『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』が青春・音楽・百合映画として100点満点の理由を全力で語る!

©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

7月14日より公開されている映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(以下、『志乃ちゃん』)をご存知でしょうか。知名度の高いスター俳優はキャスティングされておらず、現在発表されている上映劇場の数はごくわずか、大きく宣伝が展開しているわけでもないので、初めてそのタイトルを聞いたという方も多いのかもしれません。

結論から申し上げますと、本作は若手キャストの魅力がこれ以上なく発揮された、青春映画として、音楽映画として、マンガの実写映画化作品として、百合映画(女の子同士の友情を描いた映画)として、100点満点の大傑作であり、1人でも多くの人に観て欲しいと心から願える素晴らしい映画でした! それぞれの要素で100点満点であった理由を、以下よりたっぷりと紹介します!

1:主演2人の演技が100点満点の理由!

本作の何が素晴らしいか……まずは主演の南沙良さんと蒔田彩珠さんの2人を絶賛しなければならないでしょう。映画を観れば誰もが「これ以外のキャストは考えられない」「大好きになってしまう」ほどの、瑞々しい魅力を放っているのですから。

南沙良さんは『幼な子われらに生まれ』で映画デビューをしており、そちらでは両親が共にバツイチで、「本当のお父さんに会いたい」という想いを伝えるものの、同時に今の家族に嫌悪感を持ってしまっている小学生の女の子という、複雑な役を演じていました。本作『志乃ちゃん』でも、言葉に出さなくても感情の揺れ動きがわかる表情の機微、悩みや葛藤が痛いほどに伝わる演技をされており、観ているこちらの涙腺は常に緩みっぱなしになってしまいました。

蒔田彩珠さんは『万引き家族』の是枝裕和監督が手がけたドラマ『ゴーイングマイホーム』でちょっとクールな小学生の女の子を愛らしく演じていました。『三度目の殺人』では福山雅治演じる弁護士の娘も演じており、記憶に新しいという方もいるでしょう。今回も“クールで一見するととっつきづらいけど、話してみると意外と優しい”というキャラにバッチリとハマっていました。

この2人が出会い、友情を育んでいき、時には衝突してしまうけど、なんとか前に進もうとする……それだけで本作は瑞々しい魅力を放っており、思春期であった“あの頃”を思い出して感動できるのです。しかも、撮影当時の南さんと蒔田さんは共にまだ14歳で、劇中の高校1年生(しかも入学したばかり)という年齢にも絶妙にマッチしていていました。

こうした青春映画、特にマンガを原作とした作品では、集客のためにネームバリューのある俳優を配役し、ミスキャストではないか、または年齢が合わないのではないかと批判されてしまうことも少なくはありません。本作『志乃ちゃん』はメジャーに公開されている映画でないからこそ、将来性のある若い俳優を主演に起用し、これ以上のない最高のキャスティングができたと言っていいでしょう。

©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

なお、本作でプロデュースを務めた田坂公章氏は『ミスミソウ』でも、ネームバリューに頼らない将来性のある10代の俳優を配役し、それこそが作品に重要であったと賞賛を浴びていました。こちらも青春映画として、音楽映画として、マンガの実写映画化作品として、百合映画として、大傑作と断言できる出来栄えでしたので、ぜひご覧になって欲しいです。

※ 『ミスミソウ』の記事はこちら↓
『ミスミソウ』は『ちはやふる -結び-』と並ぶマンガ原作映画の大傑作!その6つの理由!

2:青春映画として100点満点の理由! 

本作が青春映画として優れているのは、各方面から絶賛された名作映画『桐島、部活やめるってよ』のように、青春がただ楽しいだけではなく、辛くて苦しいものであると真正面から描いていることにあります。その悩みは、思春期の10代を過ごした誰もが例外なく経験していることでもありました。

タイトルが示しているように、本作の主人公の志乃は吃音を持っており、上手く(自己紹介で)自分の名前を言うことができません。しかし、本作で描かれている悩みの本質は吃音そのものというよりも、普遍的に誰もが陥ってしまう“自己嫌悪”、または“居場所がない(誰かと仲良くできない)”という苦しみにあると言っていいでしょう。

どのような自己嫌悪が描かれるのか、ということはネタバレになるので書けませんが、「自分がされて傷ついたことを、他人にもしてしまった」ことで、自分を最低の人間であると卑下してしまう、ということだけはお伝えしておきます。同時に、せっかく仲良くなった友だちとどうして上手くいかなくなってしまうのか、どう接すればよかったのかといったコミュニケーションそのものの問題も描かれているのです。

その悩みは、オトナになってみると「大したことがなかったな」と振り返られることなのかもしれませんが、主演2人の卓越した演技のおかげもあり、“本人にとっては深刻”であることがこれでもかと伝わってきます。きっと、誰もが「あの時はああだった」「この時は苦しかったな」「自分が嫌いだったこともあったな」などと、かつての自身の経験を登場人物に投影できるのではないでしょうか。

もちろん、劇中で描かれた悩みはオトナだけでなく、現在進行形で青春真っ只中にいる10代の方にも観て欲しいです。共感ができることはもちろん、その悩みを少しでも解決するためにはどうすればいいかという、確かなヒントももらえる、(辛辣でありながら)優しい物語にもなっているのですから。

©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

3:マンガの実写映画化作品として100点満点の理由!

本作の原作は、『惡の華』や『ぼくは麻理のなか』などで知られる押見修造氏よる同名のマンガです。氏の一連の作品では、引き裂かれるような心の痛みや、ゾッとするほどの人間のエゴや変態性が描かれることも多く、読む人をある程度は選ぶところがあるものの、その独特の作家性が絶大な人気を誇っています。その作品群の中で『志乃ちゃん』は性描写や残酷描写もなく、画や物語も親しみやすい、最も万人向けの作品と言っていいでしょう。

今回の映画では、原作マンガから大きなアレンジがあり、“映画でしかできない”魅力が満載であることも賞賛に値します。具体的には、静岡の沼津の漁港を舞台にしたことによる画の美しさ、湯浅弘章監督の“逆光”を取り入れた画づくり、“時間”を有効に活用した物語運びが、さらに作品を魅力的に仕上げているのです。

※ 静岡の沼津をロケ地に選んだ理由、逆光の画の意味、時間の演出などについては以下を参照してください↓
10代の俳優たちの演技が“荒削りなのに完璧”な理由はこれだ!『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』湯浅弘章監督インタビュー

アレンジとして特に大きいのは、菊池というキャラクターの描写が多くなっていることでしょう。彼は原作から不遜でデリカシーがなく、端的に言ってウザい性格だったのですが、この映画では序盤の自己紹介の時から観ているこちらが泣きたくなるほどの痛いことを言ってしまう、さらにどうしようもないキャラになっていました。彼がどのように主人公の2人に絡んでいくのか、そしてどのように成長していくのか……そこも大きな魅力になっているのです。この“ウザキャラ”を演じた萩原利久さんも本気でイライラする(褒めています)、完璧な演技を披露してくれました。

今回の映画の物語を作り上げたのは、安藤サクラ主演の『百円の恋』で日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞した足立紳氏。『お盆の弟』や『嘘八百』でもそうでしたが、その脚本はダメ人間のダメなところを思いっきり見せてくるという点で容赦がなく、今回は特に思春期の男女ならではの痛々しさが(原作以上に)強調されているため、(ダメ人間の自覚がある方は特に)胸が締め付けられることでしょう。

さらに、ファーストシーン、クライマックスに向けてのとある展開、そしてラストシーンは、原作とは全く違う映画オリジナルのものになっています。数々のアレンジで原作に新たな解釈を与えているのはもちろん、重要なエッセンスも外してはおらず、原作を読んでいる人と読んでいない人で違った感動もある……まさに、マンガの実写映画化作品として理想的と言えるのです。

©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

4:音楽映画として100点満点の理由!

本作は“音楽映画”としての魅力も大きい作品です。何しろ、ザ・ブルーハーツやミッシェル・ガン・エレファントによる楽曲が“カバー曲”として登場し、その演奏シーンそのものが忘れがたい感動を与えてくれるのですから。しかも、湯浅弘章監督は乃木坂46のミュージックビデオも手がけており、音楽を映像として“魅せる”その手腕が今回もこれ以上なく発揮されているのです。

その楽曲を歌うのは、言うまでもなく主演の南沙良さん。その透き通ったような歌声を初めに聞いた瞬間には大いに驚き、蒔田彩珠さん演じる加代と2人でセッションを奏でた時にはもう多幸感でいっぱいになりました。また、蒔田さん演じる加代は“楽器の演奏はできるのに音痴”という悩みを持っており、その音痴具合も演技とは思えないほどにリアルで真に迫っているため、(音痴にも関わらず)その歌声もまた魅力的に感じられたりもするのです。

メジャーではない日本映画では珍しく、サウンドトラックが発売されているということも、本作における楽曲の自信の表れでしょう。映画を観れば(またはサウンドトラックを聴けば)「あの素晴しい愛をもう一度」「翼をください」「世界の終わり」「青空」という有名な楽曲の新たな魅力に気づけますし、これらの音楽を聴くために映画をもう一度観たくなることも間違いありません。

言うまでもないことですが、これらの音楽はマンガでは“聴く”ことができません。原作を読んだ方であれば「志乃はこんなにも綺麗な歌声だったんだ」「加代の音痴はこんなにもひどかったんだな」と感動できますし、読んでいない方も(彼女たちが若く経験も浅いからこその)“荒削り”な面を含めての演奏シーンの魅力を堪能できるでしょう。この素晴らしい音楽を聴けたけたというだけでも、映画化をしてくれて本当にありがとうと、感謝を告げたくなりました。

また、劇中では誰もが知っているカバー曲だけでなく、原作者の押見修造氏が作詞を手がけた(原作にもあった)オリジナル楽曲「魔法」も披露されます。その「魔法」がどのような歌で、どのように演奏されるのか……ぜひ、楽しみにしてください。

©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

5:百合映画として100点満点の理由!

本作で主に描かれているのは、これまで書いてきた通り、音楽を通じた10代の若者の青春模様と、女の子同士の友情物語です。この女の子同士の友情というのがとても可愛らしく、微笑ましく、観る人が観れば“ほぼ百合”になっていることも大きな魅力になっています。

メインビジュアルになっている自転車の2人乗りのシーンはそれだけで幸せに溢れていますし、浜辺にある船の上でじゃれ合うシーンはもはや桃源郷でした。下世話な言い方をすれば、可愛い女の子同士がイチャイチャするのを観たければそれだけで必見ということです。

また、前述したように菊池というウザキャラがこの百合百合な関係に割って入ってくるので、「男はいらねえ!邪魔だ!」という百合ウォッチャーの方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、その彼を“邪魔に感じてしまう”観客の感情を踏まえたセリフもあり、それにも泣きそうになってしまっていました(これも原作にはない映画オリジナルのセリフです)。まさか作り手が百合ファンの心情をここまで熟知しているとは……。

百合に求めるものは人それぞれということを大前提として、個人的には「百合は男キャラがいてこそ真の輝きを放つ」と思っています。その点でもこの『志乃ちゃん』は百合映画として100点満点、百合にあまり詳しくないというという方でも、きっとその魅力がわかることでしょう。

ちなみに、2018年はなぜか『ミスミソウ』、『リズと青い鳥』、『少女邂逅』、『あさがおと加瀬さん』(厳密には映画ではなくオリジナルビデオアニメ作品)などと、日本の百合映画が充実していました。我こそは百合ウォッチャーという方は、合わせてご覧になって欲しいです。

©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会 

おまけ:クライマックスは賛否両論になるかも? 
原作とは全く違うラストを話し合ってみて!

ここまで全ての要素が100点!と絶賛しましたが、クライマックスからラストにかけての展開は、主人公の志乃にイライラしすぎてしまう方もいるかもしれない、ある意味では賛否を呼ぶものかもしれない、という懸念もあります。これも“本人にとっては深刻”だからでこその描写ではあるのですが、受け入れられないという方がいるのも無理はないでしょう。

しかしながら、志乃の行動の身勝手さにはちゃんと劇中で批判もされますし、この“耐え続ける”展開があってこそクライマックスのカタルシスがあります。また、ある意味では「こういうラストだったらいいな」という観客の予想を裏切ってもいるのですが、裏を返せば“登場人物を甘やかさない”“安易な結末にさせない”という誠実さも存分に感じました。

本作のラストシーンについては、一緒に観た人と話し合って欲しいです。前述したように、それは原作マンガの結末とは全く異なるもので、物語の解釈がさらに広がり、また普遍的に世の中にあるコミュニケーションに問題について1つの解答を示しているものでもあるのですから。それはきっと、現実世界で生きるための力にもなるはずです。

まとめ:映画でしかできない“学び”でいっぱい! 劇場情報を確認して観逃さないで!

本作は文部科学省特別選定作品に選ばれています。こちらは学校教育や社会的に広く鑑賞、利用されることが適当と認められた作品が対象となっており、過去には『フラガール』や『舟を編む』や『あん』など、評価そのものが高い映画が選ばれていました。『志乃ちゃん』は吃音に対しての理解が深まるだけでなく、10代の若者の悩みに寄り添い、コミュニケーションの問題について考えられる内容になっているという意味でまさに教育的であり、また作品としてのクオリティも最高クラスであるため、選定は納得と言えます。

とは言え、本作には「まるで道徳の授業」な説教くささは全くありません。主演2人の演技に惹きこまれ、繊細に描かれた辛く苦しい青春模様を観てドシャドシャと涙を流し(筆者は開始5分でスクリーンが見えないほど号泣しました)、不器用な彼女たちを心から応援し、観た後には世界が少し変わって見える、現実で生きるための勇気ももらえるという、映画でしかできない“学び”がいっぱいでした。

なお、劇中では一切“吃音”や“どもり”という言葉は使われていません。原作者の押見修造氏もこの言葉をマンガでは使っておらず、「ただの“吃音マンガ”にはしたくなかった」「とても個人的でありながら、誰にでも当てはまる物語になればいいな、と思って描きました」ともコメントしています。この映画でも、この押見氏の意思を受け継ぎ、吃音に悩んでいる方はもちろん、まさに“誰にでも当てはまる物語”になっていることが嬉しくて仕方がありませんでした。

あえて本作の難点を告げるのであれば、上映劇場があまりに少ないこと。7月14日から公開されているのは新宿武蔵野館のみで、次週の7月21日から公開されるのは神奈川のシネマ・ジャック&ベティ、愛知の伏見ミリオン座、大阪のシネ・リーブル梅田だけ。現在で上映が決定している劇場も、全国でわずか31館のみなのです。

それはつまり、お近くで公開されていたら、その機会を絶対に逃してはならないということ。以下の劇場情報を確認し、この『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』という、全ての世代が感涙すること必至の、若手キャストの魅力がこれ以上なく発揮された、青春映画として、音楽映画として、マンガの実写映画化作品として、百合映画として100点満点の大傑作を観るために劇場に足を運んでください!

<『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』公開劇場情報>
http://www.bitters.co.jp/shinochan/

(文:ヒナタカ)

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