『ヒトラーと戦った22日間』が伝える、絶滅収容所大脱走の衝撃の事実

(C)Cinema Production 

最近“ヒトラー”という文字を含めた映画の邦題をよく見かけます。

これはヒトラーそのものを描いたものではなく、ヒトラー率いるナチスドイツの蛮行を背景とする映画につけられることが多いようで、正直安易な気もしないではないのですが、“ヒトラー”という響きそのものが実にわかりやすいアイコンたりえているのも事実ではあるのでしょう。

そして、ここにまた1本、ヒトラーの名を含めた邦題の映画が公開されます。

『ヒトラーと戦った22日間』

ご想像の通り、ヒトラーそのものは登場しません……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街332》

この作品、アウシュヴィッツと並ぶソビボル絶滅収容所で実際に起きたユダヤ人捕虜の大脱走を映画化したものなのです!

ソ連軍人をリーダーとする
ナチスからの脱走計画

第2次世界大戦下、ヒトラー率いるナチス・ドイツは人種差別に基づく絶滅政策を国家を挙げて推進し、アウシュヴィッツなど6つの絶滅収容所を設けてユダヤ人などを強制収容し、大量虐殺を行っていきました。

その中で1942年4月にポーランド東部ソビボル村に建てられた収容所は、ベウゼツ、トレブリンカと並んでユダヤ人絶滅を目的としたラインハルト作戦に則って作られた三大絶滅収容所のひとつとして知られています。

ここにはユダヤ人はもとよりユダヤ系ソ連兵捕虜、ロマなどが大量に収容されてはガス室などに送られ、およそ20万から30万人が殺害されたと伝えられています。

しかし、そういった地獄のさ中、1943年10月14日、ソビボル絶滅収容所で収容されていたおよそ600名の捕虜の武装蜂起と、それに伴う大脱走が敢行されました。

そのリーダーは、同年9月23日に収容所に入れられたソ連軍のサーシャことアレクサンドル・ペチェルスキー。

本作『ヒトラーと戦った22日間』は、そのサーシャの回想録を基に、彼の視点から大脱走の計画と実行に至るまでの22日間を克明につづったものです。

本作を見てまず驚かされるのは、収容所に移送されてきたユダヤ人捕虜たちに、ナチス親衛隊が割と親切に対応していることで、もちろんそれは偽りの姿なわけですが、この時点ではまだ捕虜がナチスを信頼していることがうかがえます。

ホロコーストそのものが公になるのは戦後になってからなので、やむなしかもしれません。

しかし、その直後、施設内の仕事に従事しようとしなかった者は、感染症予防の名目でシャワー室(=ガス室)へ誘導されていくのでした……。

そうした過酷な状況が明るみになっていく中、ユダヤ系ロシア人でソ連軍捕虜として収容されているサーシャは、ひそかに地下抵抗組織を結成しているレオから反乱軍のリーダーになるよう乞われ、はじめは躊躇しつつもやがて立ち上がり、捕虜全員による脱走計画のプランを練っていくのです。

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敵国ドイツに対する
ロシア側の深い憎しみの念

本作はロシア=ドイツ=リトアニア=ポーランドの合作ですが、やはり強烈に印象に残るのは捕虜に対するナチスの残虐非道なふるまいの数々です。

ただし、そこには衝撃の事実を伝えたいという意向もさながら、ナチスに対するロシアの怨念みたいなものまでひしひしと感じられてなりません。

それには本作の監督&脚本&主人公サーシャを演じたコンスタンチン・ハベンスキーのロシア人としての“血”も大いに関係しているように思えてなりませんでした。

ロシアでは『ナイト・ウォッチ』(06)などで知られ、『ウォンテッド』(08)『エターナル 奇跡の出逢い』(12)などハリウッド映画にも多数出演している彼ではありますが、本作のように戦争をモチーフにしたものになると(しかも監督も兼任するとなると)、どこかで祖国をしょったロシア人としてのナチスに対する赤裸々な感情が知らず知らずのうちにわきあがってくるのではないでしょうか?

第2次世界大戦においてドイツ軍とソ連軍は終始熾烈な闘いを繰り広げてきた事実があり、それゆえに戦後になってもお互いの憎しみの念を癒やすこともなかなか難かったのです。

少なくとも本作はハリウッド製の対ドイツ戦映画のような爽快さとも、もちろんイタリアのピエロ・パオロ・パゾリーニ監督の『ソドムの市』(75)で示した伊ファシスト残党が繰り広げる変態エログロ倒錯残虐性とも一線を画したストレートな憎しみの念こそがお国柄として強く醸し出されている。少なくとも私にはそのように思えてなりませんでした。

そういった想いに貫かれた諸描写を経て、クライマックスではいよいよ反乱および大脱走が開始されますが、そこにも意外とカタルシスはありません。

そこでも、逃げていく捕虜を殺害していくドイツ軍の非道性こそが強く訴えられているからです。

実際、この反乱にはおよそ600名の捕虜が参加しましたが、その結果どのくらいの人数が生還できたか、それはラストのクレジットで確認してみてください。
(ネットなどでぐぐってみるのもいいでしょう)

およそ2時間の上映時間、まさに地獄へ赴くかのような緊張感を体感した後の、そのクレジットに接した後は、映画が終わってもしばらくは席を立てないほどの衝撃が持続されていきます。

たとえどんなに正義の御旗を掲げようとも、戦争は憎しみの念しかもたらさない。ドイツ同様、第2次世界大戦に深くかかわった日本に住む私たちもまた、今一度そのことを深く振り返ってみる必要がありそうです。

ちなみにソビボル絶滅収容所は、この捕虜大脱走事件の後、すべてを隠蔽するかのように閉鎖されました。

ナチス親衛隊曹長カール役になぜかフランスのスター、クリストファー・ランバートが扮し、今年『ゆれる人魚』(15)が印象深かったポーランド女優ミハリーナ・オリシャンスカが冒頭で異彩を放つ存在感を示す贅沢さなど、キャスティングにも不可思議な感情を残しつつ……。

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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