「人が再生していく物語が好き」|『きみと、波にのれたら』脚本家吉田玲子インタビュー

(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会

『夜明け告げるルーのうた』や『夜は短し歩けよ乙女』の湯浅政明監督の最新作、『きみと、波にのれたら』が6月21日より公開となります。

脚本を担当したのは、『夜明け告げるルーのうた』から続き、二度目のタッグとなる吉田玲子さん。『聲の形』や『リズと青い鳥』『若おかみは小学生!』など、数多くの優れたアニメ作品の脚本を担当しており、アニメファンの信頼厚い脚本家の一人です。

そんな吉田玲子さんにこの最新作について、こだわった部分や、脚本における創作の工夫についてお聞きしました。

湯浅監督のラブストーリーを観てみたかった

——今回で湯浅政明監督の作品の脚本を書かれるのは二度目になります。前作と同じく、海の側で生きる人たちの物語ですが、これは監督の意向ですか。

吉田玲子(以下吉田):そうですね。最初に見せていただいた企画書に、死んでしまった恋人が水の中に出てくるというアイディアがあって、主人公の2人のイラストが描かれていました。ラブストーリーでゴーストものというのも最初から決まっていました。

——吉田さんはたくさんの監督とお仕事されていますが、それぞれの監督の長所を引き出すのが上手だなと思います。湯浅作品の脚本を書くにあたって、監督の持ち味をどう活かすかということも考えるのでしょうか。

吉田:『夜明け告げるルーのうた』の時は多少考えましたが、今回は湯浅監督が自分のこだわりだけでなく、広く多くの人にシンプルなラブストーリーを届けたいという思いがあったので、それを尊重しました。でも湯浅監督がラブストーリーをやるというのは、私的に燃えポイントだったので(笑)、湯浅監督が作ったらどうなるんだろうって、逆に私も観てみたいと思ったんです。

——なるほど。しかし湯浅監督は水を描くのが好きな方で、今回もたくさん出てきますよね。

吉田:そうですね。プロデューサーの方々に水に関してはまだ描きたいものがあるんだって力説されていました(笑)。でも意外とスイートなアイディアを提案していただいたりもしました。手を握りならご飯を食べるのは湯浅監督にのアイディアです。

(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会

冒頭は一番時間がかかる

——今作のキャラクターを作る上でどんなことに気をつけましたか。

吉田:この作品の登場人物は、特殊な人たちじゃないということですね。ちゃんと仕事もしていて、現実の世界にもいそうな人たちなので、消防署などにも取材に行かせていただきました。シナリオハンティングでは湯浅さんのサーフィン体験を見学しました。結局、海には入られませんでしたが(笑)、湘南の体験スクールに行って、ウェットスーツを着てパドリングの練習したり、レスキュー協会にも行きましたし、火事の専門家の方のお話を聞かせていただいたり。

——確かに消防士の訓練の様子などディテールがリアルですね。

吉田:消防士の人たちが普段どんな生活をしているのかを見せていただきましたが、キャラクターを作る上ですごく参考になりました。

——港と山葵が消防士という設定はプロット段階で決まっていたのですか。

吉田:プロット段階では決まっていませんでした。

——水と対になる存在として炎に関する職業ということで出てきたアイディアですか。

吉田:そうですね。水を使って助けるというアイディアがまずあったので、炎が出てくれば水を活かせるかなと。

——キャラクターの描写についてお聞きします。冒頭、主人公のひな子の部屋のシーン、引っ越しのダンボールが積まれている部屋から飛び出して、サーフィンに行ってしまうシーンがありますが、このシーンだけで主人公のキャラクターが見事に描写されていると思いました。説明的でなく彼女がどんな人物なのか、伝わってくるというか。

吉田:どんな作品でも冒頭は、説明しないといけないことがたくさんあるじゃないですか。この人物はどういう性格で、どんな場所で生きて来て、どういう関係を持っているのかとか。それを観る人の負担にならずにわかるようにすることを心がけています。冒頭はいつも時間がかかりますし、一番苦しみます。最後の方までいったら、また冒頭を書き直したりとか、常にそうやって行ったり来たりしています。

——今作の冒頭は、どういう点で苦労がありましたか。

吉田:ひな子、港、山葵の3人の出会わせ方ですね。先輩・後輩などの立場やキャリアも違う3人をどう見せて関係の配置を示すかとか、その流れとか。

——冒頭の救出シーンですね。確かに3人の関係性が明示されています。それと、小道具の使い方も映画にとって大事だと思いますが、この映画はオムライスが印象的に登場しますが、なぜオムライスなのでしょう。

吉田:これは「波に乗る」というのを「玉子を上に乗せる」というのをかけていて、「ご飯の上に玉子を上手く乗せられる」=「人生の波に上手く乗れる」という意味合いです。誰にも気づいてもらえないと湯浅さんが嘆いてました(笑)。

——人生の波に乗れるって良い表現ですね。波に関して、港の台詞に「どんな小さな波も海を渡ってきた強さがある」という素敵な台詞があったんですけど、ああいう台詞はどうやって思いついたんでしょうか。

吉田:あれはですね、サーファーの人たちのブログなどを読んで感じたことです。私はサーフィンをやりませんから、みんなどんな気分でサーフィンをやっているのかなと参考にしようと思いまして。サーファーの方たちは、結構哲学的なんです。波って人工的なものではないので、待たないといけません。良い波を待つ忍耐がサーファーにとって8割、人生も同じだ、みたいな(笑)。そうやって波に乗ることを人生に例える人が多くて、それを台詞にも反映させています。さっきのオムライスみたいに、「波に乗る」ということを細かく重ねてメタファーになると良いかなと思いました。

——なるほど。それから今回の作品、スマホの使い方も上手いなと思いました。

吉田:今の若い人にとってはあるのが当たり前で、すぐ連絡取れるからドキドキすることがなくなるなんて言われたりもしますが、逆にスマホにその人のいろんなものが詰まっていると考えたら面白いですよね。

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人が再生していく物語が好き

——吉田さんはいろんなタイプの監督とお仕事されていて、作風も幅広いですが、ご自身で得意なジャンルや苦手だと思われるタイプの作品はあるんでしょうか。

吉田:得意というか好きなのは、人が再生していく話ですね。割とめげやすい人間なので(笑)。

——青春ものが得意というイメージが世間一般にはあると思います。

吉田:青春ものでも、特殊な能力を持った人やヒーローっぽいものはあんまり得意じゃないですね。それよりも地に足ついた、片隅にいる人たちの話が好きです。

——今回の映画はまさに再生の話ですね。

吉田:そうですね。タイトルが象徴していると思うんですけど、これは自分の波を見つけて自分の波に乗るという話で、ラブストーリーでもあり、一人の女の子の再生の、成長の物語でもあります。最初からやりたいことは見つけられないけど、真剣に向き合った時にそれが見つかるという話でもあるので、そこを感じ取ってもらえると嬉しいですね。

<インタビュー終わり>

湯浅監督のこれまでのイメージを覆す作品

吉田玲子さんのインタビューにもある通り、本作はこれまでの湯浅監督の作品とは一線を画するイメージです。監督が自分のこだわりや作家性よりも、広く観客に伝えることを優先した作品と吉田さんは語っておられますが、変幻自在に変化する流体的な作風を禁欲的に、物語も、女子大生が経験する淡い恋と、恋人の死からの立ち直り人生の目標を見つけるという等身大の人物を描く内容となっています。

吉田玲子さんと湯浅監督が組んだ前作『夜明け告げるルーのうた』も、それ以前の湯浅監督のアニメーションのセンスを活かしながら、イメージを覆すさわやかな青春映画でしたが、そんな前作の流れを踏襲し、さらに間口の広い作風を追求した作品と言えるでしょう。

吉田さんも「湯浅監督のラブストーリーを観てみたかった」と語っていますが、これまでには見せてこなかった湯浅監督の新しい引き出しを、吉田さんの脚本が上手に引き出しています。「意外とロマンチックな一面」があると吉田さんは評していますが、湯浅政明という作家の新たな側面が見られ、自身のセンスを活かして描ける題材を拡張してゆける成熟さを感じさせます。

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ラブストーリーであり人生の再起の物語

「人が再生していく物語が好き」と語る吉田さんですが、湯浅監督のシンプルなラブストーリーをやりたいという発想の原点を、吉田さんが恋愛物語だけでなく、恋人の死という喪失を体験した女の子の成長譚として物語を組み上げました。

引っ越しの荷物をほとんど荷解きもせずにサーフボードを持って駆け出す活発な女子大生ひな子が、運命の相手との出会いと死を乗り越え、自分の進むべき道を見つけていきます。恋人の死を引きずり、彼は水の中にだけ現れひな子にしか見えない存在となりますが、「もうこのままでいい」とひな子は思ってしまいます。

恋人の死、という大きな喪失が、ある種の奇跡によって埋め合わされているのですが、それを良しとさせずに、死を乗り越え前を向いていて生きていくための決意を描いています。ずっと一緒にいたいと思うのも愛、死を乗り越え成長してほしいと思うことも愛、その想いを受け取って責任ある人間になろうとするのもまた愛、主人公のひな子と港の愛が死やその他の出来事を通じてどのように変化してゆくのかにも注目してください。

「人の再生」というテーマで思い出されるのは、前作「夜明け告げるルーのうた」も鬱屈した少年の心の再生の物語と言えるでしょうし、2018年に高い評価を得た『若おかみは小学生!』もまた、小学生の女の子が両親の死を経て、成長していく再生(通過儀礼)の物語でした。死を乗り越えるという点で、本作の物語の構造は『若おかみは小学生!』に近いかもしれません。吉田さん本人も自覚的である、この長所は本作でも存分に活かされていると言ってよいでしょう。

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水とアニメーション

本作がシンプルに多くの人が楽しめるものを志向して作られたからと言って、湯浅監督の作家性が失われた作品では決してありません。吉田さんもインタビューで語っておられる通り、様々な形状に変形する湯浅監督独特のアニメーションスタイルは水の描写で存分に発揮されています。

前作の『夜明け告げるルーのうた』も全面的に水をモチーフにした物語でしたが、今回も水が重要な役割を果たしています。TVアニメの原画をやっていたころから水を描くのが楽しかったと前作公開時のインタビューでも語っておられますが、まだまだ水の描写に関してはやりたいことがたくさんあるようです。

とりわけ、今回の作品はサーファーの物語ですので、波の描き分けにそのこだわりが見て取れます。「波は人工物ではない」という吉田さんの言葉もありましたが、、決して同じ波が機械的に繰り返されるわけでなく、ひとつひとつの波が描き分けられています。

また、人物のフォルムに関してはある程度変化を禁欲的に抑えていますが、水の中に現れる港だけは別で、水の中にだけいるという設定を存分に活かして、グニャリと変化させたりなど、水の特徴を活かした描写が多数観られます。

物語においても、水が2人をつなぐ重要な役目を果たし、キーとなる展開では必ず水が関わり、水と人間の関係についても考えさせられます。水の描写という点では、渡辺歩監督の『海獣の子供』と比較すると面白いかもしれません。人智を超えた海の神秘を描く『海獣の子供』に対して、本作では、それ自体が生き物であるかのような水の楽しさを描いています。

「自分も誰かの波になれる」と吉田さんは言いました。これは、人は一人で生きるのではなく、サーファーが波に助けられているように、人は誰かに支えられながら生きていることに主人公が気づき、自分も誰かを支える存在になりたいと願う物語です。本作で湯浅監督のファン層がさらに大きくなれば、昔からのファンとして筆者も嬉しい限りです。

(文:杉本穂高)


    ライタープロフィール

    杉本穂高

    杉本穂高

    プロフィール文: 映画ライター。神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。

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