『スパイの妻』と黒沢清監督とホラー&スリラーと『クリーピー』

第77回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した黒沢清監督作品『スパイの妻』が、10月16日より公開となりました。

太平洋戦争が勃発する1年前の1940年、神戸で貿易会社を営む優作(高橋一生)は、聡明で美しい妻・聡子(蒼井優)と仲睦まじく暮らし、仕事の方も順調。

しかし仕事で満州に赴き、帰国してからの彼は何か聡子に隠し事をしているかのようです。

そんな折、殺人事件が発覚。被害者は優作が満州から連れ帰って来た女性でした。

聡子は優作に疑念を抱き始めるようになり、やがて衝撃の真相を知らされますが、そのとき彼女の取った行動は……?

と、ここまではまだ前半で、この後更なるサスペンスが映画を盛り上げるとともに、夫婦の運命を狂わせていきます。

シネフィルとしても知られる黒沢監督ですが、ここではアルフレッド・ヒッチコックやフリッツ・ラングなどサスペンス・スリラー映画の名匠に倣いつつ、その中から妻と夫、それぞれの意地や執念みたいなものを的確に描出。

特に蒼井優は、戦前戦中の日本映画を研究したとも思しき、当時の日本人女性のアクセントを再現した台詞回しを披露しているのにも感服させられました(今の日本の若い女優って、昔の時代を描いた作品なのに、今風の語尾を伸ばすアクセントで台詞を喋る人が多いのですよ)。

また、クライマックスからラストにかけての展開をここで記すわけにはいきませんが、ラストショットの蒼井優は、あたかもマリオ・バーバ監督作品に登場する悲しみのホラー・クィーンのように見事に映えていました。

そう、黒沢清監督といえば、やはりホラー&サスペンス&スリラー映画の名手(でも1990年代はコメディ作品にも才を発揮していました)。

というわけで、今回は黒沢清監督作品の魅力をおさらいしてみましょう!

黒沢清監督の
輝かしいキャリア

黒沢清監督は1955年7月19日、兵庫県の生まれ。

高校時代より8ミリ映画制作を始め、立教大学に入学してから本格的に自主映画制作に没頭するようになるとともに、蓮實重彦が教鞭をとる映画学の授業に強い影響を受けました。

大学4年で長谷川和彦監督『太陽を盗んだ男』(79)の制作助手を、81年には相米信二監督の『セーラー服と機関銃』の助監督を務め、プロの映画製作を実践的に学んだ後、1983年にピンク映画『神田川淫乱戦争』で監督デビューを果たします。

84年に第2作にっかつロマンポルノ映画『女子大生・恥ずかしゼミナール』を撮りますが、にっかつ側が難色を示して納品を拒否したため、追加撮影&再編集して一般映画『ドレミファ娘の血は騒ぐ』として劇場公開。

その『ドレミファ娘~』に出演していた伊丹十三に実力を買われて、89年には伊丹が製作総指揮したホラー映画『スイートホーム』を、また同年には井筒和幸、高橋版名監督と共同のオムニバス映画『危ない話 夢幻物語』の中でもホラー短編エピソード“奴らは今夜もやってきた”を、92年には松重豊のデビュー作でもある『地獄の警備員』を披露し、徐々にジャンル・ファンの注目を集めることになっていきます。

また90年代は関西テレビ「DRAMADAS」枠内の「もだえ苦しむ活字中毒者・地獄の味噌蔵」(90)などや「学校の怪談」シリーズの「花子さん」(94)などでも堂ジャンルを開拓。

一方で90年代は『893タクシー』(94)や哀川翔主演『勝手にしやがれ‼』6部作(95~96)といったコミカル・アクションにも才を発揮しつつ、寄生虫ホラー『DOORⅢ』(96)や、哀川主演の『復讐』2部作および『蛇の道』『雲の瞳』(98)2部作といったフィルムノワールも今では伝説的存在となって久しいものがあります。

そして1997年、関わる者すべてに殺戮衝動を覚えさせる力を持つ若者をめぐるホラー・スリラーの傑作『CURE』以降、主演の役所広司との名コンビが始まり、『カリスマ』(99)『ドッペルゲンガー』(03)『叫』(07)などを発表。

同時に『ニンゲン合格』(99)『大いなる幻影』(99)といったヒューマン映画も手掛けるようになり、ホラー&ヒューマンの双方で注目されることになり、2001年のホラー『回路』が第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を、2008年の『トウキョウソナタ』は第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞し、国際的にブレイクしていきます。

2010年代も『Seventh Code』(13)が第8回ローマ映画祭最優秀監督賞を受賞するとともに、主演の前田敦子も以後『散歩する侵略者』(17)『旅のおわり世界のはじまり』(19)と、黒沢映画の常連になっていきました。

2015年のゴースト・ファンタジー『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」監督賞を受賞し、また2016年にはオール海外ロケ&キャストの恋愛ホラー『ダゲレオタイプの女』も発表。

こういった国際的にどんどん評価されていった流れを振り返っていくと、『スパイの妻』のヴェネチア銀獅子賞受賞も当然かなといった感がありますね。

黒沢演出のエッセンス満載!
『クリーピー 偽りの隣人』

クリーピー 偽りの隣人

さて、そんな黒沢監督が2016年に発表したスリラー映画『クリーピー 偽りの隣人』も、黒沢演出のエッセンスが満載された、ファンにとって見逃せない作品です。

前川裕の『クリーピー』を原作に、郊外の一軒家に引っ越してきた夫婦(西島秀俊&竹内結子)が、不気味な謎の隣人(香川照之)に翻弄され、やがては元に戻れないほど大きく運命を狂わされていくさまを描いていきます。

ここで黒沢監督は自身が大きな影響を受けたトビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ』(74)に倣うかのような精神的にズシンとくるホラー描写を披露しており、そのことも含めて原作ファンの賛否を呼ぶことにもなりましたが、逆に黒沢映画のファンからすると溜飲が下がるものがあることでしょう。

主演の西島秀俊は『ニンゲン合格』(99)『LOFT』(06)と黒沢監督の演出のツボを心得た上での、巻き込まれながら堕ちていく悲劇の主人公を好演。

また『スパイの妻』にも出演している東出昌大や笹野高史も、本作をはじめ黒沢映画の常連として知られています。

さらにはこの作品の香川照之を見れば、今や超話題のTVドラマ「半沢直樹」の顔芸の原型みたいなものも容易に感知できることでしょう。

ヒロインに扮した竹内結子に哀悼の意を捧げつつ……、黒沢清監督ならではの悪夢の世界をとくと堪能してみてください。

(文:増當竜也)

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ライタープロフィール

増當竜也

増當竜也

増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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