『リチャード・ジュエル』のレビュー:長年の冤罪事件が現代のSNS社会の闇に訴える!

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1930年5月31日生まれのクリント・イーストウッドのキャリアを振り返ってみますと、映画スターとして大ブレイクした『荒野の用心棒』(64)から時を経て89歳の今に至るまで、ほぼ毎年のように出演もしくは監督作としての新作を世に送り出していることに驚きを隠せません。

特に21世紀に入ってからは出演作こそ減ったものも、老境の域など全く感じさせないエネルギッシュで力強い話題作や問題作を監督し続けています。

そんなクリント・イーストウッドの最新作『リチャード・ジュエル』もまた実話を通してアメリカ社会の闇を描きつつ、現代社会におけるメディア・リンチの闇を世界中に訴え得た傑作でした……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街430》

本作の主人公は警備員リチャード・ジュエル。1996年アトランタ・オリンピック開催時の爆弾テロ事件の被害を最小限に食い止めた英雄であったにも拘わらず、何と容疑者にされてしまった男の痛恨と反撃のドラマです。

マスコミとFBIの思惑で
英雄から容疑者に転じた男

映画『リチャード・ジュエル』の主人公リチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は人を信じて疑わない善良な男で、愛国心と正義感にあふれ、警備員の仕事も社会のため人のためと、誇りを持ちながら日夜働いています。

もっともこの男、ちょっと融通が利かな過ぎて、どんな罪に対しても過剰に対処しがちゆえにトラブルも多いのがタマにキズではあります。

そんな彼がアトランタ・オリンピック開催中の1996年7月27日、センテニアル公園のベンチの下に怪しいリュックを見つけました。

まもなくしてそれは爆弾であることがわかり、リチャードは時間のない中で人々の避難に尽力し、被害を最小限に食い止めます。

マスコミは彼を英雄として祭り上げ、リチャードの母ボビ(キャシー・ベイツ)も、どちらかというと頼りないことに日々やきもきしていた我が子の快挙に大喜び。

しかしその3日後、FBIが彼を事件の第一容疑者としてみている旨の報道がなされたことで状況は一転!? リチャードは英雄転じてテロリストとしてアメリカ中の国民からバッシングされるようになってしまうのでした。

マスコミの報道が過熱し、FBIの執拗な捜査が進められていく中、リチャードはかつて知り合いであった弁護士のワトソン(サム・ロックウェル)に助けを求めます。正義感に篤く心根の優しいリチャードの人間性を知るワトソンはFBIの捜査体制などに疑問を抱き、彼の無実を信じて立ち上がるのですが……。

本作は今からおよそ四半世紀前の事件を扱ったものですが、きちんと裏の取れていないネタをスキャンダラスに報道して一人の人間を陥れていくメディアの罠や、犯人逮捕にあせるがゆえのFBI=体制側のプライドがもたらす愚劣な陰謀といった事象の数々は、むしろSNSが浸透してフェイクニュースが日常茶飯事のように世の中をかき回し続けて久しい現代にこそ警鐘を鳴らし得る作品として屹立しています。

本作がフィクションであれば、これほど面白いサスペンス・ドラマはないでしょう。

しかし、これは現実に起きた事件であり、本来なら社会正義のもとに行動しなければならない官憲側やマスコミが犯した愚行により、人はいつでも「被害者」転じて「加害者」にさせられてしまうという恐怖に慄然とさせられること必至。

そしてこれこそはクリント・イーストウッドが追い求め続ける社会と人間の光と闇、そして罪と罰の関係性に他ならないでしょう。


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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