映画『さらば青春の新宿JAM』は、1980年代ノスタルジーを否定する!

(C)2018 The Collectors Film Partners 

1980年代から90年代にかけての音楽ファンはもとより、東京で青春期を過ごしていた人ならば、新宿JAM(当初はSTUDIO JAM)の存在は多くの人が知るところではないでしょうか。

私のようにさほど音楽に詳しくない輩ですら、何度か音楽好きの友達に連れられて新宿JAMへ行った記憶があります(そのときのアーティストが誰であったかすら、今はおぼろげではありますが……)。

1980年10月から始まった新宿JAMが、2017年の大みそかをもって幕を下ろすというニュースを聞いたとき、やはり80年代青春世代としては何やら喪失感のような、ぼんやりした想いを抱いたものです……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街344》

本作『さらば青春の新宿JAM』は、そんな新宿JAMから巣立っていき、今や武道館ライヴまで大成功させるほどの存在となったロックバンド“THE COLLECTORS”と、彼らがアーティストとしての原点とするモッズ、そして新宿JAMとの関わりを音楽ドキュメンタリーとして収めながら、1980年代とは一体何であったのかを見事に描出した快作“映画”なのでした!

『さらば青春の光』がもたらした
東京モッズ・カルチャー

『さらば青春の新宿JAM』を語る前に、もうひとつ伝えておきたいのは、1979年のイギリス映画『さらば青春の光』です。

これはビートルズ、ローリングストーンズと並ぶイギリスの三大ロックバンドのひとつと称される“ザ・フー”が1973年に発表したロック・オペラ・アルバム“QUADROPHENIA”を原作としたもので、内容は60年代初頭のロンドンで生きるモッズの若者たちの青春像をクールに激しく描いたものです。
(私も高1の初公開時に見ていますが、その鮮烈な世界観には眩暈を起こすかのように打ちのめされたものでした)

モッズとは1950年代から60年代にかけてイギリスの労働者階級の間で流行した音楽やファッションをベースとするライフスタイルであり、それを支持する者たちのこと。

細身の三つボタンのスーツやミリタリーパーカー、多数のミラーで彩られたスクーター……などなどが特徴として挙げられるでしょう。

映画『さらば青春の光』は世界中にモッズ・リバイバル・ブームを巻き起こしますが、その中に日本も当然含まれていました。そしてモッズはロックと融合し、新宿JAMを基点に東京モッズカルチャーが形成されていきます。

そこから生まれたビッグ・バンドがTHE COLLECTORSだったのです。

映画は当時の彼らの新宿JAMでのライヴ映像とともに、当時を振り返る初期メンバーの加藤ひさし(Vo.)と古市コータロー(G.)を中心に、当時の新宿JAMやTHE COLLECTORSを知るさまざまな人たちのコメント、そして2016年12月24日に閉店直前の新宿JAMで開かれた彼らのライヴの模様などを、実に巧みな編集でシャッフルさせながら、1980年代の空気を見事に体感させてくれています。

ちなみにTHE COLLECTORSの結成は1986年、翌87年にはメジャーデビューを果たします。

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1980年代を生き、今に至る
THE COLLECTORSの誇り

1980年代当時を知る世代として本作の中で一番ユニークに思えたのは、加藤ひさしにしろ古市コータローにしろ、新宿JAMでライヴしていた当時のことを面白おかしく振り返ってはくれるものの、決してノスタルジックなセンチメンタリズムに陥ってないところで、むしろ「あんなところ、一刻も早く抜け出したかった」などと、あっけらかんと語っているところでした。

そこに照れ隠しみたいなものは微塵も感じられず、彼らは本当にそう思っている(もしくはそう思うようにしている)のだと、すこぶる納得させられるものがあります。

通常、80年代を語るときはバブルのような軽薄短小的キーワードが挙げられがちですが、実際ほとんどの当時の若者たちは金などなく、だからこそ少しでも早くそんなところから抜け出して華やかな世界へ飛び出したいという欲望まみれの日々を送っていました(少なくとも私は)。

風呂なし四畳半のアパートに住み、バイトで稼いだお金で六本木に繰り出す。ブランドの服や車を無理してローンで買い、その返済のためにまたバイトする。汚い部屋にナンパした女の子を連れ込むのも野暮なので、ラブホ代も必要となっていく……。

「バブル華やかなりし」などとは本来ほんの一部の人間だけが使える言葉で、大半の若者はバブルに翻弄され、もがき苦しんでいた、というのが実情でしょう。
(そういえば戦後以降の日本では1997年に自殺者の数が初めて3万人を突破してしまいますが、それ以前で一番多かった年は1986年の25524人でした。光が強ければ闇も強い、それが1980年代の真相です)

加藤&古市の両名の佇まいからは、そんな80年代の中で一刻も早く成り上がりたかったし、現に成り上がることができた今、別にノスタルジックなものを過去に求めても仕方がないといったポリシーが、飄々と、好もしく伝わってきます。

モッズの真髄とは何か? に関して、ファッションに疎いこちらは語ることはできませんが、加藤&古市がモッズにこだわり続ける限り、あの80年代は全然過去のものではなく、当時から連なっている“今”でもあるという、彼らの誇りの姿勢みたいなものすら感じられてなりません。

少なくともTHE COLLECTORSにとって、新宿JAMはまだノスタルジックになってはいけない存在であり、ではなぜ彼らが閉館直前ライヴを行ったのか、それは“あのとき”の新宿JAMに対する彼らのイキな落とし前のつけ方だったのではないか。

漠然とではありますが、映画を見ながら、彼らの歌を聴きながら、そう思えてなりませんでした。

恐らくはユニークな音楽ドキュメンタリー映画として語られることが多いであろう『さらば青春の新宿JAM』ではありますが、実は失われていくものに対して「さらば」などとは思わせないモッズの心意気を通して1980年代を今のものとして活写した秀作映画であると、ここに断言しておきます。

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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