映画『孤狼の血』原作者・柚月裕子インタビュー「四拍子揃ったすごい映画になると確信」

日本推理作家協会賞受賞作であり、「このミステリーがすごい!2016年版」(宝島社)3位にも輝いたベストセラー小説『孤狼の血』がついに映画化。

先だって行われた制作発表会見では、原作者の柚月裕子さん、メガホンをとる白石和彌監督、そして、役所広司さん、松坂桃李さんら豪華キャスト陣が顔を揃えました。

昭和63年の広島を舞台に、警察や暴力団に属する男たちの荒々しくも雄々しい生き様を描き、<警察小説×仁義なき戦い>と評される『孤狼の血』。

今回は本作の生みの親である作家・柚月裕子さんに映画化にあたっての胸中、作品への思いやこだわりなどを伺いました。

脚本と“セリフの妙”で「映像化できる」と確信した

──作品が映画になるというお話が来たとき、まずどう思われましたか?

柚月:制作発表会見でも話したのですが、「活字でなければ成り立たないミステリーが小説の肝になっているので、映像化自体できるのだろうか」というのが最初に思った印象です。
孤狼の血
お話が進んでからは喜びや驚きと共に、不安も大きくなっていきました。映画を手がけるのは『仁義なき戦い』の東映さん。名前も実績もある監督に俳優の方々、そして優れた脚本と、三拍子ならぬ四拍子揃った夢のようなお話に「これだけのすごい企画が、本当に実現するのだろうか?」と。

そういった意味で非常にドキドキしていたので、会見の場に立たせていただいたときは「本当に動き出すんだ」とホッとして、とてもうれしくなりましたね。

──「映像化できるのか」という不安を乗り越えて映画化にうなずかれたのは、それが解消されるきっかけがあったのでしょうか?

柚月:まずは脚本ですね。最初に出てきた叩き台を見たときに、私がミステリーとして小説で書いた部分が「あ、なるほど、ここにもってきているのか」という流れになっていて本当に見事でした。それを見て「これは絶対に映像化できる」と確信しました。

あとは、脚本ができていく中で目にしたいわゆる“セリフの妙”。小説とは違う映像でのセリフの強みが素晴らしくて、「これは絶対に映像で、実際の俳優さんの声で聞きたい。どんな動きをして、どんな表情で、どんな形でこのセリフを言うんだろう」と。

──それは、脚本で原作のセリフや構成などをきっちり表現し、なおかつ映像としてさらにふくらんでいた…という感じでしょうか?

柚月:それ以上でした。絶対私では思いつかないセリフもありました。石橋蓮司さんが演じる五十子のインパクトの強いセリフなど、「これは、私は出ない!」と唸る決めゼリフがいたるところに入って「すごいな」と思いました。

『孤狼の血』で描きたかったのは潔い男たちの世界

──会見で白石監督が「この作品を書いたのが、美人の柚月先生だと知って衝撃でした」と言っていましたが、非常にハードボイルドな『孤狼の血』の作者が、今日、目の前にいらっしゃる優しい女性の方というのは、確かにびっくりしました。

柚月:『孤狼の血』を発表したとき、私が驚いたのは、「女性が書いたとは思わなかった」という感想がすごく多かったことです。私自身は映画でも小説でも「女性が書いた」「男性が作った」などの部分を気にすることがあまりなく、「ミステリーの部分じゃなくて、そちらのほうに驚かれるんだ」と意外だったんですが(笑)。

──先生は、『仁義なき戦い』がお好きということで、「『仁義』なくしてこの作品は生まれなかった」というお話もありましたが、他にも何かこの作品を書こうと思ったきっかけなどはあったのでしょうか?

柚月:確かに『仁義なき戦い』も大好きで、子供のころから見ていたのがブルース・リーの『ドラゴンへの道』や『必殺仕事人』。初恋が渡瀬恒彦さんだったりと、今振り返れば、昔からいわゆる“男の世界”に非常に魅力を感じていたんだなと思います。

ごく一般的に女性はわりと共感を求めがちだと思うのですが、一方、男性は九割方価値観が違っていても、一番の芯の部分にある一割さえ繋がっていればガチッと組むことができる。

『仁義なき戦い』もしかりですが、『狐狼の血』も登場人物がそれぞれ“個”として動いています。主人公の大上は警察組織に属しています。他にも尾谷組など。それぞれ組織はあるけれど、その中で彼らは正しいか間違っているかは別として、“個”として自分自身がこうだと思うところを必死に突き進んでいく。そういう潔い男の世界をいつか描きたいと思っていました。

──原作のキャラクターの中で特に際立っているのは、やはり大上(演:役所広司)だと感じました。捜査のためならば悪魔に魂を売り、卑怯な手段も使う。見方によっては彼の行いは「これが正義なのか?」と問われてしまいかねないわけですが、この強烈なキャラクターはどうやって生み出されたのでしょうか?

柚月:罪というのは、法を犯せば罪である、という明確なものありますが、「善か悪か」は、非常に曖昧なものだと考えています。

100人いれば100人の善と悪がある。たとえば、マナー。自分はなにも気にならないけれど、人によっては非常に気分を害することもあります。そのような意味でも、善と悪は個人の価値観によるところが大きいように思うんですね。

なので、非常にグレーゾーンであり曖昧な、100人が自分なりに持っている価値観のぶつかりあいを描きたかった…というところからでしょうか。

──価値観のぶつかりということでいうと、大上のバディとなる日岡(演:松坂桃李)は、法の順守と正義の狭間で苦しむ、ある意味大上と対極にいるキャラクターですが、彼はやはり大上との対比として生まれたのでしょうか?

柚月:そうですね。右という存在が左なくして在りえないように、対峙するものがあるからこそ存在が成り立ちます。

小説については読者の目線が必要であり、違法捜査を厭わず、条件だけで見れば悪徳警官ともいえる大上に、読者をどう感情移入させていくかというところで、日岡の心の動きに読者の視点を伴わせていきました。

映画に関しても、日岡が大上とどう対峙していくかが大きな見どころの一つになると思います。

俳優たちが演じるキャラクターの対峙が楽しみ

──今回の映画では、役所広司さん、松坂桃李さん、江口洋介さんなどさまざまな世代の俳優さんが揃いましたが、それぞれの役者さんについてどう感じていますか?

柚月:大上役の役所さんは真っ先に「ああ、怖い!」と感じました。小説でも迫力のあるキャラクターとして頑張って書いたのですが、小説や映画の脚本のセリフを頭の中で役所さんに重ねて読んだら、字面を見ているだけで「大上、怖い…」と震えました。黙っていても怖い、怒鳴っても怖い、もういるだけで怖い存在(笑)。

日岡役の松坂さんとは会見で初めてお会いしましたが、非常に優しい感じの方で、「この穏やかな方が、迫力ある大上にどのように向き合っていくのかな。大丈夫かしら」という親心のようなものを抱いてしまいました。

最初は日岡が引きずられる形で物語が進んでいくのですが、途中から日岡が自分の意思を告げるようになります。

仮に私が松坂さんの役柄だったら、たとえ役所さんが演技で怒鳴っているとわかっていても、足がすくんで何も言い返せないだろうなと思うのですが、そこはもちろんプロの役者さんですので、どのように戦っていくかが楽しみです。

でも、かなり殴られる役でもあるので(笑)、くれぐれも「お怪我だけはなさらないように!」と祈っています。

キャストの中でどのような演技をされるか、一番想像がつかないのが江口洋介さん(尾谷組の若頭・一之瀬役)です。

私の中で江口さんは恋愛、青春、家族などをテーマにしたドラマのイメージが強いので、江口さんが演じる極道ってどんな風になるのかなと。一之瀬は、大上と真正面からぶつかりあう重要な役ですが、役所さんと江口さんのぶつかりあいは、まったく予想もつきません。

熱さの舞台は「広島しかない」と思った


──大上と日岡、大上と一之瀬など、それぞれのキャラクターの対峙のほかに、映画で楽しみにされていることはありますか?

柚月:柚月:すでに脚本は読んでいて、ストーリーも俳優さんがどんなセリフを言うかも結末がどうなるかもわかっているのですが、その上での「想像できない」ところです。

この映画は、熱さや切なさがぎゅっと凝縮された作品になると感じるのですが、それは言い換えれば人間そのものだと思うんです。人はきれいな部分もあれば、ずるい部分もある。笑ったり、泣いたり、あるいは顔で笑って心で泣いているときもあり、いろいろなものを凝縮して生きている。

私はいつも「一番のミステリーは人の心」と思っていますが、そういう意味では『孤狼の血』の中でそれぞれの俳優さんが大上や日岡という役を通してどんな人間を演じるのかは、まさにその未知の部分です。

──熱さや切なさといった人間のリアリズムが凝縮するという意味では、原作の舞台でもある広島で映画の撮影をすることもプラスになりそうですね。

柚月:なりますね。私はどの作品でも舞台にする土地には必ず何度か足を運ぶようにしていて、『孤狼の血』については『仁義なき戦い』の影響が大きく、八割九割方広島を舞台にと決めていたのですが、書き始める前に自分の肌で広島という土地を感じたくて、前取材として訪れました。

広島ではもちろん原爆ドームや資料館を見ました。私は東日本大震災で両親を失っているのですが、原爆投下時の写真を見て、私の中で3.11直後の被災地の景色と重なったんですね。本当に何もない。当時広島は「今後100年草木一本生えない」といわれていたと聞きました。でもいま現在広島には、路面電車が走っていて、人が生きている。

「ここに来るまでにどれだけの涙と辛さと力が必要だったのだろう」と考えたときに、「ああ、広島は熱い土地なんだ」と思いました。そして、「自分が『孤狼の血』を通して描きたい熱さは、やはり広島でなければ表現できない。広島しかない」と決めました。

なので、熱さを表現する映画のロケ地としても広島を選んでくださったのは、非常に本望です。撮影をする広島の呉は昭和を彷彿させる通りが残っているので、リアリティのあるいい絵が撮れるのではないかと期待しています。

──記者会見で主演の役所広司さんから「広島弁に苦労している」というお話がありましたが、作品の世界観に広島弁が非常に合っていますよね。作中の方言にも、先生のこだわりがあったのでは?

柚月:ありました。舞台になる土地の言葉は、どの作品でも心を砕いているところです。

人が住んで暮らしている場所には独特の言葉があり、そこをないがしろにしたくないと思っています。『仁義なき戦い』でも、広島弁のパワーは作品に欠かせないものですよね。

日本推理作家協会賞受賞の際、選考員の先生から「方言の使い方が非常に優れていた」という言葉をいただきまして、そこはこだわって書いてよかったと思っています。

──最後、映画を楽しみにしているファンの方たちへメッセージをお願いします。

柚月:映像化については、小説を読んでくださっている読者の皆さんの頭の中に、それぞれイメージがあると思いますが、まず何も言わず、ぜひ映画を見てください。

エンドロールで「すごいものを見た!」と必ず思います。そう言い切れるくらいすごい映画になると確信しています。四拍子揃っています!

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)

1968年、岩手県出身。2008年『臨床真理』で、第7回『このミステリーがすごい!』大賞で大賞を受賞しデビュー。2013年『検事の本懐』が、第15回大藪春彦賞受賞。『孤狼の血』は第154回直木三十五賞候補、第37回吉川英治文学新人賞候補、第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。そのほか、『検事の本懐』を含む「佐方貞人シリーズ」はテレビドラマ化もされた。

(取材・文:田下愛)

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