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2018年07月27日

『バケモノの子』細田守監督の“狙い”がわかる5つのこと【解説/考察】

『バケモノの子』細田守監督の“狙い”がわかる5つのこと【解説/考察】



(C)2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS


細田守監督による人気アニメーション映画『バケモノの子』。

本作は「新冒険活劇」と銘打たれており、9歳の少年とバケモノの男との交流が“父と子”のように描かれているのが大きな特徴。細田守監督は“王道でありながら新鮮”な内容になっていると語っていました。ここでは、この『バケモノの子』がなぜそのような内容になっているのかを解説するとともに、細田監督が制作に当たって参考にした作品など、さらに面白く観られるポイントを紹介します。

※以下からは『バケモノの子』本編のネタバレに触れています。まだ観たことがないという方は、鑑賞後に読むことをオススメします。

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1:きっかけは“自分に男の子が生まれた”こと! “いろいろな形の父親や師匠”とは?


細田守監督は本作『バケモノの子』の制作のきっかけを、以下のように語っています。

「自分に男の子が生まれて、現代において子供は誰が育てて行くのだろう、どうやって大きくなるのだろうと考えた。本当の父親だけでなく、いろいろな形の父親や師匠が世の中にはたくさんいて、そういう関わりが1人の子供を育てて行くのではないか。それを映画にしたいと思った」

言うまでもないことですが、その“いろいろな形の父親や師匠”にあたる劇中の人物には、本音を包み隠さない悪友のような猿のバケモノの多々良と、人が良さそうで粗暴な熊鉄をしっかり批判したりもする豚のバケモノの百秋坊などがいます。

バケモノの熊徹は粗暴で無頓着で、ライバルの猪王山に“子供のよう”とも言われていて、とても9歳の子供(九太)の父親がわりにはなれそうになかったが、彼を取り巻く人々(多々良と百秋坊)の支えもあり、子供は立派に成長していく……これこそが、『バケモノの子』で細田監督が最も描きたかったことでしょう。もっと平たく言えば、現代では威厳のある父親が1人で子供を育てていくというのは難しい、だけど「男親(父親)がダメ人間でも、彼とその子供を支えてくれる友達がいれば良いのかもしれない」という新たな家族像を提示しているというわけです。

“いろいろな形の父親や師匠”を拡大して解釈すれば、人間界で九太が出会う女子高生の楓も、人間界での生き方(大学への進学)や漢字の読み方を教えてくれる、ある意味では師匠と言える存在です。父の知らないところ(世界)で誰かと出会い、人生に必要なことを学んでいく……これも普遍的に、現実で起こりうることでしょう。

『バケモノの子』は現実ではあり得ないことが起こるファンタジー作品でありながら、現実に当てはまる新たな家族や師匠のあり方を寓話的に提示しているとも言えます。そして、自身または周りから得た家族の関係を作品に落とし込み、そこから現代ならではの価値観を示していく、というのは『サマーウォーズ』から最新作『未来のミライ』にまで通じている細田監督の作家性であり、だからこそ“細田監督にしかできない”と感じるほどの強烈な魅力があるのでしょう。



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2:参考にしたのはジャッキー映画だった!


本作『バケモノの子』は参考にした、またはオマージュを捧げている作品がかなり多くなっています。最もわかりやすいのは、ジャッキー・チェンが主演を務めたカンフー映画『スネーキーモンキー 蛇拳』でしょう。

『バケモノの子』と『スネーキーモンキー 蛇拳』には、弟子(主人公)がひとりぼっちであったり、師匠がダメ人間であったり、師匠と弟子が一緒にご飯をがっついて食べるといった共通点がたくさんあります。中でも九太が地面に書かれた熊徹の足取りを真似するというシーンは、ほぼそのまま『スネーキーモンキー 蛇拳』にもあったりもするのです。

更に、細田守監督は『バケモノの子』の物語をひと言で表すと“修行もの”であると答えており、近年ではブルース・リーやジャッキー・チェン主演映画のような“修行をする作品”がないと考えたことも制作のきっかけになっていたそうです。つまり、『スネーキーモンキー 蛇拳』を表面的にマネしただけということではなく、主人公が成長する過程でしっかり修行をするというカンフー映画そのものへのリスペクトを捧げているのでしょう。また、そうした作品を知らない子供や世代の方にも、この『バケモノの子』でその魅力を知ってほしい、という意図が細田監督にはあったのです。



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3:他にもこんな作品からの影響も!


『バケモノの子』から連想される映画は、『スネーキーモンキー 蛇拳』だけではありません。“3人の男が突如現れた子供の世話をする”というのは、『スリーメン&ベビー』というコメディ映画に似ていて、やはり細田守監督は「作っている途中では意識していなかったのですが、影響を受けていたのかもしれません」と公言していたりしているのです。

黒澤明監督からの影響もたっぷりとあり、熊徹は『七人の侍』の菊千代という粗暴なキャラ(彼を演じていた三船敏郎)にそっくりで、多々良や百秋坊も『七人の侍』に出演していた多々良純と千秋実がモデルになっているようです。九太という適当な名前をつけるくだりも『用心棒』からの引用ですね。

さらには、エンドクレジットでは「山月記」で有名な中島敦の作品「悟浄出世」が参考文献として挙げられています。「悟浄出世」は、誰もが知る「西遊記」をベースとした作品のうちの一編で、孫悟空ではなく沙悟浄が主人公になっています。その主人公が自身のアイデンティティに悩んだり、賢者たちに教えを乞うために旅に出るといったことが『バケモノの子』と一致していました。

その他、細田監督は宮崎駿監督について「当然ながら子供の頃の憧れの監督で、かつて夏休みに観た多くの作品は忘れようにも忘れられません」と語っており、その“夏休みにアニメ映画を観る”という特別な体験を現代の子供にも提供したいと考えて作品を作り上げているところもあるようです。こうして過去の作品にあった魅力を、現代の作品に取り入れて蘇らせようとしているということも、細田監督作品の素敵なところです。



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4:『白鯨』が意味しているものとは?


劇中ではハーマン・メルヴィルによる「白鯨」も引用されています。この物語における白鯨は船長の片脚を奪った復讐の対象で、“運命”や“神”とされることもありますが、『バケモノの子』では白鯨は鏡に映り込んだような“自分自身”と解釈されており、心の闇に取り込まれてしまった一郎彦そのものを指していました。

九太が言っていたように、一郎彦は九太自身が“そうなっていたかもしれない”人物です。一郎彦は「自分が人間なのか」「バケモノなのか」という矛盾に耐えられずに暴走し、九太もまた「人間の世界で生きるべきか」と迷っていたのですから。

その九太が闇に堕ちなかったのは、さまざまな“強さ”を知る旅を経験し、「意味なんか自分で考えるんだ」という教えも得て、何より熊徹だけでなく、多々良と百秋坊、楓といった“いろいろな形の父親や師匠”がいたおかげです。対して一郎彦は“父の猪王山のようになりたい”という価値観しか持ち合わせなかった上に、“(人間であったので)絶対そうはなれない”疑問の答えも晴らすことができず、暴走してしまう結果になったのです。

「白鯨」が引用された理由も、そこにあるのではないでしょうか。その物語の船長のように、周りも巻き込んでただただ復讐を目指すといった“絶対の価値観”は多大な危険もはらんでいると……。“いろいろな形の父親や師匠”がいれば、それは回避できることなのかもしれませんね。



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5:細田守監督の集大成的な作品だった!


プロデューサーを務めた川村元気は、『バケモノの子』で細田守監督に「全部やってもらう」ことを目指していたそうです(事実、細田監督が今回はキャラクターデザインの他、脚本までもを手がけています)。

それは『おおかみこどもの雨と雪』で立ち上げたスタジオ地図を“細田守監督の色に染めていく”ことが必要だと考えたからなのだとか。その結果というべきか、『バケモノの子』は家族の物語になっていること、思春期の男女が惹かれ合うこと、異なる2つの事象(世界)の間で主人公の感情が揺れ動くなど、これまでの細田監督作の特徴がほぼ全てが盛り込まれている、集大成的な内容になっていると言ってもいいでしょう。

また、『バケモノの子』の後半では『時をかける少女』よりもさらに前に作られた『ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』の“ダークさ”も存分に感じられる内容になっています。「ジャケット詐欺」と言われてしまうほどにホラー的で、子供も観る映画とは思えないほどのグロテスクな描写もあるので気軽にはオススメできませんが、細田監督の作家性の一側面を知るという目的で、一度は観てみて欲しいです。



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おまけ:合わせて観てほしい“子育て映画”はこれだ!


最後に、上記に挙げた作品以外で『バケモノの子』を彷彿とさせる、血の繋がりのない父と息子との関係が描かれた、オススメの“子育て映画”を紹介します。

1.カンフー・パンダ




そのタイトル通り、パンダがカンフーをする3DCGアニメです。物語は突如“選ばれし者”と認められてしまった主人公の戸惑いと苦悩、その成長がロジカルに納得できるように描かれており、大人でもその脚本の上手さに唸らされるでしょう。何よりダイナミックかつスピーディなカンフーアクションの数々は、実写作品とはまた違う感動があるはずです。

『バケモノの子』と特に似ているのは、敵キャラの設定です。一郎彦と同様に師匠と崇めていた人物への不信感が悪に堕ちるきっかけになっており、その境遇が同じく拾われた子どもであった主人公との対比にもなっているのですから。しかも、2作目では出生の秘密が明かされ、3作目では“育ての父”と“血の繋がっている父”の間で主人公の気持ちが揺らぐなど、シリーズ通して『バケモノの子』を彷彿とさせる展開があるのです。

2.おまえうまそうだな




同名の絵本を原作としたアニメ映画です。肉食の恐竜の主人公は草食の恐竜の母親に育てられていたのですが、やがて自身のアイデンティティに悩み、群れから離れて行きます。その主人公は大人になってから、今度は草食の恐竜の子供にお父さんだと勘違いされてしまい、子育てを余儀無くされるのです。

この二世代にわたる親子の関係を通じて、“親および家族の関係はどうあるべきか”と問い直す物語は『バケモノの子』に通じていますし、何より決して良い育ち方をしておらず、精神的に幼いとすら思える主人公が子育てに悪戦苦闘する姿は、それだけで微笑ましくて楽しいもの。子供向けの映画ではありますが大人も学べることも多い、隠れた名作と言えるでしょう。

3.チャッピー




パッと見では『ロボコップ』に似たSFアクション映画ですが、劇中のロボットが生まれたばかりの子供で、彼を誘拐したギャングの男女がそのロボットにいろいろと教え込むことになるという、意外な子育て要素が楽しい作品です。本当の親(ロボットの開発者)がその親代わりのギャングのところに度々やってきて、「そんなことしちゃだめだ!」と真面目に教育しようとする様はほとんどコメディのようでした。

そのギャングたちは私利私欲のためにロボットを利用していたのですが、やがて親としての愛情が出てくるため、『バケモノの子』の熊徹と同様の「ダメダメな親なんだけど憎めない」という感情が湧き出てくることでしょう。『グレイテスト・ショーマン』のヒュー・ジャックマン様が最低な悪役を演じていることも見逃せませんよ。

参考図書:細田守とスタジオ地図の仕事

(文:ヒナタカ)

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