『美しい星』は上半期ベスト候補!橋本愛の産婦人科診察シーンに注目!

(C)2017「美しい星」製作委員会

いよいよ5月26日より公開が始まった、話題の映画『美しい星』。

三島由紀夫が残した異色SF小説を、この個性的なキャストでどう映画化するのか?公開前から多くの映画ファンが期待を集めていた本作を、今回は公開後4日目の最終回で鑑賞して来た。

平日の最終回ということもあり、場内は10人程度の観客と、ちょっと寂しすぎる入り。

しかも鑑賞後の感想やネットでのレビューを見ると、どうやら見た人によって賛否がはっきり分かれている様子。

正直自分も、今回は劇場で見るべきか?それともDVDリリースを待つか?かなり迷っての劇場観賞となったのだが、さて、その内容はどうだったのか?そして、ネットで見かける否定的な意見は、果たして本当なのだろうか?

ストーリー

当たらないテレビ気象予報士の父・重一郎(リリー・フランキー)、フリーターで自転車便のメッセンジャーをしている息子・一雄(亀梨和也)、美人すぎて周囲から浮いている女子大生の娘・暁子(橋本愛)、心の空虚を持て余す主婦の母・伊余子(中嶋朋子)の4人家族の大杉家。彼らはある日突然、火星人、水星人、金星人、地球人として覚醒し、“美しい星・地球”を救う使命を託される。目覚めた彼らは奮闘を重ねるが、世間を巻き込む騒動を引き起こし、傷ついていく。そんな一家の前に現れたひとりの男が、地球に救う価値などあるのかと問いかける。

ネットでも賛否両論!トホホな失敗作?それとも傑作なの?

一見奇妙で突飛な設定と、あまりにキャラの立った登場人物たちが繰り広げる予想外の行動。ネットでの否定的な意見の裏には、どうやらこうした表面的な部分への拒否反応と、SFや宇宙人に対してのある種の先入観が関係している様だ。

結論から言おう、本作は間違い無く今年度上半期のベスト候補!いや、個人的には相当面白かった!

確かに、あまりに唐突に宇宙人として覚醒する登場人物の姿や、リリー・フランキー扮する主人公が見せる、ふざけているとしか思えない「火星人ポーズ」には、正直最初は「えっ?」と思ったのも事実。

しかし、その外見を取り除いて見れば、そこにあるのは予想外に判り易く、現代にも共通する問題点とテーマだった。

三島由紀夫のSF小説、「美しい星」を映画化したい!

実に30年来の夢を果たした吉田大八監督が本作で試みた変更は、原作での「核の脅威」を「地球温暖化」に、戦後日本の急速な復興繁栄に伴う時代の「いびつさ」を、現代のSNS社会における人間関係や、個人と個人の間の距離感の「いびつさ」に置き換えている。

中でも秀逸なのが、本作での「他人の意見や言葉に容易に影響されて行動する人々の姿」だろう。SNSでの不確かな情報に動かされ、しかもネットの匿名性により相手の本性が判らないのに、情報だけで他人を信用してしまう、その現代人の姿と言ったら!

本作では、マルチ商法まがいの勧誘ビジネスにハマる伊余子の姿や、初対面のストリートミュージシャンを運命の人と思いこむ暁子の姿に、その点が良く描かれているのだが、冷静に考えれば、主人公の重一郎の職業である「テレビのお天気キャスター」も、自身の言葉で他人の行動を左右する存在、その最たるものではないか。

こうした積み重ねが、「ことによると円盤の存在はウソ?自分で勝手に宇宙人だと思いこんでいるだけなのか?」そう観客に思わせて、実に効果的にラストの予期せぬ展開へと導いてくれる。

果たして傑作か、それとも単なる珍品なのか?是非ともご自分の目で確かめて頂ければと思う。

(C)2017「美しい星」製作委員会

最後に

原作小説が書かれた1962年と言えば、ちょうど007映画の第1作「ドクターノオ」が公開された年であり、まさにアメリカとソ連の東西冷戦真っ只中の時代。それに加えて「水爆実験」や「核の脅威」など、破滅の足音が聞こえてくるかの様な緊張に満ちた世界で、世界的危機を救うには地球規模の意識での連帯協力が必要であるとの主張が、原作小説には色濃く描かれていた。

終戦と高度成長期を経験した日本が抱える「核の脅威」を、小説の設定を現代に移し変えるに当たって「地球温暖化」へと変更した本作。より地球規模での問題となったそのテーマと並んで、本作で描かれるのは前述した様に、「SNS社会における個人と個人の距離感のいびつさ」だ。
電話中に平気で写真を撮らせてと言い出す、重一郎のファンの女性、久々にあった先輩にお茶を奢らせる後輩、大学のミスコン実行委員の横柄な態度、マルチ商法に引き込むその同調圧力の酷さ、などなど。

更に、戦争中の偏った情報に踊らされていた日本人の姿を、本作では「他人の言葉を無条件に受け入れて、自己の判断を持てない」現代人の姿に置き換えている。本編中に出てくる、覚醒した水星人の「地球人に決められないことを我々が決めるのが使命」というセリフには、その辺のテーマが色濃く出ていたと言えるだろう。

本作で描かれる、宇宙全体から見た地球人のちっぽけな存在と、その存在を守ろうとする者と宇宙全体の利益を考える者との対立。
規模は違えど、これはそのまま国家間の対立構造だし、更には一個人対国家、個人同士の問題としても、考えることが出来る。

ラストに登場する、「あるスイッチ」の正体が、果たして何だったのか?この一点だけでも、見た人の数だけ解釈がありそうな作品だけに、今回の様に鑑賞後の評価が分かれるのは当然のことだと言える。

出来れば、ネットの否定的な意見や感想に惑わされ、見る前に妙な先入観を持ったり、見に行くのを止めたりするのだけは、どうか思い留まって頂ければと思う。

あくまでもご自身の目で、その内容を確かめることを強くオススメいたします!

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(文:滝口アキラ)


    ライタープロフィール

    滝口アキラ

    滝口アキラ

    滝口アキラ 映画ライターにしてブルース・リー研究家。主な著書に、「ブルースリー超全集」「俺たちのジャッキーチェン」「俺たちの007」などがある。映画のコミカライズや、日本オリジナル映画主題歌などの、「失われた映画カルチャー」にも造詣が深く、TBSラジオ「ウイークエンドシャッフル」へのゲスト出演、今関あきよし監督作品への声優出演、更には「実際に映画に出演する映画ライター」として、現在「毎月1本必ず映画に出る」をノルマに活動中。その抜群の企画力と、交友関係の広さには定評がある。

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