映画女優とプロデューサー 岡田茉莉子の二つのキャリア

■「キネマニア共和国」

写真家『早田雄二』が撮影した銀幕のスターたちvol.11

現在、昭和を代表する名カメラマン早田雄二氏(16~95)が撮り続けてきた銀幕スターたちの写真の数々が、本サイトに『特集 写真家・早田雄二』として掲載されています。
日々、国内外のスターなどを撮影し、特に女優陣から絶大な信頼を得ていた早田氏の素晴らしきフォト・ワールドとリンクしながら、ここでは彼が撮り続けたスターたちの経歴や魅力などを振り返ってみたいと思います。

映画女優とプロデューサー
岡田茉莉子の二つのキャリア

岡田 茉莉子さん

夫の吉田喜重監督と二人三脚で映画を作り続けてきた岡田茉莉子。中には『戒厳令』(73)のようにプロデューサーに徹した作品もありますが、女優としても数々の名作やヒット作に出演し続けてきた彼女は、常に自分と映画との関係性を見据え続けてきた才女でもありました。

成瀬己喜男監督に推されての
映画デビュー

岡田茉莉子は1933年1月11日、東京市渋谷区代々木生まれ。父親は大正末期から昭和初期にかけて活躍した映画スター岡田時彦で、母は元宝塚スター田鶴園子。

34年に父が急死し、38年に母がダンスの仕事で上海に渡ることになり、母の妹の許で育てられますが、この時期からモダンダンスを習い始めます。

戦後は帰国した母と新潟市で暮らし、高校に入学したころ、父が主演した『滝の白糸』(33)を見て、初めて父と銀幕を通して対面したとのことです。

高校では演劇部に属し、51年の卒業後は東京に戻り、叔父の東宝プロデューサー山本紫朗と母の勧めで東宝演技研究所に聴講生として入り、第3期ニューフェイスの一員となりました。

入所後20日後、何と彼女に成瀬己喜男監督『舞姫』(51)ヒロイン(高峰三枝子)の娘で新進バレリーナの品子役が舞い込みます。これは予定していたバレリーナが急きょ出演できなくなったための代役だったのですが、成瀬監督は彼女を推し続け、一方で父の芸名をつけた谷崎潤一郎が再び名付け親となり、岡田茉莉子と名付けられて女優デビューを果たしました。

以後、数々の東宝映画に出演していった彼女は、54年『芸者小夏』で初主演を飾り、娘役から清楚なエロティシズムを漂わせる演技派として認められるようにはなりますが、『宮本武蔵』(54)『浮雲』(55)など作品の質はともかく、女優としての決定打には至らず、57年にフリーとなり、初の松竹大船映画、中村登監督の『土砂降り』(57)で評価を得、すぐさま松竹は彼女主演で『おもかげは遥かなり』(57)『青い花の流れ』(57)を撮り、そのまま松竹専属として招きました。

松竹時代より開花していく
女優兼プロデューサーとしての資質

彼女の個性が花開いていったのは、この松竹時代で、中村監督の『集金旅行』(57)や『日々の配信』(58)などで水を得た魚のように好演。渋谷実監督『悪女の季節』(58)では毎日映画コンクール女優助演賞を受賞します。60年代に入っても、木下惠介監督『春の夢』(60)や五所平之助監督『猟銃』、小津安二郎監督『秋日和』(60)などで好演し、自身が映画化を強く願った『女舞』(61)を大庭秀雄監督のメガホンで主演することになり、さらには井上和男監督『熱愛者』(61)を自ら企画して松竹に提出して製作&主演するなど、ただ演じるだけでなく、自身の魅力を引き出しながら優れた映画を構築していく卓抜したセルフ・プロデュース能力を発揮していきます。

プロデュース2作目の『秋津温泉』(62)では、キネマ旬報女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞など各賞を総なめする勢いで、ここで共に仕事をした吉田喜重監督との仲をマスコミが騒ぎ出したことで、逆にお互い意識するようになり(⁉)、63年に結婚。

65年に松竹と本数契約となり、66年には夫婦で現代映画社を設立し、『女のみづうみ』(66)を皮切りに『炎と女』(67)『さらば夏の光』(68)次々と作品を連打。その中でも大正時代のアナーキスト大杉栄とともに関東大震災の直後に惨殺させる伊藤野枝を演じた『エロス+虐殺』(70)が高い評価を受けました。松竹時代のよきライバルでもあった有馬稲子や、当時は日活を退社して石原プロに在籍していた浅丘ルリ子と共演した『告白的女優論』(71)も忘れられません。

70年代の半ばからは吉田作品以外の出演も再び増え、特に話題になったのは角川映画第2作の大ヒット作『人間の証明』(77)ヒロインで、これはかつて彼女が演じた『顔』同様、戦後の女の悲劇をミステリ仕立てで描いたものでした。

82年のヤクザ映画『制覇』では日本最大の組織のボスの妻を貫録で演じ、また宮尾登美子原作『序の舞』では、女性で初のぶんっ勲章を受けた画家・上村松園の母を見事に演じ切りました。

出番は短かったですが、伊丹十三監督のグルメ映画『タンポポ』でパスタの食べ方を教えようとするも、ひとりの外国人のせいで台無しになるマナー教室の先生を楽しそうに演じていました。

90年代以降はテレビや舞台出演が多くなりますが、2003年には久しぶりに吉田監督作品『鏡の女たち』を製作・主演して気を吐いています。

私自身、一度主愛させていただいたことがありますが、さすがはプロデューサーとしても活躍されてきただけあって、物事をはっきりおっしゃる気丈なタイプのかたではありましたが、その一言一言の切れの良さはむしろ気持ちいいほどで、また自分が好きな作品を楽し気に語るときの、映画全盛期を知る女優ならではの華やかなオーラを感じずにはいられませんでした。

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(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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