ブルース・リーが出演を熱望したキン・フー監督作品たち

2020年7月3日より東京グランドシネマサンシャインなど全国各地で“猛龍生誕80周年記念”《ブルース・リー 4Kリマスター復活祭2020》が開催されます。

これは永遠不滅のアクション・スターであり優れた武闘家でもあったブルース・リーの生誕80周年を記念して、彼が主演した映画4作品を4KリマスターでDCP上映するというもの。

特筆すべきは、今回上映されるのは日本初公開時の英語版もしくはそれを極力再現したヴァージョンということ(たとえば日本初公開版の中には独自の英語主題歌が入っていたりもするのです)。

さて、今なお不滅の神話として世界中の映画ファンや格闘&武術を志す人々からリスペクトされ続けているブルース・リーですが、そんな彼が一緒に仕事することを渇望しつつ、その早すぎる死によって叶わなかった名監督がいます。

その名もキン・フー(1931~1997)。

日本で彼の存在が話題になり始めた頃は“香港映画界の黒澤明”と称されたこともあるほど、ダイナミックで格調高い作風で武侠映画の数々を発表し、それによって香港&台湾では武侠映画のブームが巻き起こり、やがてそこからクンフー映画ブームへ枝分かれしていきながら、ブルース・リーはもとよりジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポーなどの逸材が次々と輩出されていくことになったのでした。

いわばアジア映画界を代表する巨匠にして名匠、それがキン・フー監督なのです。

今回はそんな彼の監督作品の中で現在配信にて鑑賞が可能な2作品をご紹介したいと思います。

アジア圏内で大ヒットした
『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』

キン・フー監督は1931年に中国・北京に生まれ、19歳の時に香港へ渡り、ショウ・ブザラーズでデザイナー&俳優&脚本家として活動し、1965年に『大地兒女』で映画監督デビュー。

第2作の『大酔侠』(66)が大成功したことによって、香港は武侠映画ブームが巻き起こります。

そんなキン・フー監督がショウ・ブラザーズから離れて台湾で撮った第3作が『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』(67)でした。

お話の舞台となるのは中国・明朝の時代、景泰8年(西暦1457年)。

暴政を繰り返す宦官のツァオ(パイ・イン)は無実の罪の大臣を処刑し、その子どもらには龍門へ流刑の命令を下しました。

しかし子どもらの復讐を恐れるツァオは、すぐさま配下のピイ(ミャオ・ティエン)とマオ(ハン・インチェ)を長とする刺客一味を差し向けます。

一味は龍門の荒野に佇む一軒の宿“龍門客棧”で子どもらを待伏せしようとしますが、そこに宿の主人ウー(ツァオ・ジエン)を訪ねてきた謎の男シャオ(シー・チュン)によって翻弄されていきます。

さらにはチュウ兄妹(シュエ・ハン&シャンカン・リンホン)も現れ、刺客は次々と返り討ちに!

実は彼らこそ、大臣の子どもたちの命を救うためにやってきた凄腕の剣客たちだったのですが、暗殺が阻止されたことを知ったツァオは、ついに自ら龍門客棧へ赴くのでした…!

ここでは善と悪がはっきり分かれた明快な図式のもと、壮絶な武侠アクションが集団抗争劇のもとで繰り広げられていきますが、当時としては斬新な殺陣の手法を駆使し、また縦の構図を意識しながら奥行き豊かに魅せる映像、京劇調の音楽や効果音を大胆に起用するなど、その後の武侠映画の基礎はこの作品にてほぼ固められたといっても過言ではないでしょう。

また『大酔侠』でヒロイン・アクションの道を開拓したキン・フー監督は、ここでもシャンカン・リンホンやシュー・フォンといった女優陣に壮絶な立ち回りを披露させています。

本作は台湾のみならず香港や東南アジア各地で記録的大ヒットとなり、一躍アジア映画界の俊英としてキン・フー監督は躍り出ます。

実は日本でほぼほぼリアルタイムで劇場公開されたキン・フー作品は本作のみで、1968年に初公開されたときの邦題は『血斗竜門の宿』。しかも当時は北海道と中京地区のみのスプラッシュ上映で、その後ブルース・リーのブーム到来とともに『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』と改題されてリバイバルされたのでした。

世界的巨匠へ昇りつめる
きっかけとなった『侠女』

『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』の後、オムニバス映画『喜怒哀楽』(70)の“怒”のエピソードを演出したキン・フー監督は、続いて台湾&香港の合作で堂々3時間の超大作『侠女』上下2部作(70&71)を発表します。

舞台は明朝末期、しがない書生のグー(シー・チュン)は、オウヤン(テイエン・ポン)という男からチンルー砦のことを聞かされて興味を示し、まもなくしてそこに住む美しい女性ヤン(シュー・フォン)と恋に落ちていきます。

しかしヤンの正体は政府に反旗を翻して処刑された大臣の娘で、オウヤンは彼女の命を狙う刺客でした。

ヤンは父の部下だったシー(パイ・イン)らとともに、父の復讐を果たそうと目論んでいたのです。

かくしてグーは、自らの知識を駆使してヤンに協力することになるのですが……。

『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』などでもおなじみ中国の古典文学「聊斎志異」の中の一編から大筋のみを借りて、自由な発想のもとで王朝の権力争いがもたらす陰謀の数々に壮大な武侠アクション、さらには宗教的色彩なども魅惑的に加味しながら、雄大なる流れのドラマがロマンとダイナミズムを同居させながら綴られていきます。

シー・チュンやパイ・インなど『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』に出演していた俳優たちが多く出演し、いわゆるキン・フー映画の常連キャストが定着していきますが、中でもやはり主演のシュー・フォンの凛としたバトル・ヒロイン像は圧巻!

彼女はこの後も『忠烈図』(75)『山中傳奇』(79)などのキン・フー監督作品でヒロインを演じ、その象徴ともなっていきます。

また、同じく『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』に出演していたハン・インチェが本作では出演に加えて武術指導も担当しており、特に中盤の“竹林の戦い”のシークエンスは武侠映画史上に残る優れものとして、今なお語り草となっています。
(ちなみに彼はウルース・リー主演映画『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』でも出演&武術指導を担当しています)

そして本作が第28回カンヌ国際映画祭にて高等技術委員会グランプリを受賞。これは中華圏映画として初の快挙であり、これによってキン・フーの名声はアジアから飛び出て一気に世界へ轟きわたることにもなったのでした。

なお本作は台湾では2部構成で、香港では双方を繋ぎ合わせた1本の作品として公開。

日本では2部作が映画祭上映され、ビデオ発売された際も「第一部:チンルー砦の戦い」「第二部:最後の法力」といった副題がつけられていましたが、その後ようやく日本で2017年に念願の劇場初公開された折は、双方を繋いだデジタル修復版での上映となりました(現在配信中のものも、このヴァージョンです)。

さて、本作が第28回カンヌ国際映画祭にて高等技術委員会グランプリを受賞。これは中華圏映画として初の快挙であり、これによってキン・フーの名前はアジアから飛び出て一気に世界へ轟渡ることにもなったのです。

そして『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』の大ヒットと『侠女』の国際的名声は、当時映画スターとして頭角を現し始めていたブルース・リーを大いに刺激し、いつかキン・フー監督作品に出演するというのを、彼はひとつの目標に掲げるようにもなっていきましたが、残念ながら1973年に32歳の若さで死去。

一方、キン・フーはその後も中華版“七人の侍”とでもいうべき『忠烈図』(75)や、東洋幻想ファンタジー劇の極みともいえる『山中傳奇』(79)などの名作群を世に送り出し続けますが、1997年に死去。

もしブルース・リーがその後も健在だったら、70年代後期から80年代の前半あたりにかけて、キン・フー監督とのコラボレーションが実現していたかもしれないと思うに、今は天国で両者が意気投合して新作映画を撮影していることを願うのみ……。

そういった想いを馳せつつ《ブルース・リー 4Kリマスター復活祭2020》を、そしてキン・フー監督作品群を鑑賞していただけたら、また何か異なる味わいがあるかもしれませんね。

(文:増當竜也)

他の記事も読む
映画の配信情報をチェック!
                  

ライタープロフィール

増當竜也

増當竜也

増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

ピックアップ

新着記事

WP Facebook Auto Publish Powered By : XYZScripts.com