映画なのである。

この映画が『魔界転生』など、他の深作欣二監督のアクション時代劇の作風を継承しつつ、それまでと違った文芸路線を指向していることは、音楽や演出でもわかる。
本作は、宣伝ポスターの絵にはクリムトの『接吻』、オープニング曲は『カルミナ・ブラーナ』の『おお、運命よ』、劇中ではマーラーの曲が絶妙なタイミングで流れるなど、ゲルマン系芸術を取り入れているのだ。
江戸文学を基にした時代劇と、ゲルマン系芸術。
このインパクト強烈な組み合わせが、虚実一体の本作に、絢爛豪華なオペラのような雰囲気を与えている。

主人公の浪人・民谷伊右衛門も、ある意味で文芸作品の主人公にふさわしい。
伊右衛門は過去のトラウマから、何事も斜に構えて見ており、投げやりで、中途半端で、そのくせ野心だけは強い。不幸な運命に流され、ニヒルに生きる、デスペレート男の典型である。

同時に伊右衛門は、天涯孤独の境遇で、愛し愛されることを知らない虚無の人だ。
彼は、仲間である赤穂藩士たちの仇討ちにも、お岩の献身的な愛にも、戸惑うばかりで、自己中心的な反応をとるしか知らない。

伊右衛門は、彼を慕うお岩にも(自分からお岩の店を訪ねていき、ほぼ無理矢理に彼女を抱いているにも関わらず)ぞんざいな態度で接する。
お岩から妊娠したと聞かされれば、「なんで俺の子供かわかるんだよ」と開き直り、仇討ちをやめて彼女と家庭を持つと決めた後も「この女とのつましい暮らしに何がある」と勝手なモノローグを展開する(モノローグは講談社から出ている古田求の同作ノベライズ版による)。

そんな不器用な伊右衛門の後を、天真爛漫、一生懸命についていくお岩はいじらしい。
お岩は、愛する伊右衛門の孤独と悲しみを理解し、苦悩も葛藤も欠落も共有しようとする。伊右衛門が不幸な運命によってどこまでも堕ちていくのなら、彼の罪を自分も背負い、地獄の底までついていくのである。

それは迷える衆生を救う菩薩のような慈愛だ。
男に死後の世界まで恋着する魔道でもある。

お岩は、恋する乙女、妖艶な娼婦、怨霊、そして菩薩など、複雑な内面を持ち、女性が持つさまざまな顔の集合体、女の業そのものといっていい。
演じる高岡早紀も、非常に高度な演技力を必要としたと思われる。
だからこそ、公開から20年以上経った今も、人間のさまざまな顔を描いた本作と、あらゆる女の業を具現したヒロインのお岩は、今も色あせない輝きを放っている。

本作の「お岩さん」が美しい理由

本編の中盤以降、伊右衛門はお岩を捨て、彼に横恋慕する伊藤家の令嬢・お梅(荻野目慶子)と祝言を挙げる。
そしてお岩は、伊藤家の策略によって飲んでしまった毒により、見るも無惨に崩れた容貌となり殺される(このあたりのくだりは南北のオリジナルや他作品の『四谷怪談』と共通している)。

顔の崩れたお岩は、伊藤家に体も心も傷つけられたことへの悲しみ、怒り、憎しみを、絶叫という、最もプリミティブな方法で表現する。獣のような叫びをあげる高岡早紀の顔はすさまじい。

だが、顔が崩れても、本作のお岩は美しい。
下世話な世界観でも、悲惨な展開でも、文芸映画のヒロインの顔は美しくあるべきといわんばかりに、彼女は美しい。
なぜか。
お岩のただれた顔は、愛する夫・伊右衛門の罪の象徴だからだ。

本人の意思に関係なく、関わる者たちにことごとく死と不幸を招いてきた伊右衛門の悪業。
愛する男を破滅に導くそれを、お岩は自らの美しかった顔にまさに受けたのだ。
それはお岩にとって、いわばキリストの聖痕のようなものだ。

だから、本作のお岩の幽霊は、伊藤家の人々に復讐をしても、伊右衛門の前ではただ泣くだけだ。両目から流す血の涙も、恨みではなく、伊右衛門への哀れみと悲しみ、恋しさからである。

本作の伊右衛門もまた、お岩を恐れない。自分の因果の犠牲となって死んだ彼女を哀れんでさえいる。
金づるの伊藤家もお岩の幽霊に殺され、仇討ちの仲間から見放された伊右衛門が思うのは、彼女と暮らしたつかのまの日々である。

だから彼は、お岩の幽霊が、自分だけをとり殺さない理由がわからず苦悩する。

生きるのに疲れ果てた伊右衛門は、死にたいとばかりに自暴自棄になり始める。
そして、元赤穂藩の筆頭家老・大石内蔵助から「憐れみ」という残酷な仕打ちを受けて、身も心も傷つく。
彷徨の果てに、伊右衛門は、吉良邸でもし赤穂藩の仲間たちが吉良を討ち、無事に本懐を遂げたことを見届けた後、雪の中で息絶える。

現世との縁が切れた伊右衛門は、同時に武士の業や恩讐や妄執からも解放される。

そんな伊右衛門の魂を黙って見守ってきたお岩。
雪の中で二人きりになったとき、伊右衛門の側に立つお岩の顔が大写しになる(ここは本編でぜひ確かめて欲しい)。

お岩の顔を息をのんでまじまじと見た伊右衛門は、万感を込めて言う。

「お岩。おまえの顔、今までで一番きれいだ」

と。

私はこの映画のお岩が、最も美しいお岩さんの幽霊だと思う。
ここまでの凄絶さをもって純愛を貫いたお岩を、私は他の『四谷怪談』作品では知らない。
われわれが、この運命の女・お岩を観ることができたのは、深作監督や古田求の脚本に加え、高岡早紀という天才的な存在感と演技力を持つ女優あればこそだと思う。

と、長々と『忠臣蔵外伝四谷怪談』のお岩にスポットをあてて、高岡早紀の魅力を解説をしてきた。

聖と俗、善と悪、魔性と神性、憎しみと愛、相反する多面性は、本作のお岩だけが持つ魅力であり、女優・高岡早紀の持ち味そのままとなっている。
そのあやしい美しさは時の流れに色あせることがない(結婚、出産を経てあの美しさは掛け値なしに凄いと思う)。

高岡早紀は、これからいくつ歳を重ねても、そのときに合った美しさを身につけて、いろいろな女性を演じていくのだろう。その変幻自在の美しさを、私はこれからも、できるだけ長く見ていたいと思っている。

(文:烏丸 桂(カラスマ ケイ))


    ライタープロフィール

    烏丸 桂(カラスマ ケイ)

    烏丸 桂(カラスマ ケイ)

    時代劇オタクライター。別名義で『この時代小説がすごい!』(宝島社)シリーズ他、日本史全般(古代から幕末まで)、世界各国の宗教・神話、美術関係の書籍のほか、歴史・時代物メディア作品ガイドも執筆。『シミルボン』『日刊サン』などでも小説・漫画レビューを書いています。

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