『異人たちとの夏』と『SADA 戯作・安部定の生涯』:大林宣彦監督作品の魅力の一例!

“映像の魔術師”の異名をとった大林宣彦監督が今年4月10日、82歳で惜しくも亡くなられました。

現在、大林監督作品の功績が至るところで語られていますが、映画ファンもそれに応じていつまでも大林監督作品を見続けていきたいもの。

今回はそんな大林作品の中で一見真逆のような、しかしながら根底では共通する2作品をレビューしてみました。

近所にレンタルDVD店がない方でも、どちらも現在デジタル配信で見られますので、ぜひこの機会に!

亡き両親と再会する
幻想譚『異人たちとの夏』

『異人たちとの夏』(88)は名脚本家として知られる山田太一が記した同名小説を原作に、同じく名脚本家の市川森一が脚色し、大林宣彦監督がメガホンをとった現代の幻想怪異譚です。

主人公は40歳のシナリオライター原田(風間杜夫)。

妻子と別れて孤独な日々を過ごしていた彼は、ある夏の日、ふらりと生まれ育った浅草に赴いたところ、そこで何と12歳のときに事故で死に別れた両親(片岡鶴太郎&秋吉久美子)と再会します。

ふたりは28年前とまったく同じ風情で、そのことに驚きつつも原田は現実とも幻想ともつかない妖かしの世界へ自ら入り込み、まるで少年に戻ったかのように両親と憩いのひと時を過ごすようになります。

しかし、その頃から彼の体は徐々に衰え始めていき、彼と同じマンションに住む恋人のケイ(名取裕子)はもうふたりに会わないように懇願。

原田も両親がこの世のものでないことは重々承知ではあり、やがて苦渋の決断を強いられることに……。

まるで『牡丹灯籠』現代版のような生者と死者の哀しくも切ない交流は、見る側に子どもの頃の両親へのノスタルジックな想いまでも蘇らせてくれます。

ここでの大林監督は、他作品ほどに戯画的なテクニックをお披露目するのではなく、昭和30年代後半の浅草とそこに生きる市井の江戸前的息吹さえ描出し得たら、それだけで映像の魔術が成し得ることを確信しながら演出にあたっているようで、そのために当時はまだ黎明期でもあったハイビジョンを駆使するなど実験精神にも怠りはありません。

大林作品には珍しく大人のラブシーンがふんだんであったり、また幻想ファンタジーの中特殊メイクによるホラーチックな描写もありますが、さほど怖いものではありません。

ビールにアイスクリーム、とどめのスキヤキなどのアイテムは、確実に昭和の懐かしい時代にタイムスリップさせてくれます。

江戸前台詞が粋に決まる父親役の片岡鶴太郎(それまで人気コメディアンとして知られていた彼は、本作で俳優としても大ブレイク)、我が子に対する慈愛を全身から自然に醸し出す母親役の秋吉久美子の名演は、もうこうして書いているだけで泣けてきて仕方がないほど感動的。

またそんな母の優しさは、現代の主人公の恋人を演じる名取裕子の孤独とも実は巧みな対比になっており、そのことに気づけば今なおファンの間で論議の的となっているクライマックスも納得できるのではないでしょうか。

主要キャストの周りで多くの大林映画常連キャストが登場しますが、そこにまぎれるかのように『ゴジラ』などの名匠・本多猪四郎監督を八つ目うなぎ屋の親爺役で特別出演させることで昭和ファンタジーの元祖にオマージュを捧げているのも見逃せないところでしょう。

徹底的な大林流“安部定事件”
『SADA 戯作・安部定の生涯』

昭和11年(1936年)、愛する男を殺害してその性器を切断し、大事に持ち歩いていた、俗にいう“安部定事件”をモチーフにした作品は田中登監督の『実録安部定』(75)や大島渚監督の『愛のコリーダ』(76)といった名作がありますし、また石井輝夫監督の『明治大正昭和 猟奇女犯罪史』(69)には本人(当時63歳)も登場します。

そんな安部定の少女期から事件までの15年余を、西澤裕子の原作・脚本『SADA』を基に大林監督が持ち前の戯画感覚たっぷりに描いた意欲作が『SADA 戯作・安部定の生涯』(98)です。

ここでは黒木瞳が15歳から31歳までの定の人生を力強くも可愛らしく体現していきますが、その姿を捉える大林監督の目線は(特に前半部は)徹底的に戯画的でコケティッシュです。
(定がドーナツ好きという設定も、何とも大林監督らしいエロスのアイコン的計らいだなあとは思います)

スタンダード画面にモノクロとカラー映像を交錯させつつ、コマ送り、誇張された俳優陣の演技やメイクなどなどおもちゃ箱をひっくり返したかのようなセンスに、旧来の日本映画が得意とするウェットな“女の悲劇”的なものを求める向きは仰天すること必至でしょう。

何せ主題歌のタイトルからして《愛のサダバダバ》と、一見素っ頓狂で人をおちょくっているかのようですが、いざ映画の流れに身を委ねていくと、これが実に感動的かつ情緒豊かに作品にしっくりとはまっているのです。

また、そうした描写の数々から、彼女の体を通り過ぎて行った男たちの無様さや滑稽さ、醜さなどが徹底的に滲み出ていきます(またわかる人にはわかるように、戦争や軍隊に対する鋭い批判も……)。

同じ男性たるこちらとしては、もう「ごめんなさい!」と定さんに謝りたくなってしまうほど。

しかし、だからこそ映画の後半、定がついに出会う運命の男性・龍蔵(史実では吉蔵)の魅力が映えわたるとともに、映画全体の雰囲気も徐々にしっとりとした(でもベタベタしていない)落ち着いたものに転じていきます。

龍蔵を演じるのは片岡鶴太郎。『異人たちとの夏』に続く大林映画での名演で(この2作の間に作られた1994年の吉永小百合主演『女ざかり』では、本人とわからないほどの特殊メイクで登場して怪演!)、この後も大林作品の常連俳優として出演本数を重ねていくのでした。

題材が題材だけに大林映画としては『異人たちとの夏』以上の濃厚なラブシーンも見られますが、前半部の戯画的なものから一転して龍蔵との一連のシーンは艶めかしくも切なく美しいものに成り得ています。

事件そのものやその後の顛末などの描写(こちらもあっと驚くもの!)は実際にご覧いただくとして、実際の安部定は1905年生まれで1974年以降は消息不明となっており、そこで大林監督は「もし定さんが現在(1998年)も生きていたら、93歳……」という認識のもとで演出にあたっています。

もし大林監督が今安部定を描く映画を撮ったとしても、きっと「115歳の定さんへ」とエールを送っていたことでしょう。

本作は第48回ベルリン国際映画祭批評家連盟賞を受賞するなど、国内よりも海外で評価されました。それは安部定事件に対する日本人の固定観念を大いに覆した内容が、海外のほうが純粋に“映画”として見てもらえたと、個人的にはとらえています。

『異人たちとの夏』と『SADA 戯作・安部定の生涯』、技巧こそ違えながらどちらも昭和という時代のノスタルジーの中から、そこで健気に生きた男女の愛憎を肯定した人間讃歌に成り得ていることは大いに訴えておきたいところです。

少女を魅力的に描くことに定評のある大林作品ですが、この2作における秋吉久美子、名取裕子、黒木瞳といった大人の女性たちのそれまでにない美しくも憂いある描出も特筆的でしょう。

一方で、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような映像世界、つまりは「映画は現実とは違います。だからここで描かれているのはウソの世界ですよ。でもそこから真実が見えてきませんか?」と問いかけ続けた大林監督の名言「ウソから出たマコト」を体現させた秀作として強く一見をお勧めしたいところです。

(文:増當竜也)

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ライタープロフィール

増當竜也

増當竜也

増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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